第23話 友人とお菓子作り 3



 こうしてハプニングがありながらも、なんとかふんわりツノが立つメレンゲが完成。プレーン、食紅で色をつけたプレーン、抹茶味、ココア味と四つのメレンゲ生地に分けて絞り袋で百円玉サイズの大きさでオーブンシートに絞ると、事前に熱しておいたオーブンへ投入。


 まず先に東雲へ渡すメレンゲクッキーが焼き上がるまでの時間は約一時間といったところだろうか。



「よし、これで焼き上がるのを待つだけだね」

「あぁ。しっかし意外に手間がかかるっつーか、筋肉を使うんだな」

「そうだね、生クリームやさっきのメレンゲを混ぜる時に電動のハンドミキサーがあれば良かったんだけど、僕あんまり音が大きいのは苦手なんだ。便利なのは確かなんだけど、アパートのことを考えると近所迷惑だから買ってないんだよね」

「そっか。まぁ俺としては良い汗掻いたし、達成感があるから全然良いけどな!」

「それは良かった。東雲さん、喜んでくれると良いね」

「お、うん……まぁ、そうだなっ」



 やや恥ずかしげな様子を見せる駿平に目を細めると、秋人はオーブンの中に視線を向けた。このまま上手くいけば無事メレンゲクッキーが完成するだろう。


 因みに実家でも電動のハンドミキサーは使わずに泡立て器で頑張っていた。以前試しにと某百円均一の店舗で購入出来る電動ハンドミキサーも使ってみたことがあるのだが、少々物持ちが悪くすぐ使えなくなってしまったのは今では良い思い出だ。何事も経験である。


 秋人が実家での出来事に思いを馳せていると、背後からなにやら視線を感じる。そっと振り返ってみると、三嶋が上目遣いでこちらを見ていた。視線が合ったことに驚いたのか、彼女は身体をびくりとさせると頬を赤く染めた。



「え、えへへ……っ、か、完成が楽しみだね、平山くん…………っ!」

「そっ、そうだね三嶋さん。上手く出来ると良いね……っ!」



 互いに微笑みあっている訳なのだが、先程からどうにもぎこちなさが隠しきれていない。しかしそれも当然だろう。一瞬だけだったとはいえ、あと数センチ距離が近ければキスをしていたかもしれないのだ。


 しかも相手は大学で出来た友人である、とても可愛らしい小柄な美少女。入学式での初めての出会いから大して日は経っていないが、友人としてそれなりに親しくなれたと思っている手前、唇同士が触れてしまい彼女を傷付けることがなくて本当に良かったと、恥ずかしがりながらも実はほっと安堵していた。


 とはいえ、いくら時間が解決してくれるとしてもこの一緒の空間では正直気まずい。なので、秋人はとある行動を選択をした。



「そ、それじゃあ二人とも、立ってるのもなんだからテーブルに座っててよっ! 紅茶とかコーヒー用意するからさ!」

「あいあい」

「あと二人とも小腹空いてる? これから余った卵黄を使ってカルボナーラを作ろうかと思うんだけれど、勿論食べるよね?」

「お、おう」

「じゃ、じゃあ私も手伝って———」

「み、三嶋さんはゆっくり休んでてよ! じゃあ、ちゃちゃっと作ってくるから待っててねっ!?」

「……なぁ立花ちゃん、なんか秋人の様子さっきからヘンじゃね?」

「ど、どうしてなんだろうねー……っ?」



 訝しげな表情を浮かべる駿平に愛想笑いをする三嶋。


 こうして逃げるという選択、つまり戦略的撤退を図った秋人はいそいそとキッチンへと向かったのだった。









「それじゃあまた明日大学でね、二人とも」

「おう、今日は一緒にお菓子を作れて良かった! ありがとな、秋人! 早速帰ったら今日渡すわ」

「うん、頑張ってね駿平」

「わ、私はほとんど何もしてないけれど……平山くんの作ったカルボナーラ、とっても美味しかった、ですっ」

「あはは、冷蔵庫にある物で簡単に作ったから逆に申し訳ないけれど、そう言ってくれると嬉しいよ。三嶋さん」



 あれから秋人お手製カルボナーラを作ったりメレンゲを焼き上げる作業を繰り返していたら、すっかり夕方になってしまった。


 駿平の頑張りや思いが実ったのか、メレンゲクッキーは綺麗に仕上がった。試しにと一つ食べてみたらサクサクとした食感で程良い甘さだったので、きっと彼の幼馴染である東雲も喜んでくれるだろう。三嶋指導のもとラッピングも綺麗に出来たので、残すはそのメレンゲクッキーの完成品を東雲に渡すだけである。


 そろそろ時間も時間なので、現在秋人は玄関にて帰路に着く二人を見送っている最中だ。



「じゃあ、帰りに気をつけて———」

「———あ、秋人くーん!」



 二人を見送ろうと秋人が言葉を続けようとした瞬間、元気で明るく間伸びした声に遮られる。秋人がその声の方向へ視線を向けると、アパートの下の方でこちらに笑みを浮かべながらぶんぶんと手を振っている女性が目に入った。


 秋人の先輩である美人大学生兼アパートの隣人の黒峰千歌である。時間からして、おそらくスーパーのアルバイトの帰りであろう。



「あ、黒峰さーん。こんばんは」

「うふふ、こんばんは。あら、もしかしてそこにいるのって、秋人くんのお友達?」

「あぁはい、そうです。今までお菓子作りしてて」

「やっぱりそっかぁ! 通りで甘い匂いがする訳だぁー。私も挨拶したいからちょっと待っててねー!」



 にへら、とした笑みでそう言うと、こちらの方へ向かってくる。

 どうやら部屋を換気していなかったので、扉を開けたタイミングで甘い匂いが洩れてしまったようだ。少しだけ反省しながら彼女のおっとりとした様子に目を細める秋人だったが、いきなり肩にポンと手が置かれる。


 何かと振り返ってみると、秋人の肩に手を置いた駿平がにこやかな笑みを浮かべていた。表情は引くほど明るいのだが、なんだか威圧的である。



「どどどどどういうことだね秋人くん? あああああの巨乳美人さんががどうしてここにいるんすか!?!?!?」

「さくら荘で暮らしてるからだね」

「も、もしかしてこの前話してた階段から落ちそうになっていたところを助けたって……!」

「このアパートの階段で、だね」

「……あと、彼女がわざわざここまで来るのってさぁ」

「挨拶もそうだけど、彼女の部屋が僕の部屋の隣だから……っすね」

「チックショョョョョョッッッ!!!!!」



 語彙をやや崩壊させながら発狂したかのように小声で叫ぶ駿平だったが、ここまでの会話の間で黒峰は階段を昇り終えたようだった。大きな胸を揺らしながらぱたぱたとこちらに駆け寄ってくると、笑みを讃えて口を開く。



「初めまして、このアパートに住む黒峰千歌といいます〜。えーっと、秋人くんのお友達っていうことは一年生の子かな?」

「は、はいっ! 獅子本です! 秋人くんとは大学でとっっっても仲良くさせていただいておりまする!! はい!!」

「………………三嶋六花です」

「うふふ、そっかそっか〜。私もキミたちと同じ大学の三年生なんだ。もし大学の中で会ったら気軽に話し掛けてね!」

「はい! 是非に!!」

「…………はい、こちらこそです。黒峰千歌先輩」



 にこやかな黒峰と会話する二人。明らかに美人を目の前にして鼻の下が伸びている駿平のことは明日幼馴染である東雲に報告するとして、三嶋は先程と比べてどこか元気がないように感じるのは気の所為だろうか。


 敵意、と言えば大袈裟だが、無理矢理感情を抑え込んだような声音。三嶋の表情に浮かぶその笑みも、なんだか無理をしているようにも思えた。


 残念ながらその理由はわからない。しかし途端に心配になった秋人はたまらず彼女に声を掛ける。



「……三嶋さん?」

「んー、どうしたのかな。平山くんっ?」

「あ、いやっ、大丈夫なら良いんだけど」

「うんっ、大丈夫だよ!」



 ぱぁっと花が咲く様な笑みをすぐ浮かべた三嶋を見る辺り、どうやらやはり先程の彼女の姿は秋人の思い違いだったようだ。静かに安堵していると、黒峰の方から声が上がった。



「さて、挨拶も済んだことだし、私は部屋に戻るね!———じゃあ秋人くん、また後で」

「はい、黒峰さん」



 ばいばい、とこちらに手を振りながら自分の部屋の中に入っていった黒峰を見届ける秋人。彼女が初対面の二人に大人びた余裕を見せようとしていたのは大体察していたので、自己紹介の途中で口角が上がりそうになったのは内緒の話だ。



「おい秋人、明日じっーくり話聞かせろよ!」

「また明日ね、平山くんっ!!」

「うん、また明日。気を付けてねー」



 今度こそ友人らを見送ると、秋人はゆっくりと息を吐きながら自分の部屋に戻った。


 こうして駿平の為のお料理勉強会もといお菓子作りは無事終了したのだった。
































「ねぇ獅子本くん」

「んー、どうしたの六花ちゃん?」

「平山くんとあの人……黒峰千歌、先輩っていつ頃知り合ったとか知ってる?」

「んー、詳しくは知らねぇけど、あの距離感から察するに多分引っ越してきてすぐ辺りじゃねぇかな? まったく羨ましい限りだよな〜」

「……本当、そうだね。———私の方が先なのに」

「ん、なんか言ったか六花ちゃん?」

「ううん、なにも」


 















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