第22話 友人とお菓子作り 2




「さて、まず初めに、卵白と卵黄を分けましょう」

「お、おう……なんで敬語?」

「こっちの方が先生っぽいですよね?」

「じゃあ私はアシスタントかなっ?」

「あーなるほど理解した。立場的に初心者な俺は生徒ってワケだな。……で、まず卵でいいんだっけか、先生」

「うん、そうだよー」

「キャラがブレブレだな!?」



 料理の先生になったつもりで説明したのだが、なんだか気恥ずかしくなったので打ち止めである。


 生卵を手に持った秋人はそのまま言葉を続ける。



「白身に分けるときはこのエッグセパレーターを使うよ」

「へー、これってそんな名前なのか。たまに牛丼屋で見かけるよな。にしても、てっきり料理の時は殻の中で少しずつ分けるもんだと思ってたけど。カッコいいし」

「料理に慣れてる人だったら別に良いけど、いきなりだと難しいからね。こういうときは素直に文明の利器に頼ろう」



 秋人はそう言いながらエッグセパレーターでボウルへ白身を落としていく。片手で卵を割ったり殻の中で白身と黄身に分ける作業は、日頃料理を作る秋人にとってはもはや慣れた物だが、正直にいえばどうも面倒に思うことが多々ある。


 それに未だ遭遇したことはないが、どうやら世の中には便利用品を使用して調理することを甘えだという中々に難しい方がいるらしい。秋人としてはこちらの方が楽だし、調理時間の短縮にもなるのでこういった便利な物は積極的に使っていきたい。


 おおー、と感嘆を上げながら駿平が白身を分けていく。料理は高校の調理実習以来だと口にしていたので、きっと見る物全てが真新しいのだろう。かつて自分が通った懐かしい反応に思わず口角が上がる。


 やがて卵五つ分の量がボウルに溜まると、秋人が再び口を開いた。



「じゃあ次は体力勝負だよ。この泡立て器で生クリームのようなきめ細かい泡になるまでかき混ぜるんだ。空気を入れるように混ぜるのがコツだね」

「おっし、それなら俺に任せてくれ」

「獅子本くん、お砂糖は二、三回に分けて入れないといけないから気をつけてね」

「おぉそうなんだ、わかったぜ六花ちゃん!」



 秋人の隣からボウルを覗き込む三嶋の言葉に元気よく返事を返すと、駿平はかしゃかしゃと音を立てて勢いよく混ぜていく。



「……よし、卵も多めに買ってきたし、僕たちが食べる分も作ろっか」

「い、いいの!?」

「うん、折角うちに来てくれたんだから、お菓子作りだけってのも味気ないでしょ? この後コーヒーや紅茶を淹れるから、その時に一緒に食べよう。余ったら持って帰っても良いしね」

「やったっ!」



 ふわり、と顔を綻ばせる三嶋の姿に秋人は目を細める。



(そうだ、黒峰さんの分も用意しよう。喜んでくれると良いな)



 そう思い立った秋人は早速昨日駿平から話を聞いた後にいくつか予備として購入していたボウルと泡立て器を戸棚から取り出し、先程と同様白身と卵黄に分けようとする。が、隣から制止が入った。



「あ、待って平山くん! 私が白身に分けて泡立てるよ!」

「え? でも結構疲れるよ? それに三嶋さんにはラッピング用の入れ物を選んで貰ったし、お客さんにそこまでさせる訳には……」

「大丈夫! お菓子作るのには慣れてるし、何もしないのも申し訳ないから」

「……そっか、じゃあお願いしようかな。疲れたらいつでも代わるから言ってね?」

「えへへ、うんっ!」



 そう言って生卵を手に取ると白身に分けていく彼女だが、非常にスピーディで手際が良い。やがて分け終えると駿平と同じようにかき混ぜていくのだが、慣れているという言葉に偽りはないのだろう。手首のスナップを巧く使い混ぜている様はまるでベテランのようである。


 感心しながら三嶋の手元を覗いていると、駿平から声が上がった。



「秋人、まずこのくらいで砂糖入れていいのか?」

「うん、全体的に白くなってきたね。砂糖を入れよう」

「よっし」



 駿平のボウルへ視線を向けると、まだまだ緩いが次第に真っ白なメレンゲが出来上がりつつあった。


 ずっと混ぜ続けた所為か少しだけ息が切れている駿平だったが、もうしばらく頑張って貰う。一瞬だけ秋人が手伝うことも考えるが、これは東雲へのお礼なのだ。やり方を教えるだけならまだしも、自分で作らなければ意味がない。


 頑張れ、と内心応援しながら計量はかりでメレンゲに入れる砂糖の量を計っていく。卵五つ分なので、だいたい六百グラムほどで十分だろう。やがて測り終えると駿平のボウルへその半分の量砂糖を投入していく。



「さ、頑張ってー」

「よっしゃ気合いじゃーー!!」

「あ、平山くん。私も出来てきたから砂糖もらっていいかな?」

「「はやっ」」



 おずおずと申し訳なさそうに告げる三嶋に思わず声が揃う秋人と駿平だったが、これも経験の差なのだろう。とはいえ、料理に慣れた秋人でも早いと感じる速度なので、凄いなぁと彼女の技量に舌を巻く。


 あせあせと三嶋の分の砂糖の量を計り、その半分ボウルへ投入。彼女はありがとう、と口にすると手際よく混ぜていく。


 かしゃかしゃ、かしゃかしゃ。



 やがて更にもう半分にした砂糖を投入し、二人の様子を見守っていた秋人だったのだが、どうやらところどころ疲れが見え始めたようだ。



(既にへろへろな駿平はともかく、慣れているといっても三嶋さんは女の子だからなぁ)



 慣れているとしても、意外にお菓子作りというのは体力勝負な場面が多い。男である秋人や駿平ならともかく、腕を酷使する作業は女の子にとってきついだろう。よく創作物などで登場する料理人やパティシエは筋骨隆々な男性として表現されることが多いが、きっとそういうことなのだろう。


 真剣な表情をしながらメレンゲを仕立てる三嶋に、秋人は声をかけて近寄った。



「三嶋さん」

「ふん、ふんっ」

「三嶋さん!」

「はい、なんですか平山くんっ!」

「僕、代わるよ。疲れたでしょ?」

「ううん、まだ、まだっ、大丈夫だよ……ぉっ!?」



 どうやら辺りに響く二人分のかしゃかしゃという音と集中で聞こえなかったのだろう。三嶋の耳元に顔を寄せながら囁くように言葉を紡ぐが、言葉の途中でこちらに振り返った彼女の動きがびくりと止まる。そしてそれは秋人も同じ。



(………………!?!?!?)



 かがんだ秋人が三嶋の耳元に近寄り、彼女が秋人に顔を向けた結果どうなるのか。あと五センチにも満たない距離で唇が触れてしまいそうになる程の———つまり、互いに超至近距離で見つめ合う構図が出来上がってしまった。


 秋人の視界には輪郭の整った彼女の驚いたような表情がいっぱいに広がっていた。しばらく時が止まったかのように思わずその可愛さに見惚れてしまう秋人だったが、はっとすると急いで顔を遠ざけた。



「ごごごめんっ! いくらなんでも軽率でしたぁ!!」

「あっ……えっと…………スゥー、こちらこそ、でしゅ」

「? どしたん、二人とも?」

「「な、なんでもない!!」」



 ぽーっと顔を真っ赤に赤らめて身体の動きを止めた三嶋の手元から「あとは僕がやるから!」と慌ててボウルと泡立て器を押し取ると、秋人は一心不乱にメレンゲをかき混ぜる。


 三嶋の頑張りのおかげで後もう少しでメレンゲのツノが立ちそうだったが、今はそんな事を気にしている場合ではなかった。



(心頭滅却、煩悩退散……! あ、危なかった……っ! 不慮の事故とはいえ、もう少しで三嶋さんとキ、キ、キスをするところだった……っ!!)



 こんなに心が乱されてしまうのは、下着姿の黒峰が秋人のベッドで添い寝してくれていた時以来だろうか。きっと今の秋人の顔は彼女同様真っ赤なのだろう。作業をしているので今はなんとか羞恥心が軽減出来ているが、永遠にメレンゲをかき混ぜ続けたい気持ちである。



「なぁ秋人、そろそろ砂糖———」

「はい砂糖!」

「入れ方雑じゃねぇ!?」



 駿平がかき混ぜるメレンゲの状態をしっかりと確認せずに残りの砂糖をどばっと入れるが、少しだけボウルから零してしまった。正直今は気にしている場合ではないので許してほしい。


 頭にはてなマークを浮かばせながら何が何だかわからない表情を浮かべる駿平を横目に、秋人は必死に手元を動かしていくのだった。















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執筆中コーヒーが手放せませんでした!!(/・ω・)/


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