第37話 文芸サークル




 お酒に酔った黒峰へ抱き締め返すことで秋人なりに甘えてみた次の日。大学の食堂にていつものメンバーと昼食をとっていると、ふととあるワードが駿平の口から飛び出た。


 やや訝しげな表情を浮かべた秋人はオウム返しのように言葉を繰り返す。



「———サークル活動?」

「あぁ。俺らも入学してそろそろ大学の雰囲気にも慣れた頃合いだろ? ちょうどここいらでどっかのサークルに入るのも良いかと思ってなー」



 食券機で注文した牛カルビ焼肉定食をもぐもぐと咀嚼しながらそう返事をする駿平。うまっ、と声を洩らした彼は、こちらへ視線を向けつつ目元を細めて笑みを浮かべた。


 サークル活動、というと中学や高校での部活のようなものだろうか。そういえば、入学直後は大学の敷地内でたくさんの先輩方が新入生を囲うようにして熱心に勧誘していた。


 これまで一度も部活に所属したことがないといえば嘘になるが、ラノベ作家として小説執筆を優先してたので高校での部活、文芸部ではほぼほぼ幽霊部員だった秋人。帰宅部なんて都合の良いものはなく、秋人の通っていた高校では生徒全員必ずどこかの部活に入らなければいけなかった。

 成績維持やプロット作成、執筆といった忙しさ故に滅多に顔を出すことは叶わなかったが、様々な作品に関して感想を言い合ったり部員との交流には憧れがあった。



(サークルかぁ……いったいどんな内容のものがあるんだろうな。よく朝にジョギングしているとはいえ運動系は興味ないし……)



 引っ越してきてからというもの、よく黒峰と刺激のある交流をし続けてきた秋人。そのこともあり東堂が口にしていたサークルのことなどすっかりと頭から抜け落ちていたが、駿平の言葉で思い出せた。


 作家として様々なことを経験する為に大学へ入学したのだ。折角の華のキャンパスライフ、どこかのサークルに所属して交流を育むのも悪くないだろう。



「とか言って駿平、アンタ実はサークルに入って女の子との人脈を作りたいだけなんじゃないの? 例えば合コンとか」

「ぎくぅ!? ななななんのことだか!?」

「ほんっとわかりやすいわよねぇ。このすけべ」

「う、うるさいわこのむっつりがっ!!」

「なんですって!?」

「やんのか!?」

「あ、あはは…。また始まったね、平山くん」

「そうだね、全く飽きないもんだよ」



 目の前にいる駿平と東雲がいつものじゃれあいを始めると、隣に並んだ三嶋と顔を見合わせながら肩をすくめる。困ったように眉を顰める彼女だったが、その表情にはやや呆れが含まれていた。斯く言う秋人もきっと同じ感情を浮かべているのだろう。


 喧嘩する程なんとやら。こうやって顔を合わせたり話をするたびに何かと衝突しがちな二人だが、それは幼馴染ゆえ気心の知れた相手だからこそ。そういえば駿平から聞いた話だとどうやら無事メレンゲクッキーを東雲に渡せたらしく、最初こそ訝しげな表情を浮かべていたものの頬を赤く染めながら受け取ってくれたらしい。


 何はともあれ、距離が縮まった、という表現が正しいのかはわからないが、看病してくれたお礼を素直に伝えることが出来たのならば何よりである。


 今もなお罵り合いを繰り広げている二人だったが、ふとこちらの様子に気が付いた東雲が秋人と三島の自分達を見つめる視線に微笑ましげな感情が含まれていることを察したのだろう。

 瞬時に顔を真っ赤にさせながらこちらに顔を向けた彼女は、咳払いをしたのち取り繕うようにして言葉を紡いだ。



「ごほん! ま、まぁ駿平コイツの言う通り、サークルに入るのは悪くない提案よね? 高校とかの部活と違って毎日ある訳じゃないし、本人の都合で自由に参加出来るのも魅力的だし!」

「そうだねっ。いざという時の人脈も作れるし、大学生としての醍醐味の一つだよね」

「確かパンフレットにも一部記載されてたけど、結構色々な種類のサークルがありそうだよね」



 秋人が見た中ではテニスやバレーといった運動系のサークルは勿論、料理やボランティア、バーベキューといった文化系のものも写真と共に多く紹介されていた。


 自分が入るとしたら、と秋人が想像を膨らませていると目の前に座る駿平がこんな言葉を言い放った。



「秋人は文芸サークルなんていいんじゃねぇか?」

「文芸サークル?」

「おう。前に掲示板に貼ってある貼り紙を見たが、文芸サークルの活動内容は小説に関することばかりだったぞ。勿論ラノベも含まれてる。秋人、この前俺が執筆とか興味ないのかって聞いたらちょっとだけあるって言ってたじゃねぇか」

「あ、あれはそのー……あははー」

「…………」



 その言葉を聞いた秋人は目を彷徨わせながら首元を手で撫で付ける。


 確かに以前駿平と大学内でラノベ談義をしているとそのように聞かれた覚えがあるが、実はラノベ作家である手前、興味がないとは口が裂けても言えなかった。執筆自体は好きだし、興味がないと言ってしまうとこれまで培って来たラノベへの想いが薄っぺらくなってしまう。


 そう考えたら、完全に興味がないとはいえず、結局少しだけと返事を返した記憶がある。



(うーん……文芸部に興味がない訳じゃないけれど、それとこれとは別というか……)



 現在アニメ化を控えた商業ラノベ作家として執筆中の身でもある。


 秋人がどう言葉を返そうかと悩んでいると、隣にいる三嶋がじっとこちらを見ているような気がした。ふと視線を向けてみると、彼女は目を細めながら可愛らしくこてんと首を傾げていた。


 どうやらこちらの煮え切らない反応に対し、不思議に感じていたようだ。


 

「それじゃあ今日、午後の講義が終わったらサークル部屋に行ってみっか!」

「い、いきなり!? それは流石に迷惑じゃ……?」

「代表の連絡先とか書いてないんだからしょうがないじゃんか。場所は記載されてたから大丈夫だぜ?」

「あ、私パス。文字が多いからちょっと本は苦手なんだよね。バイトもあるから行くなら三人で行ってきて」

「少女マンガは好きな癖に」

「ほっとけ」



 東雲は隣でニヤニヤと笑みを浮かべる駿平を睨みつけている。


 まぁ折角駿平が誘ってくれたのだ。肌に合わなければもう行かなければ良いだけの話だし、サークルに興味がないわけではないので、行くだけ行ってみるのも良いだろう。



「三嶋さんはどうする?」

「うーん……平山くんが行くのなら、私も行こっかな?」

「そっか。じゃあ午後から文芸サークルに行ってみよっか」

「よし決まり!」



 こうして駿平の提案から、午後の講義が終わったら文芸サークルへと向かうことになったのだった。

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