第19話 友人からの追求
「俺、復活!!」
「風邪治って良かったね」
黒峰が有名イラストレーターだと判明してから二日後。無事復調した派手な金髪が目立つ駿平と大学の敷地内で挨拶を交わすと、秋人は笑みを浮かべながらそのように声を掛ける。
おう、とニカッと目を細めながら笑みを返した駿平と共に、秋人は大学の教室へと向かった。
「いやぁ、大学に入学したばかりだって言うのに風邪引くなんてついてねぇわー」
「東雲さんに訊いたら、銭湯の水風呂に長く浸かりすぎたんだって? サウナ好きなんだ」
「いや? 前々から気になってはいたんだが、なかなか一人で入りずらくってな? 実は初めてだったんだよ。勇気を出して利用したは良いものの、熱った身体に長時間の水風呂は気持ちよくてなぁ。んで、しばらく半袖で過ごしていたら次の日には風邪を引いてたってワケ」
「自業自得じゃん」
秋人は思わず溜め息をつきながらそのように呟く。
まさに身から出た錆、という表現が正しいだろう。サウナ利用後の長い水風呂は百歩譲って良いとしても、まだ寒さが目立つ春に半袖という判断は些か悪手。風邪をひいてしまったのは確かに運が悪かったが、そうなったのは彼自身の行いにあるのは明白なので、残念ながら秋人は同情出来なかった。
僕も気をつけよう、とよりよい健康管理を目指す秋人は駿平の行いを反面教師にしながら大学内の廊下を歩く。
「でも東雲さんにもお礼言いなよ。彼女、僕が駿平が体調を崩した事を話した途端、心配そうに顔色を変えてすぐに教室から出て行ったんだからね?」
「うっそだぁ。体調悪くて記憶が朧げだったけど、アイツ俺の部屋に入ってきたらこっちを指差してゲラゲラ笑ってたぞ」
「いや本当に」
「……へー、ふーん。そっか」
しばらくこちらの表情を覗いていた駿平だったが、秋人の真剣な言葉に偽りはないと判断したのだろう。意外そうな、それでいて少々そっけない言葉だったが、どことなく気恥ずかしそうな様子である。
そんな友人の珍しい姿に目を細めた秋人はそのまま言葉を続ける。
「教室に着いたらお礼言っときなよ? 心配されるだけでもありがたいんだから、いつまでも悪態ついてるとばちが当たるよ?」
「お、おう……わかったよ」
頬を掻きながらそっぽを向いた駿平だったが、照れ隠しなのか話題を変えるように咄嗟に口を開いた。
「そ、それよりも秋人! お前こそどうなんだよ!?」
「どうって?」
「あの美人さんだよ! 垂れ目でふんわりウェーブの髪で、スタイル抜群で胸が大きいおっとり系お姉さん!! この前帰るときすれ違ったじゃん!!」
「……あぁ、黒峰さんのこと」
そういえば、と大学内の廊下で黒峰にウインクされた事を思い出す秋人。彼女の正体に気を取られてすっかり忘れていたのだが、近くでその光景をばっちりと目撃していた駿平からは彼女との関係を追求されそうになっていたのだ。
以前は東雲との過去を訊こうとしてなんとか有耶無耶に出来たが、今回は誤魔化せそうな手札がない。
「し、知り合いだよ」
「何の?」
「あー、うーん……たまたま? 階段から落ちそうになってたところを? 助けたっていうか?」
「なんで疑問系なんだよ……」
冷や汗を浮かべた秋人の何処とない曖昧な返事に、駿平はじとっとした視線をこちらに向けながら呆れたような表情を浮かべる。
咄嗟な言い訳としてはなんともグレーなラインだが、決して間違ってはない。アニメやラノベといったサブカル好きな駿平のことである。もし同じアパートに住んでいて部屋が隣同士だということがバレてしまったら『ラノベかよっ!』と東堂と同じ反応を示しながらこちらに余計に悪態をつかれてしまうだろう。
それだけではない。可能性としては限りなく低いが、関係性を深く追求されてしまったら秋人がラノベ作家であることがバレてしまうかもしれないのだ。黒峰にも迷惑をかけてしまう場合があるので、ここは大変心苦しいが嘘ではないギリギリのラインを攻めさせて貰うとする。
同じアパートで、とは一切口にしていないので、きっとこのまま上手い具合に解釈してくれたらありがたいのだが。
「まぁいいか。にしても、あんな美人な先輩と繋がりを持てるなんて羨ましい限りだ。いったい前世でどんな善行を積んだんだ、秋人くぅん?」
「あはは……そっくりそのまま返すよー……」
未だ探るような視線を向けながらおちゃらけた話し方をする辺り、どうやら秋人がまだ何か隠し事をしていると勘付いているようだ。それでもこちらの様子を察して深く質問攻めをしない辺り、なんだかんだ真面目である。
そうしてしばらく歩みを続けながら何気ない言葉を交わしていた二人だったが、一瞬だけ間があくと隣の友人が口を開く。
「あ、あのさ秋人。そういえば、早速なんだけどよ……」
「どうしたの? そんな改まって」
そして次のように言葉を紡いだのだった。
「———俺に、料理を教えてくれないかっ?」
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