第18話 お姉さんによる不意打ち




「———では私はこれで失礼します。お二人は同じアパートですから、帰りは一緒ですよね?」

「はい」

「そうですねっ」



 東堂の問い掛けに揃って返事を返す秋人と黒峰。

 時刻は夕方一歩手前の十六時になるところ。カフェから退店した秋人たちが最寄りの駅まで東堂を見送ろうと一緒に徒歩で向かい、ちょうど駅の入り口が見えた辺りの言葉だった。


 目を細めながら笑みを浮かべた東堂がそのまま言葉を続ける。



「それなら良かった。いやぁ、今日は有意義な打ち合わせが出来ました。他の方の場合、初対面だとどうしてもぎこちなさというか、見えない心の壁があって円滑に進まないことが多いのですが……キミ達はむしろ息ぴったりでしたね。アパートが隣同士で顔見知りだったことが功を奏したのでしょうか」

「あはは、かもしれませんね」

「そうだと思いますーっ」

「いずれにせよ、今回の打ち合わせはお二人にとっても良い刺激になったかと思います。きっと作品に対する造詣や登場人物への印象を再構築出来たのでは?」



 それを聞いた秋人が隣に立つ黒峰へちらりと視線を向けると、彼女もまたこちらへ顔を向けていた。


 確かに、今回の打ち合わせでは黒峰ことsenKaセンカが認識する『ワールド・セイヴァーズ』の世界観や登場人物それぞれが抱く感情と印象の話を色々と聞くことが出来た。

 普段は担当編集である東堂と打ち合わせをしても物語に関する方向性の修正や改稿ばかりで、そういった物語上の伏線やキャラクターの感情表現などはこちらが全て考えていたのだが、そういう部分を含めてこれまで表紙や挿絵を描いてくれていたのだと思うと素直に嬉しかった。


 どうすれば今後の展開が盛り上がるのか、彼女の描くイラストの構図に関することや各登場人物の魅力的な部分やその引き出し方を話し合っているうちに、あっという間に時間が過ぎていた事を思い出す。 


 こちらを見る黒峰の瞳を覗くと、きらきらとした光が散りばめられていた。きっと彼女も、秋人と考えている事は同じなのだろう。


 ———今すぐにでも小説(イラスト)を描きたい、と。


 彼女の様子を見るに、この打ち合わせでインスピレーションを得たのは間違いない。言わずもがな、秋人もである。


 やがてそっと視線を外しながら同時に東堂の方へ見遣ると、秋人と黒峰は声を一つにして頷く。



『はい』

「……本当に良かったです。では、何かありましたらまた連絡します。本日はありがとうございました。———二人とも、気をつけて帰ってな」

「東堂さんもお気をつけて。娘さんと仲直りできると良いですね」

「頑張ってくださいね」



 サンキュ、と笑みを浮かべると、東堂は駅の方面へ歩いて行った。人通りが多いなか、ほっと息を吐くと秋人は隣にいる黒峰の方へ顔を向ける。



「それじゃあ、僕たちも帰りましょっか」

「うんっ!」



 彼女はにへらっと柔らかい笑みで微笑むと、秋人と共に自宅へと歩みを進めたのだった。




「それにしてもまだびっくりしてますよ。まさか黒峰さんがsenKaセンカさんだったなんて。もしかして今まで嘘ついてたんですか?」

「え、嘘? なんのことです?」

「バイトのことですよ。時間があるときにしてるって言ってたじゃないですか」



 自宅へ向かう帰り道、車道側の歩道を歩いていた秋人はそのように質問を投げ掛ける。因みにだが決して責めている訳ではない。


 自作のイラストを投稿する度に万バズする有名イラストレーターである黒峰がラノベの表紙や挿絵のイラストを描いているということは、当然時間もそれに比例してかかってしまう。もしバイトをしていたら作業時間を確保するのも厳しいので現実的な問題を加味しての問い掛けである。


 そもそも大学の隙間時間や暇な時にアルバイトをしているとしても忙しいのは変わりない。もし嘘なら嘘で良いが、もしバイトした上にイラスト作業をこなしているのだとしたら彼女の体調が心配だ。



「あぁ、それは本当ですよ。大学に行って、バイトで働いて、その後にイラストを描いてるんですー」

「大丈夫ですか……?」

「ありがとう秋人くん、心配してくれてるんだね。でも大丈夫! 私、元気と身体の丈夫さが取り柄だから!」

「あはは……」



 ふんす、と腕を上げて黒峰は力こぶを見せるようにポーズをとる。筋肉は隆起した様子はないが、彼女の身体の丈夫さというか、力があるのは身をもって証明済みなので、自身がそう言う以上こちらからはなんとも言えない。



「あ、そういえばさ、秋人くん」

「なんですか?」

「———お互いの部屋に行く理由、もう一個増えちゃったね」

「えっ」

「んふふ、なーんて」



 耳元で囁くように紡がれた黒峰の声に思わずびくりとしてしまう秋人だったが、慌てて振り向いた先には満面の笑みを浮かべる彼女がそこにいた。



———きっと揶揄っているのだろう



 そう心に何度も言い聞かせようと歩みを早めるが、胸の高鳴りは何故か鳴り止むことがなかった。


















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