第39話 創作への献身
「はぐはぐはぐ」
「ほらほら部長、チャーハンは逃げませんから落ち着いて食べて下さい」
「はぐっ」
首を縦に振りながら器にこんもりと盛られた熱々のチャーハンをレンゲで口に頬張る女性。その隣では女性を介護するようにおかわり用のチャーハンを両手に持った青年が呆れたようにしてその光景を見守っていた。
電子レンジでチンして簡単に出来る冷凍チャーハンだが、その香ばしい匂いは見事に食欲をそそる。
夕食はチャーハンにしようかな、と秋人が密かに献立を決めていると、青年はこちらへ視線を向けるとこのように言葉を紡いだ。
「いやぁ。君たち、部長をここまで連れてきてくれてありがとうね。ここ数日連絡がつかないから心配してたんだよ」
「あはは……見つかってなによりです」
「そ、そうだねっ」
「『餓死寸前まで追い込まれた人間はどんな感情を抱くのか研究してくるぞ!』なーんて突然言い出したから、流石に冗談かと思ってたんだけれど……」
「思いつきで何も食べねぇで一週間過ごすとか常軌を逸してんだろ……。え、文芸サークルってこんな身体張んないといけない場所なのかよ……?」
「安心して。こんなアホなことするのはウチではこの人だけだから」
「はぐぅ!?」
にこやかな笑みを浮かべながらさらりと毒を吐く青年に目を剥く女性。彼女は口いっぱいにチャーハンを頬張ったままキリッとした表情で声を出した。
「ふぉれふぁふぃんはいふぁな、ふんげーふぁーくるのぶひょーとひてひょーひゃくにょたみぇにみをぎひぇいにふるこひょのなにが……!」
「食べるのかしゃべるのかどっちかにして下さい」
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
「あ、食べるのを優先するんだ……」
そう三嶋が小さな声を洩らすのをよそにもぐもぐと咀嚼を続ける女性。そうしてカッカッと音を鳴らしながら米粒一つ残さずに手元のチャーハンを全て食べ終え、ごくごくとコップに注がれた水で口の中のものを全部流すとすぐさま言葉を紡いだ。
「ふぅ、まずは礼を言おう。君たちがいなければ私はここに来る途中で飢え死にしていた。本当に命の恩人だよ。助けてくれてありがとう」
「無事で良かったです」
「どうもっす」
「いえいえっ」
先程までやつれていたので見る影もなかったが、その凛々しい笑みは黒峰に負けず劣らずの美人さんである。
そして彼女は側で佇む青年を見上げると、そのまま言葉を続けた。
「そしてご馳走様だ悠木くん。ご飯を用意してくれてありがとう」
「それはどういたしまして」
「では続きを話すとしようか。———それは失敬な、文芸サークルの部長として創作のために身を犠牲にすることの何がいけないのだ? あとそのチャーハンもくれ」
「その創作のために何度も何度も振り回されるこっちの身にもなって下さい。まったく……それで? 結果的に空腹がピークに達した人間はどういう感情を抱いたんですか? はいどうぞ」
「とても悲しく、虚しく、時折怒りといった激情に駆られ……まるでジェットコースターに振り回されているような気持ちになったよ……」
「そうですか。落ち着いてゆっくり食べてくださいね」
「うん……」
素直にそう返事を返した女性は、さっきと比べて落ち着いた様子でチャーハンを口へと運ぶ。とにかく、無事そうでなによりだと秋人は彼女の様子を見て表情をほっと緩めた。
———なんとか肩にこの女性の腕を回して文芸サークルの部屋に辿り着いた秋人たち。部屋の扉を開けると青年含め計三人がパソコンに向かって作業していたが、その視線がこちらへ向けられるとその表情はぎょっとしたものに変わった。すぐさま事情を察したこの青年が女性を介抱、そうして現在に至る。
先程まで体調が悪そうに気絶していてまるで覇気がなかった様子の女性だったが、元気が戻っている様子を見る限りどうやら本当にただの空腹だったらしい。断食を決行した日からずっと固形物は何も口にしていなかったようで、ただ水だけを飲んで生活していたようだ。
(……この人、創作で気になることがあったらなんでも実践したがるタイプなのかな)
言い換えるならば、”物事への探究心が旺盛なタイプ”といっても良いだろう。
別にダイエット目的という訳ではなく、健康のために数日何も食べないのは百歩譲っても良いとしよう。
しかし今回のような断食を現実で実践する行動力、そして実際に一週間耐えた忍耐力や精神力は流石としか言いようがないが、身体を壊してしまう寸前まで無理するのはどう考えてもやりすぎである。
秋人の知っている限り、小説界隈でも想像だけでは物足りず登場人物に感情移入するためにそれらを試す作家が一定数いるのは知っている。だが実際に遭遇したのは彼女が初めてだ。
そういった我の強い作家は、総じて個性の強い創作をする。
(でも、ある意味諸刃の剣なんだよな……)
その方法が良い方に転ぶ場合もあれば、時には悪い方に転ぶ場合だってある。創作スタイルに芯があって真っ直ぐに突き進められるタイプならば問題はないのだが、その方法を試した結果筆に迷いが出てしまったのならば元も子もない。
秋人がどうなのかというと、いくら執筆が大好きと云えどこれ以上家族に心配を掛けたくはなかったので身を削るのはせいぜい睡眠時間程度。想像を膨らませることだけに留め、それをこれまで文章として形にしてきた。
彼女とは出会って間もないがおそらく彼女は圧倒的前者だろう。創作の神のためならば身を捧げかねない、献身さの奥底に秘めた危うさ。そういった人物が書いた文章というのは、自然に生きる。
「…………面白いな」
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