第40話 思わぬ言葉



 そう思うと、秋人としてはある意味彼女のことが気になって仕方がなかった。言っておくが、決して恋愛的な意味ではない。あくまで創作仲間(であろう)に対する興味だけである。


 そうして秋人は美味しそうにチャーハンを頬張る彼女をじっと見つめていると、ふと思い出したかのように青年からお礼としてペットボトルのミネラルウォーターを受け取った。


 この文芸サークルの部屋には備え付けの冷蔵庫があり、しばらく入れたままになっていたのかキンキンに冷えている。徒歩でここまで移動してきたということもありゴクゴクと飲んで喉を潤していると、目元を柔らかく細めた青年が口を開いた。



「そういえば自己紹介が遅れたね。僕はここの文芸サークルの副部長をしている悠木ゆうき孝太郎こうたろうだよ。そしてこの人が」

「推理、サスペンス、ヒューマンドラマ、あらゆる小説の神に愛された女とはこの私のこと! その名も——— 有栖川ありすがわ京香きょうかだ!」

「見ての通りよく頭がおかしい言動をしがちだけれど、一応この文芸サークルの部長で唯一色々実績がある人だよ」

「貶してるのか褒めてるのかどっちなんだい悠木くん!?」



 話を聞くと、どうやら彼女———有栖川はなんと大学生でありながら秋人と同様小説家で、小説業界では結構名の知れた人物らしい。秋人はライトノベル専門なので一般小説のことはからっきしなのだが、これまで何冊も出版している有名な作家のようだ。

 本名兼ペンネームをスマホで検索してみたらヒットしたので本当なのだろう。


 最近はインスピレーションが湧かないとのことで暫く本は出していないらしいのだが、執筆は続けており現在は投稿小説サイトで自由気ままに短編のみを掲載しているようだ。


 そして文芸サークル副部長である悠木孝太郎。彼は有栖川のように物語を執筆するタイプではなく読む専門、読み専のようで批評をデータに残すのが趣味らしい。


 見てみる?と言われたので軽い気持ちでパソコンのフォルダに保存されているファイルを覗いてみると、思わず眩暈がするほどその数は膨大だった。驚いて話を聞くとこれまで読んだ小説は数百冊を超えているようで、その一つ一つを文章として丁寧に批評しているようだった。


 これくらいしか取り柄がないと謙虚に笑みを浮かべていたが、この人物も大概である。



「そして遠く離れたこんな場所に来てまで活動に参加してくれる唯一の文芸サークル部員がこの二人、主に児童絵本を描いてる鳴上なるかみ芽瑠めるさんとライトノベルがとても大好きで自分でも小説投稿サイトで執筆してる阿久津あくつ智樹ともきくんだよ」

「初めましてぇ、めるめるって気軽に呼んでねぇ〜」

「…………どうも」



 鳴上と呼ばれた女性はこちらへ視線を向けると間伸びした口調で手をひらひらと振っている。長い黒髪をピンクのリボンで結んでおり服装もキュート系のファッションで固めていた。所謂いわゆる地雷系女子というものだろうか。

 見た目で決めつける訳ではないが、こういった女性が幼児向けの絵本を描いているだなんてなんだか意外である。


 一方素っ気ない返事をした阿久津という青年は普通というか、なんだか暗さの目立つパッとしない印象である。こちらを一瞥いちべつしたと思ったら、タイピングの手を休めることなくなにやらパソコンに向かって文章を打ち続けている。

 明らかに話しかけるなというオーラが漂っているが、きっと人見知りなのだろう。秋人としてはライトノベルが好きという彼に対して勝手に親近感が湧いていた。



「それで、さ……間違ってたら申し訳ないんだけれども、もしかして君たちって入部希望者ってことで良いのかな?」

「いえ、一応今日は見学をしたいと思って来ただけなんですけれど……駄目でしたかね?」

「全然! むしろ興味を持ってくれただけでもありがたいよ! この場所、向こうの教室棟から結構離れてて人の出入りが少ないから、そもそも文芸サークルがあるってことすら知らない学生が多いんだよね……」

「あぁ……」



 ここへ来るまでの道のりを思い出して秋人らは密かに納得する。だからこそ文芸サークルのポスターにはご丁寧にも地図を記載していたのだろう。


 そもそも小説は様々なジャンルがあるといえど、ほぼ文章で構成されているので一部の人以外には中々受け入れにくい。場所以前に興味すら持って貰えない中、こうして秋人たちがわざわざ文芸サークルを訪ねてきてくれたのが嬉しかったようだ。


 いずれにせよここにいる先輩方はみな、創作や文章を紡ぐことが好きなのだろう。文芸サークルを訪れて間もないが、個性豊かな面々が集まっていることがわかる。


 自由に見学して良いよ、と言われたので秋人、駿平、三嶋の三人はそれぞれの作業風景を眺めていたのだが———、



「あ、これって……」

「どうしたの、平山くん? ……わー、このラノベとっても面白そうだねっ!」



 とある一点を見た秋人はふと言葉を洩らす。


 阿久津が作業している机の両脇には大量のラノベが置いてあり、その一番上には秋人が———萩月結が執筆したライトノベル『ワールド・セイヴァーズ』が積み重ねられていた。


 もしかして読んで参考にしてくれているのだろうか。

 ラノベ作家であることを隠している手前、作者ですだなんて決して口が裂けても言えないが、秋人は嬉しくなりながら未だ尚タイピングを続けている彼に勇気を出して話し掛けてみた。



「あ、あのっ! もしかしてこのラノベ好きなんですか? 実は僕もこれ読んでて……!」

「……あぁ、これ?」



 気だるげに言葉を返した彼はぴたりと執筆する手を止めると、阿久津は積んであった『ワールド・セイヴァーズ』を手に取る。


 どんな感想をしてくれるのだろうかと思うと、思わず心が躍る秋人。そして一拍間があくと、彼は盛大な溜息を吐いた。



「———案外、クソつまらなかったな」

















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