第15話 お姉さんとの帰り道
「偶然ですね、秋人くん。今帰り?」
こてん、と首を傾げた黒峰は目をパチクリとさせながらこちらへ視線を向けている。
寒暖差が激しい季節の所為か、彼女の上は白色の縦セーターの上に使い勝手の良いピンクのコーディガン、下はおしゃれなベージュのワイドパンツというゆったりとした格好をしている。その落ち着きのある春らしい
(あ、危なかった……)
年頃の男の子を殺す服の代名詞である縦セーター、略して縦セタを着ているので思わず大きな乳房へ視線が向きそうになるも、なんとか我慢しながら彼女の顔を直視する。
突如むくりと湧いた煩悩を咄嗟に掻き消しつつ、秋人はなんとか返事を返した。先程湧き上がった昏い感情を、彼女に見透かされないよう心の奥底に仕舞いながら。
「は、はい。そうですよ。そういう黒峰さんは……?」
「あ、えっと……そ、そうです! 今日は大学の授業が終わったら午後の予定はフリーだったんですけれど、お昼過ぎにお仕事の方から連絡が入ってね? ついさっきまでその方と一緒に色々とお話をしながら近くのカフェでお茶してたんですよっ」
「そ、そうですか」
「そうなんですーっ」
なんだかんだ今まで彼女と帰りが被ったことがなかったので何気なく聞いてみたのだが、何故か黒峰はわたわたと身振り手振りを大きくしながら返事を返す。普段では見られないその挙動不審げな様子に、どこか必死さを気の所為だろうか。
お仕事の方、という言葉から察するに、きっと彼女が働いているスーパーの従業員のことだろう。おっとりとしていて落ち着きのある彼女のことだ。仲間同士ついつい話し込んでしまい、いつの間にか夕方になってしまったのかもしれない。
「それにしても、こんな時間までずっとお茶してたなんて随分仲が良いんですね」
「そうですね、なんだかんだ彼とは付き合いは長いですから。話し合うといつの間にか時間が経っちゃう事が多いですね」
「彼……あぁ、男の人なんですね」
秋人は小さく笑みを浮かべながら言葉を返すも、何故か胸の奥がちくりとしてしまう。黒峰は大変魅力のある綺麗な女性である。これまで恋人がいたとしても、今付き合っている人がいても十分おかしくはないのだ。
よく一緒に食事をしている所為か、いつの間にか特別な情でも移ってしまったのだろうか。彼女は恋人でもないというのに、身勝手な感情が湧き出てしまった事実に秋人は自己嫌悪してしまう。
秋人の言葉に少しの間きょとんとした表情を浮かべた黒峰だったが、そのまま言葉を紡ぐ。
「えっと……彼、結婚してますよ?」
「へ?」
「とても綺麗な奥様と、ちょっぴり反抗期な娘さんが一人いるんですけれど、ちょっとしたことで喧嘩してしまったようで……相談を聞いていたら長くなっちゃったんです」
「そ、そうだったんですね!? てっきり僕……!」
どうやら思い込みというか、勘違いしていたようである。そもそも一緒にお茶していたという話だけで恋人だと結びつけてしまうこと自体早計なのだ。そうであると決めつけてしまった彼女へ心の中で謝罪すると共に、羞恥心を抱きながらもほっと安堵していた自分がいた。
「あら? あらあらあらー?」
「な、なんですか黒峰さん」
「———もしかして、勘違いしました?」
「〜〜〜っ」
口元に手を当てた彼女はにこにこと目を細めながらこちらを見つめている。その指摘が黒峰の口から出たということは、きっと彼女に恋人がいると想像してしまった秋人の表情と感情を見透かされてしまったのだろう。
思わず顔を真っ赤にした秋人は羞恥心から顔を背けてしまう。
「ごめんなさい……ころしてください……」
「うふふ、心配せずともこれまで私には恋人なんていたことありませんよー。そもそもそんな人がいたら秋人くんのお部屋へ気軽にお邪魔する訳ないじゃないですか。」
「あ、あはは、ですよねー……っ。……本当にすみません」
「ダメです、許しませーん。あ、今度お買い物に行ったり秋人くんが作ったお料理が食べたいですね」
「いくらでも付き合いますしいつでも黒峰さんの大好物も作るので、もう揶揄わないで下さい……っ」
「仕方ないですね、約束ですよ? 言質とりましたからね?」
「はい」
じゃあ帰りましょっか、と言いながら満面の笑みで入り口の方向へ指を刺す黒峰。一方の秋人はなんだかごりごりと精神がすり減った気がしながらも一緒に歩き出した。
こうして秋人は思いがけず出逢った彼女と帰路についたのだった。
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おや、いつの間にかしれっと千歌お姉さん買い物、もといデートの約束を取り付けてますね……(´⊙ω⊙`)
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