第16話 人気イラストレーターの正体




「———イラストレーターさんと打ち合わせ、ですか?」



 自宅にてプロットを練っていたある日の昼過ぎ。担当編集である東堂とスマホで会話していた秋人はぱちぱちと瞳を瞬かせながら思わず戸惑った声を洩らす。


 話していた内容は以前脱稿したストーリーの展開について。ちょうど本日は大学の講義が休講だったのでのんびりとプロットを練っていた訳なのだが、唐突に東堂から連絡が入る。彼から指摘があった通り、ちょこちょこ誤字脱字や展開の辻褄が合わない部分があったので、急遽改稿作業をしている途中だった。


 『ワールド・セイヴァーズ』のイラスト担当の方に会ってみませんか、と言われたのは。



『えぇ、以前は高校生という身分を配慮してこういった打ち合わせの場は設けませんでしたが、萩月先生は大学生という身分……つまり大人の責任を自覚しつつある年齢です。なので、こちらの方で問題ないだろうと判断しました』

「そう、ですか」

『先方にも先日確認をとったら是非にとおっしゃられていましたし、この機会に萩月先生が執筆した『ワールド・セイヴァーズ』のイラストを手掛けたイラストレーターさんと直接会って作品について互いに話し合うのも悪くないかな、と思いまして』

「は、はぁ……」

『おや、あまり嬉しくなさそうですね? senKaセンカさんとじかに会えるんですよ?』



 意外だ、とでも言うように東堂は不思議そうな声をあげる。


 有名イラストレーター、senKaセンカ。秋人こと萩月結が執筆するライトノベル『ワールド・セイヴァーズ』の表紙や挿絵のイラストを担当し、イラストレーターとして幅広く活動している年齢、性別不詳のクリエイターである。


 秋人の個人SNSアカウントでもライトノベルとアニメ系をフォローしているので、彼もしくは彼女が描くそのイラストをタイムラインで見かける機会が多いのだが、美少女系のシチュエーションイラストが多い。

 いいねやリツイート数も万超えの超人気絵師で、以前リプに目を通した際には「最高!」「感謝(*^ω^*)」「貴方のおかげで私はまだ頑張れる……!」といった好ましい類の感想が散見された。いわゆる『神絵師』である。


 イラストにて描かれるキャラは今にも動き出しそうで、男女問わず表情の感情や服装のシワ、瞳の虹彩に身体の肉感的な艶、そして各部分の陰影など、細部にまでこだわって毎度丁寧にイラストを仕上げている印象だ。きっとsenKaセンカというクリエイターは、繊細でこだわりを持っている人物なのだろう。


 実際に以前こちらが東堂を通してイラストを発注した際にも、キャラクターデザインや登場人物の表情の変化など細かい部分を意見・注文したのだが、senKaセンカは秋人が考えている想像以上のクオリティに仕上げてくれた。そういった経緯もあり、それ以来東堂に伝えるのは簡単な注文だけで、イラストに関してはsenKaセンカにお任せしている。


 ここまで『ワールド・セイヴァーズ』が人気になったのも、魅力的なイラストを描いてくれたsenKaセンカのおかげと言っても過言ではない。



(ま、マジかぁ……)



 秋人はそのことにずっと感謝の念を抱いていたので、是非直接会えたらお礼を言いたいと思っていた。のだが、そんなことをいきなり言われても戸惑うばかりである。



「ち、因みにその打ち合わせの予定日はいつでしょうか……?」

『ちょっと待って下さいね。まぁ萩月先生の都合にもよりますが……えーっと、向こうから事前に聞いたフリーの日、近々ですと———明日ですね』

「明日ぁ!?」



 何気なく紡がれた東堂の言葉に、秋人は思わず声を荒げてしまう。

 あまりにも急すぎる予定。確かに、偶然にも明日大学は休みなので一日秋人の予定はフリーな訳なのだが、相手は超有名神絵師である。


 感謝の気持ちを直接伝えたい思いも山々だし心の底から嬉しいのだが、それ以上にいざ会えるとなると、長年お世話になってきたお相手と初めて対面する緊張とイラストの注文に関することで怒られないかという不安でどうにかなりそうだった。


 秋人が思わず言い淀んでいると、スマホから東堂の揶揄い気味の声が響く。


 

『あれ、まさか緊張してるんですか? それとも何か予定あります?』

「いやまぁないですけど……。後、緊張するのは当然じゃないですか。東堂さんは担当ですから何度も会った事があるでしょうけど、こっちは初めてなんですからね?」

『大丈夫ですよ。別に同じ人間なんですからとって食ったりなんてしませんよ。ま、これも良い経験だと思って下さい』

「はぁ……わかりました。明日ですね。了解です」

『決まりですね。それじゃあこちらからsenKaセンカさんに連絡しておきます』



 やがて明日の打ち合わせ場所や時刻を秋人に伝えて、一方的に通話を終了した東堂。他の作家の担当もしているらしいので、きっと忙しいのだろう。


 机の端にスマホを置くと、はぁ、と溜め息をついた秋人はそっとクローゼットの方向へと顔を向けた。



「ちゃんとした余所行き用の私服ってあったっけ……?」



 まだ改稿作業は残っているが、予定が出来た以上とにかく明日に向けて準備をしなければいけない。よいしょ、と椅子から立ち上がった秋人は、ラノベ作家萩月結として恥じないように、早速服装選びに取り掛かったのだった。











 次の日、晴れ渡る清々しい青空のもと、張り切って待ち合わせ場所である街中のカフェへと足を運んだ秋人。


 店内へ入店すると、こちらへ手を振る東堂の姿が目に入った。十分時間に余裕を持ってきたのだが、どうやら向こう側の方が早かったらしく、既に東堂の向かい側には誰かが座っているようだ。遠目からなのでよくわからないが、きっとその人物こそが人気イラストレーターであるsenKaセンカなのだろう。


 申し訳ない気持ちになりながらやや急ぎめにそちらへ向かうと———、



「——————え?」

「——————へ?」



 その人物は、秋人のほうけた声に同じく声を重ねながらも驚いたような表情を浮かべている。おそらく秋人も同じ表情なのだろう。


 信じられない。そのような思いを抱きながらも、一瞬とも永遠とも思える時間視線を交える二人だったが、東堂が言い放った言葉で現実に引き戻される。



「や、萩月先生。早速だけれど紹介するよ。こそが今まで『ワールド・セイヴァーズ』のイラストを担当してくれた人気イラストレーター、senKaセンカさんです」

「ど、どうも、、で良いのかな……萩月、先生?」

「あ、あはは……こ、こちらこそ。…… senKaセンカ、さん?」



 互いに挨拶がぎこちないが、それも当然だろう。、だ。


 ウェーブ掛かった艶やかな茶髪に優しげな垂れ目、そしておっとりとした落ち着いた雰囲気を身に纏っている大人びた綺麗な容姿。


 ———アパートの隣に住む住人、黒峰千歌が、そこにいたのだった。


















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なんと人気イラストレーターの正体は、実は千歌お姉さんでしたー!


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