第13話 同級生と昼食



 黒峰と一緒に食事をした次の日。朝から大学に通い、午前中の講義を終えた秋人は誰もいない空き教室にて昼食の弁当を食べようとしていた。いつもならば友人である駿平と行動しているのだが、今日は残念ながら一人である。



「まさか駿平が風邪を引くだなんてなぁ」



 窓越しに澄み渡る青空を眺めながら秋人はしみじみと呟く。

 春は寒暖差や気圧変動が激しい季節である。折角華の大学生活が始まったばかりだというのに、体調を崩してしまうだなんて駿平も運が悪い。


 体調不良を知った経緯としては、大学に到着してから彼を玄関前で待っていると『風邪引いたから今日は大学に行けない』とスマホにメッセージで連絡が来たのがきっかけ。秋人は一度見舞いにでも行こうかと考えたのだが、まだ付き合いが短いので残念ながら駿平の自宅の場所を知らなかった。


 そこでふと三嶋と駿平の幼馴染である東雲が、今日秋人達と一緒の講義を履修する事を思い出す。秋人はすぐさま教室へ向かいそのことを東雲に伝えると、帰る、と血相を変えて飛び出して行ってしまったのが大学での顛末だった。

 普段顔を合わせれば言い合いが始まる二人なのだが、どうやら心の奥底ではなんだかんだ互いを思い合っているのだろう。


 きっと今頃、駿平は家族と東雲から甲斐甲斐しく看病を受けている頃だろうな、と思いつつやれやれと肩をすくめる。全く羨ましい限りである。



「———お、お待たせっ! 平山くん!」

「ううん、全然待ってないよ」



 教室の扉の先から姿を見せたのは艶やかな長い黒髪をふわりと揺らした小柄な美少女、三嶋六花だった。可愛らしく微笑んだ彼女の肩には荷物の入った四つ葉のクローバーが描かれたトートバッグが掛けられており、もう片方の腕にはペットボトルのほうじ茶と緑茶が抱えられている。


 秋人と三嶋の二人がこうして空き教室にいるのは、件の学食組である駿平と東雲がいないからだった。今日だけは自然と隣同士で講義を受けて、一緒に昼食を食べる約束をしていたのだ。



「わざわざごめんね三嶋さん。家に水筒を忘れてきたのは僕なのに、自販機まで買いに行って貰っちゃってさ」

「ううん、気にしないで? 私も喉が渇いていたから丁度良かったよ」

「あ、待ってね。今お金返すから……」

「い、いいよいいよっ! 私の奢りだから!」

「いやいやいや」

「いえいえいえっ」



 互いに譲る気のない二人だったが、やがて顔を見合わせると頬を緩ませた。



「三嶋さんって、もしかして意外と頑固?」

「平山くんだってそうじゃないですか。こういうときは素直にありがとうだけでいいんですっ」

「あー、うん。ありがとう、三嶋さん」

「はいっ♪」



 そう返事をしてふわりと微笑むと、彼女は机に購入してきた飲み物を置いて隣の椅子に座った。



「はい、平山くんはほうじ茶でいいんでしたっけ?」

「あ、うん。飲むと落ち着くし美味しいから、僕は緑茶より好きだけど……あれ? そのこと三島さんに言ったっけ?」

「ううん? なんとなくそうかなーって思っただけですよ」

「そっか」



 彼女の言葉をあまり気にも留めることなく、秋人はほうじ茶を受け取る。キャップを開けて茶色の液体を口の中に流すと、いつもの味と香ばしくも落ち着く香りが鼻腔を広がった。


 ふぅ、と一息つくと、弁当を準備しようとしている彼女を横目に秋人も弁当の蓋を開けた。すると、隣から驚嘆するような声が上がる。



「わぁ、いつも思っていましたが、やっぱり平山くんのお弁当美味しそうですね……!」

「三嶋さんのお弁当だって彩り鮮やかで美味しそうだよ。でも、それだけで足りるの?」

「あ、あはは。最近ダイエットしてまして……」

「そうなんだ。でも体調壊すといけないから、ほどほどにね?」

「うん、ありがとう」



 秋人がそう忠告を洩らすと、三嶋は目を細めて感謝を述べる。次の瞬間、ふと思い出したかのように秋人は自らの弁当へと視線を落とすと、次のように言葉を紡いだ。



「もしよければ、卵焼き食べる?」

「え?」

「あーいやほら。ダイエット中なのにごめんだけれど、美味しそうって言ってくれて嬉しかったから。あとやっぱりさっきの飲み物買ってきてくれたせめてものお礼っていうか。も、もしいいならそれでも」

「———食べます」



 やや食い気味にそう返事をする三嶋。若干目が据わっているような気がするのは気の所為だろうか。


 そうして秋人が弁当を差し出すと、彼女の箸は卵焼きへと向かう。綺麗に巻かれた卵焼きを箸で掴んで目の前に持ってくると、三嶋の動きが止まった。

 そしてごくりと喉を鳴らすとゆっくりと口へと運ぶ。


 もぐもぐと咀嚼して飲み込むと、やがて口を開いた。



「———はぁ、神かな」

「そこまで!?」

「とっっっっても美味しかったです。流石平山くん。料理の神に愛されてますね。私、正直もう死んでもいいです」

「三嶋さんってそんなキャラだっけ!? とりあえず死なないで!! あとありがとう!!」



 瞳を閉じながら憑き物がない表情で合掌する三嶋に突っ込みながらも、その後はなんとか普段通りに談笑しながら昼食の時間を過ごしたのだった。

















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