第12話 お姉さんと豚の生姜焼き






「出来ましたっ!」

「わぁ、美味しそうですね」



 やがて料理が完成すると、テーブルに並べられた品々を見て秋人は感嘆の息を洩らす。にこにこと笑みを浮かべている黒峰を見る限り、どうやら調理に失敗することなく満足のいく結果のようだった。


 テーブルにはほかほかのご飯や味噌汁をはじめ、彼女お手製の豚の生姜焼きと副菜のきゅうりのゴマ油和え、焼きネギといった料理が並べられている。食欲をそそる良い香りに、調理中ずっとお腹を空かせていた秋人は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。



「前々から思ってましたけれど、黒峰さんって料理上手ですよね。誰かから習ったんですか?」

「うふふ、ありがとう秋人くん。実は秋田に住んでるおばあちゃんから教わったんだよねぇ」

「おばあちゃんから?」



 そう秋人が訊き返しながら椅子に座ると、うん、と微笑みながら彼女も向こう側に座る。椅子を引いた際に彼女の大きな胸がたゆんっと揺れるが、秋人は咄嗟に彼女の顔へ視線を向けた。


 動揺するも一瞬だったので、きっと注視してしまったなどバレていないだろう。



「うん。私のおばあちゃんとおじいちゃんはお米農家をしているんだけどね、小学校の頃までは一緒に住んでたんだ。特におばあちゃんが『オンナは料理出来だ方が嫁の心配はねぇがら』って言うのが口癖でさ、作るお料理もとっても美味しかったから『私もいろんな料理覚えたい!』って伝えたら途端に雰囲気を変えてね。普段は優しいんだけど、お料理を教える時に限っては凄ーく厳しかったんだよねぇ」

「あぁ、スパルタだったんですね……」

「うふふ。興味本位だったんだけど、それからというものおばあちゃん家での料理は私の担当になったんだ。学校から帰ってきたら、よくおばあちゃんからは和、洋、中の様々な料理をいっぱい仕込まれたよ」



 元気にしてるかなぁ、としみじみ呟いた彼女だったが、その瞳には穏やかな感情が浮かんでいる。


 厳しかったと言っていたが、決してその日々が嫌だった訳ではないのだろう。黒峰の料理の腕前を近くで見ていた限りとても手慣れたものだったし、こちらも思わずへぇ、と唸るような隠し味も少し入れていた。


 黒峰の祖母の口癖はともかく、彼女の料理をする事になったきっかけを訊いた秋人はほっこりとしてしまう。



「さて、冷めないうちにいただきましょっか」

「あ、そうだね。ごめんなさい秋人くん、話に付き合って貰っちゃって」

「いえ、気にしないでください。そういう話大好きですので」



 申し訳なさそうにそう話す黒峰だったが、秋人としては本心である。


 東北のお米は美味しいと聞く。きっと彼女の祖父母がお米農家だからこそ、み身近に美味しいお米があって料理の腕も上達したんだろうなと思うと、彼女の幼き頃の様々な想像がはかどった。

 想像力豊かなのはラノベ作家としての宿命だろうか、と思わず秋人は苦笑いを浮かべてしまう。



「じゃあ———いただきます」

「いただきますっ」



 そう口々に揃えると、秋人は箸を持って目の前に並ぶ品々を眺める。そうして最初に口を付けたのは味噌汁だった。


 お椀を持って鼻腔に近づけると、ふわりと優しい味噌の香りが広がる。そうして味噌汁に箸を付けて中に沈んでいる具を軽く混ぜるようにして持ち上げると、斜め切りにされたネギと油揚げが姿を現した。


 その綺麗な切り口に頬を緩ませながら、箸を口へ運ぶ。そうしてふぅふぅと息を吹きかけると、ずずりと音を立てて味噌汁を飲んだ。



「——————はぁ」

「も、もしかして美味しくなかったですか……?」

「逆です。すごく美味しくて、思わず溜息が出ちゃいました」

「ほっ、良かった」



 きっと秋人の口に合うかどうか心配だったのだろう。その言葉を聞いた彼女は、心底安堵したかのようにほっと息を吐いた。

 

 味噌汁は家庭ごとに味が違うというが、どうしてこうも他人が作ると美味しく感じるのだろうか。いつもは自分で味噌汁を作っていた秋人にとって彼女の味噌汁は新鮮であり、とても落ち着くような味わいだった。


 そうして箸を濡らした次に目を付けたのは、主食である豚の生姜焼きだ。



「やっぱり家庭によって作り方って違うんですね。僕、生姜焼きの時は玉ねぎは入れないんですよ」

「えっ、そうなの? ……もしかして、玉ねぎ嫌いだった?」

「いえ、むしろ大好きです。ただ家では生姜焼きの時は入れないだけで」

「そうなんだ。お口に合うと良いけれど」



 そう言って目の前の彼女は温かな笑みで微笑む。


 皿に鎮座しているのは、甘じょっぱい生姜ベースのタレに絡んだ玉ねぎと薄切りの豚ロース、そしてこんもりと盛られた千切りキャベツだ。生姜焼きの上には白ゴマが掛けられており、風味豊かで非常に美味しそうな仕上がりとなっていた。


 普段秋人が実家で作る生姜焼きは厚切りの豚ロースを用いるのだが、材料はシンプルにそれだけである。厚切りの豚ロースには玉ねぎは合わないと思い避けていただけであって、生姜焼きに玉ねぎを入れない理由は特になかった。


 やがて食べやすいように調理された玉ねぎと生姜焼きを箸で掴むと、口の中に放り込んだ。



「…………!」

「ど、どうかな?」



 次の瞬間、秋人は彼女の問い掛けに答えることなく夢中にほかほか炊き立ての白飯をかきこんでいく。大きく頬を膨らませた秋人がもぐもぐと咀嚼をして呑み込むと、やや興奮気味に口を開いた。



「黒峰さん、これすごく美味しいです!」

「本当? 良かったぁ……!」



 緊張が解けたのか、ようやく彼女は自分の食事に手をつけた。彼女の前にあるマンガ飯のようなお椀に盛られた大盛りのご飯がとても目を引いたが、再び生姜焼きを口に入れて舌鼓を打っていた秋人にとってはもはやどうでもよかった。


 隣で作り方を見ていた限り自分の物とほぼ一緒だったのだが、玉ねぎが加えられている事によって、甘く上品な豚の生姜焼きに仕上がっている。食欲をそそる生姜の香りが損なわれることがなく、豚肉との見事な調和を見せていることから彼女の料理の腕が垣間見えた気がした。

 白ゴマの香りや食感もいいアクセントになっており、きっと飽きずに食べ続けられるだろう。



「僕が作るよりも美味しいなぁ」

「うふふっ、そんなに褒めても何も出ませんよ?」

「きっと黒峰さんは、将来良いお嫁さんになれますね。羨ましいです」

「ふえ」



 呆けた声を洩らしながら顔を真っ赤にした彼女を見て最初は首を傾げる秋人だったが、瞬時に何を口走ったのか理解する。


 現代の日本では人間関係や経済力など加味して結婚せずに未婚のままという男性や女性が増えている。故に先程秋人が言ってしまった言葉は、一種のセクハラ発言に聞こえかねない。



「す、すいませんっ。そういうつもりじゃなくて、ええっと……」

「び、びっくりしたなぁ……! てっきり言ってるのかと思っちゃいました……!」

「?」



 なんだか微妙に言葉の意味が食い違っているような気がしたが、きっと気の所為だろう。


 頬を染めてもじもじさせながら白飯をぱくぱくと口に運ぶ黒峰を見つめた秋人はこてんと首を傾げるも、緩やかに二人だけの時間は過ぎていったのだった。




















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