第2話 お姉さんとの出会い
「ふぅ、ふぅ……。弁当と飲み物だけを買うつもりが、ついついカゴに色んな物を入れちゃったよ……」
スーパーからの帰り道。ついつい食材や日用雑貨を買い込んでしまいぱんぱんに膨らんだビニール袋を手に持った秋人は、その重さに息を切らしながらアパートさくら荘の目前でそのように呟く。
袋の中身はタイムセール中の生卵や肉、魚、野菜といった生鮮食品、食洗スポンジや水切りネットなどetc……。こちらで揃えられる物は実家から無理に持ってくる事はしなかった秋人だったが、様々な特売品に目移りしてテンションが上がってしまいついつい買い込んでしまった。
因みに店員さんは客の出入りが激しく忙しいにもかかわらず元気で明るい印象だった。さくら荘から然程離れていない距離にスーパーがあるので、きっとこれからもよく利用する事になるだろう。
ここまで帰宅するのに疲労感はあったが、常連になって顔を覚えられる日も来るのかな、と思うと自然と笑みが浮かんだ。
「さて、あともう少し……!」
「———あら?」
さくら荘はアパートと呼ぶには少々小さい二階建てで、秋人の部屋は二階にある。階段を上ろうと一歩踏み出した秋人だったが、ふと上から声が聞こえた。
秋人が顔を上げるとそこには一人の女性が立っており、こちらを不思議そうに見つめている。きっと何処かへ出かけようとしたのだろう。ブラウン色の長髪を纏めて前に垂らした女性はとても大人っぽく綺麗な格好をしている。彼女は間も無く得心したかのようにふわりと笑みを浮かべると、頰に手を添えておっとりと言葉を紡ぐ。
「あら、あらあら? もしかして今日から新しく引っ越してきた男の子ってキミかしら?」
「は、はい、そうです!」
「やっぱりそう! 事前に大家さんからのお知らせで知ってたけど、後で挨拶しようと思っていたところだったんです〜」
「そんなそんなっ、むしろそれはこっちが先に伺うべきですから!」
秋人は両手が荷物で塞がってたので、顔をブンブンと横に振ってなんとか彼女に意志を伝える。
その大人びた容姿から察するに、おそらく今年から大学生活を送る秋人よりも年上なのだろう。その柔らかい話し方やおっとりとした雰囲気もそう感じる一因だ。秋人より一個二個学年が上の大学生か、はたまた社会人かはまだわからないが、いずれにせよこうして軽く言葉を交わした感じでは優しそうな女性である。
律儀なんですね、と微笑んだ彼女だったが、次の瞬間には首を傾げながら目をパチリとさせた。
「あら、随分重そうな荷物ですね?」
「あはは……弁当だけ買うつもりが、ついつい買い込んじゃって……」
「運ぶの手伝いましょうか。ちょっと待っててくださいね、今そっちに行きますから」
「えっ……い、いえいえっ! だ、大丈夫ですよ!? こう見えても案外鍛えてますのでっ!」
「まぁまぁ、引っ越ししたばかりで色々お疲れでしょう? 遠慮しないで、ね?」
どうやらヒールを履いているようで、コツコツを音を鳴り響かせながら階段を降りてくる女性。履き慣れているのか、その足の進みには
こうして改めて眺めてみると、彼女は顔の輪郭がすっきりとしており、とてもスタイルが良いのでまるでモデルのようだと錯覚してしまう。さらさらとしたウェーブのかかったブラウン色の長髪に、吸い込まれるようなぱっちりとしたタレ目気味の瞳、スッとした鼻筋にふっくらとした唇が印象的だ。
そしてなにより———、
(こ、これはある意味、目に毒かもしれない……!)
彼女が一段一段階段を降りる度にゆっさゆっさと揺れる乳房、つまり大きなおっぱいが目を引いた。つい前まで高校生で色恋沙汰など皆無だった秋人には破壊力抜群である。なんとか自制心を保って目を逸らそうとするも、すぐにちらちらと視線がそちらへ向かってしまうのは哀しき男の
きっと今の自分の顔は真っ赤になっていることだろう。動揺しているとはいえ、現在両手が荷物で塞がっている以上目を覆うことも出来ないし、もしそれが出来たとしてもあからさま過ぎて彼女に引かれてしまう可能性も無きにしも非ずだ。
しかも女性はそういった視線や反応に敏感だという。
今更感が否めないが、なんとか誠意を示す為にも、ここはなんとか彼女の顔に視線を固定して乗り切ろうと思い切って秋人が瞳を向けた瞬間だった。
「———きゃっ!」
「あぶないっ!!」
階段を降りる際に滑ってバランスを崩したのか、突如女性は前に倒れ込んできた。先程までどぎまぎしていた秋人だったが、目の前で起こった思わぬ緊急事態に大きな声で叫ぶ。
このまま転んでしまえば打撲や骨折などの大きな怪我を負ってしまうリスクがある。最悪の場合、打ちどころが悪くて死に至る可能性も否めない。
咄嗟に両手に持ったビニール袋を放り捨てた秋人。唐突に訪れた緊迫した事態に思わず目を見開いてしまうが、なりふり構わず腕を伸ばして両手を広げるとなんとか彼女を受け止める。
「…………ふぇ?」
「ほっ、よかった。間一髪でしたね。大丈夫ですか?」
「う、うん……。その、大丈夫、です……ハイ」
どうやら彼女との距離が縮まっていたおかげで無事に受け止められたようだ。加えてラノベ作家は体力勝負である為、日頃からランニングや腕立てなどをして鍛えていたのが功を奏したのだろう。頭から転ばないように頭部を抱え込むような形で受け止めたのだが、怪我がないようでなによりである。
秋人は安堵からホッと息を吐くも、女性を抱き締めていた所為かうっすらと香水らしき柑橘系の爽やかな匂いと女性特有の甘い匂いが混じった香りが鼻腔をくすぐる。
このままじゃ色々な意味でまずい、と思った秋人が彼女から体を離そうとするも、何故かこちらの服を掴んだまま話そうとしない。
「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー。…………はふぅ」
「あ、あの……?」
「あっ、ご、ごめんなさい!!」
女性は慌てたようにそう言い放つと、秋人からようやく身体を離した。顔を真っ赤にさせながらこちらを見つめる彼女の様子に内心不思議に思う秋人だったが、どうやら恥ずかしがっているらしい。
(まぁ偶然とはいえ、足を踏み外した先で何処の馬の骨とも知らない男に受け止められたんだから、そういう反応も当然かな)
作品の原稿を執筆していると、そういった女性の反応を描くこともしばしばある。参考になるなぁ、と感心しながらやや俯瞰的な視野でいつの間にか彼女の様子を観察していた秋人だったが、ふととある事に気がつく。
ビニール袋の中に割れやすい食材が入っていたことに、だ。
「しまった……っ、卵のこと忘れてた……っ」
思わず血の気がひく。折角タイムセール中に手に入れた税込106円の生卵だったが、もし割れてしまっていたら非常に勿体無い。咄嗟とはいえ荷物を投げ捨てて女性を助けることが出来た事に後悔はないがそれはそれ、これはこれである。
秋人は急いで確認しようと焦りながら階段を降りようとするが———、
「…………あっ」
「あ、あぶな———!」
心も身体も急いていた所為か、ものの見事に足がもつれてしまう。碌に受け身も取れず衝撃が走った秋人が意識を失う前に聞こえたのは、悲鳴にも似た女性の声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます