第4話 お姉さんからのお願い
「……すみません、黒峰さん。こんな時間まで介抱して貰った挙句、水道や電気を使えるように管理会社に連絡して頂いた他にガスの開栓立ち合いの対応までして貰って……、その上ご飯まで作って頂いて……」
「うふふ、気にしないで? 私、うっかりしてるってお友達によく言われるの。今回だって不注意で階段から落ちそうになったとき秋人くんに助けて貰ったし、そもそもキミがこうなった原因も私が作ったようなものだから……。だから、これはそのお礼と償い」
「それこそ気にしなくて良いのに……。ありがとうございます、黒峰さん」
テーブルに座った秋人はキッチンに立つ黒峰の後ろ姿を眺めながら感謝の言葉を伝える。
壁に掛けてある時計を見ると夕方の六時過ぎ。なんと意識を失って目を覚ましてから四時間以上経過していた事になる。現在は頭を打ち付けた箇所にたんこぶが出来てしまったので手のひらサイズの
なんともまぁ格好悪い形で負傷してしまったが、とにかく彼女を無事に助けることが出来たので後悔はなかった。
どうやら現在は水道やガス、電気といったライフラインは使えているようで、秋人が意識を失っている間に彼女が管理会社に連絡などしてくれたそうだ。
引っ越しシーズンということもあり対応が遅れて間に合わなかったみたいだが、対応した彼女によると、何度も謝罪していたし今度謝罪品を送りますと言っていたらしい。
(それにしてもこんな時間まで見守ってくれていただなんて、良い人だなぁ……)
つい先程名前が判明した年上の大学生、黒峰の話を聞くと、どうやら大家さんからのお知らせで秋人の名前や年齢といった基本情報を事前に教えて貰っていたらしい。だからこそ買い物帰りに遭遇した際、秋人の顔を見てぴんときたそうだ。
そして話を聞いていて一番驚いたのは、この部屋まで運んでくれたのは黒峰本人だという。華奢な見た目からは想像出来ないが、60キロ以上ある男性の身体を一人でここまで運べるという事は相当腕力が凄いのだろう。鍛えているのか、と質問もしたのだがなんと答えはノー。力が強いのは小さい頃かららしいので、女の子は不思議である。
因みに生卵は無事にお陀仏したし、お姉ちゃん呼びは丁重にお断りさせて頂いた。
「それに明後日、秋人くんは大学の入学式でしょう? 確かにお弁当も美味しいけれど、もしそれが続くと栄養が偏りやすくなっちゃいますから。折角の晴れ舞台、体調を崩して出られないってなったら悲しいし……少しでもお姉さんの料理を食べて元気になって欲しくって」
「あはは、優しいんですね。配慮して頂きありがとうございます」
フライパンに具材を投入しているのか、じゅうじゅうと焼ける音が響く。
当然ながら、秋人が放り投げた買い物袋を回収してくれたのも黒峰だ。なので食材や雑貨を買ってきた以外に、調理するのが手間でスーパーの弁当を食べようとしていたことは既に知られてしまっていた。
ちくりとした指摘に秋人は思わず愛想笑いを浮かべるが、彼女の言うことも尤もである。ありきたりとはいえ、入学式は祝うべき門出の内の一つ。覚悟を決めて一人暮らしをこれから始めるというのに、当日に体調を崩して出席出来なかったとなれば、幸先が悪いし目も当てられない。
気遣ってくれた彼女には感謝しかないな、と思いつつもなにやらケチャップの香ばしい匂いが鼻腔に届くが、ふと秋人の脳裏には疑問が浮かんだ。
「……ってあれ? 僕、明後日入学式だってこと黒峰さんに話しましたっけ?」
「介抱するとき机の上も見ちゃいましたが、大学のパンフレット置きっぱなしでしたよ?」
「あ、そうだったかも」
「準備しなきゃいけない持ち物とか服装とか、最初は緊張しますよねぇ」
「黒峰さんもそうだったんですか?」
「勿論です。入学式の前日なんて、不安と緊張とワクワクで眠れませんでした」
「ふふっ、遠足前の小学生みたいで可愛いですね。……あっ、すみません!」
「か、可愛いだなんてそんな……っ」
炒める音で掻き消されてしまい良く聞こえなかったが、もじもじと身体が揺れている辺りどうやら照れているようだ。年上にもかかわらず、妹である鈴華を思い出して思わず気安い口調で言葉にしてしまったが、気分を害していないようでほっと一安心だ。
きっと黒峰のおっとりとした雰囲気がこちらにも浸透してしまったのだろう。失礼のないようにと意識しつつ暫くのあいだ話に花を咲かせていると、料理が完成したようだった。
「はーい、お待ちどうさまでーす」
「わ、オムライスだぁ……!」
「どうやら卵は衝撃で全部割れちゃってたみたいでして……。ですのでそれを使ってオムライスを作ってみました!」
にっこりと笑みを浮かべる黒峰は、小さく手を広げて食卓に並んだ料理を指し示す。主食となるオムライスに副菜となるサラダ、玉ねぎの入ったコンソメスープといった彩り豊かでとっても美味しそうな料理の品々に、思わず秋人はごくりと喉を鳴らした。
そこでふとあることに気付く。
「黒峰さん。あの、僕が買ってきてない食材などもあるんですけど、もしかして……?」
「ちょうど具材が余ってたので、私の部屋から持って来ました」
「お、お金払います!」
「いいんですよ、これは私なりのお礼なんですから本当に気にしないでください。それに私、最近こうして誰かと一緒にご飯を食べるなんてなかったので、嬉しいんです」
「そうだとしても僕の気が収まりません! せめて食材費のお金くらい受け取って貰わないと……!!」
秋人はテーブルに並んだ出来立ての料理を挟みながら、黒峰を力強い眼差しで見つめる。
いくらお礼とはいえ、ここまでされてしまったら逆に申し訳がない。今すぐに何かお返し出来る物といったらお金くらいしか咄嗟に思い浮かばなかったのでそう提案したのだが、素直に受け取ってくれるだろうか。
こちらの必死さが伝わったのだろう。目の前の彼女は顔をきょとんとさせていたが、途端にふっと表情を緩めて破顔した。
「……キミって案外、
「そう、ですかね……?」
そうだよ、と柔らかい口調でそう告げると、何故か黒峰は上目遣いになりながら身体をもじもじとさせる。心なしか少しだけ顔も赤い。
その様子に秋人が思わず胸をどきりとさせていると、彼女は次のように言葉を紡いだ。
「じゃあ、さ……。お願いがあるんだけど、いいかな……?」
「は、はい、なんでも言ってくださいっ」
「———これからも、その、たまにでいいので……一緒にお食事してくれないかな?」
「へ?」
「実は、私も入学に合わせて県外からここに引っ越してきたんだけどね? 最初はあまり気にしなかったんだけれど、部屋でご飯を一人で食べるのはとても寂しくって……」
「黒峰さん……」
これまで実家で自炊をこなしていた秋人としては、彼女の気持ちは大変よく理解出来た。父が仕事の関係で出張だったり鈴華が部活の遠征などで家には秋人一人だったときがあるが、そのとき自分で作った食事は妙に味がしなかった。
彼女とは今日会ったばかりだが、おっとりとしたマイペースさを伺わせる反面、きっとこれまでひとり暮らしの中で色々と寂しい思いをしてきたに違いない。折角のお隣さんで年も近いのだから、そんな事を言われてしまったら損得勘定抜きでも力になってあげたいと思うのは少々甘いだろうか。
「あ、その、子供っぽい理由でごめんねっ? もし秋人くんが嫌だったら大丈夫ですから———」
「良いですよ」
「ほっ、本当ですかっ!?」
「はい。引っ越してきたばかりで知り合いも全くいないので、時間が合えばこちらこそお願いしたいです」
「やったっ♪」
にへら、と蕩けるような笑みを浮かべて心から喜んでいる様子の黒峰に、秋人はそっと微笑みながら視線を向ける。
言っておくが、決して庇護欲が刺激された訳ではない。しかし交わした言葉はまだ少なくても、彼女の愛嬌というか人柄を鑑みるに悪い人間でないのは確かのようだ。むしろこれまでの献身的な行動や心優しい気遣い、慈愛溢れる態度と秋人の中では黒峰は大変好印象である。しかも容姿的に美人ときた。
こうして伝えるにも秋人とは今日会ったばかりだ。きっと勇気が必要だったろう。そんな彼女のお願いを無碍にして断ってしまえばバチが当たってしまう。
「あ、すみません! 食事が冷めてしまいますよねっ。ささ、遠慮しないで食べてくださいね?」
「は、はい……それでは、いただきます」
「いただきまーす♪」
片やおずおずと、片や元気良くいただきますと口にすると、ようやく食事に手をつけた。
因みにオムライスもサラダもスープもめちゃくちゃ美味しかった。
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