第7話 担当編集との打ち合わせ




『それでは先程伝えた通りアニメ化の進行に伴い、イラストレーターさんと相談してペーパー用のイラストを描いて頂きます。そこで萩月先生には五千字から一万字程の店舗特典SS小説の執筆と、今度発売される単行本へのサインをお願いします』

「はい、わかりました」



 現在夕方の四時過ぎ。入学式が終わりそのまま帰宅した秋人だったが、昼食を食べてからしばらくすると担当編集である東堂からスマホに電話が掛かってきた。


 内容は『ワールド・セイヴァーズ』の今後の物語の修正・確認とアニメ化作業の軽い打ち合わせである。これからの大学生活に浮かれて電話が掛かってくることをすっかり忘れていたが、昼寝をせずにスマホのメモ帳に保存していたアイデアを整理してて良かった。


 約一時間ほどの打ち合わせだったが、彼の話し方からしてもうそろそろ終わりだろう。しかし秋人には一つだけ気掛かりなことがあった。



「……あの東堂さん、今回は何冊サインすればい」

『五百冊です』

「おぅ……」

『五百冊です』

「そんな念を押さなくても……」



 短くも簡潔に、加えて若干食い気味に伝えられたその冊数に、秋人は思わず言葉にならない声を洩らしてしまう。アニメ化の告知と小説をプッシュしていく上で仕方ないとはいえ、これから送られてくるであろう大量の段ボールに少しだけ憂鬱さを感じながら口を開く。



「もしもし東堂さん? 一応僕これから大学生ですし、講義とかで色々忙しくなると思うので……。今回は大丈夫ですが、出来れば今後サインとかそういったのは控えたいのですが……」

『その言い訳って萩月先生が高校生の時にも言ってましたよねー? まぁ物語に真摯な萩月先生のことですから、どうせ何時間もサインに割く時間があったらずーっと執筆したいとお考えなんでしょうけど。ぶっちゃけ面倒臭いんですよね?』

「うぐっ、おっしゃる通りで……」

『何年の付き合いだと思ってるんですか。まるっとお見通しです』



 静かに紡がれたその指摘には若干呆れが含まれているような気がする。

 心なしか、もう子供じゃないのだから変に誤魔化すな、といさめられているようで秋人は渋い表情を浮かべてしまう。


 基本担当編集は半年や一年など入れ替わりが激しいのだが、東堂とは高校入学前に初めて顔を合わせた以来ずっと担当である。かれこれ三年ちょっとの付き合いだ。他の作家と比べると長い方で、おそらく秋人が未成年という立場を配慮してくれた結果なのだろう。


 最初こそぎこちなかったが、現在では互いに人となりがわかっているので、ありがたい限りである。



『それにしても、アニメ化まで決まった大人気ラノベ作家である萩月先生が大学に進学するなんて正直全く考えてませんでした。高校卒業後はてっきりそのままラノベ作家専業でいくのかと思ってましたけど』

「将来的には専業で頑張りたいと思ってますが、大学で様々なことを勉強してもっと知見を深めたいと思ったので。少し遠回りですけど、創作に活かせたら嬉しいです」

『流石ですねぇ。その異様なまでの創作意欲には脱帽しますよ』

「東堂さん、それ褒めてます?」



 勿論、とあっさりと口にするとそのまま言葉を続けた。



『それと、これは人生のちょっと先を生きたお兄さんからのアドバイスなんだけどな。

「……! はい、東堂さん」

『———今しか出来ないことを、諦めないでほしい』

「……?」



 東堂の柔らかい口調で告げられた言葉に対し、思わず首を傾げる秋人。作家名ではなく名前を口にしたということは、先程までの仕事モードではなく個人としての意見なのだろうが……今しか出来ないこととは一体どういうことだろうか。


 どうやら彼はこちらが意味を上手く飲み込めていないのを察したようで、電話口からは笑い声が洩れた。



『ははは、まぁそう難しく考えなくていい。折角これから大学生活が始まるんだ。創作の為、っていう理由も悪くはないんだが、俺としては秋人くんにはそういうのを抜きにして楽しいキャンパスライフ、つまりは青春を送ってほしいんだよ』

「は、はぁ……」

『友達を作るのもよし、サークルに入るのもよし。なんなら高校の時は無理だった彼女だって作ったっていい』



 あ、二股とかは絶対やめた方がいいぞ、と妙に真剣みを帯びた声でそう言葉を続けるが、いったい過去に何があったのだろう。確か東堂の年齢は三十代後半だった筈だ。高校の頃に知り合った奥さんと結婚して、中学生の娘さんもいるらしい。



『それにキミがさっき述べた、様々な知識の積み重ね……勉強熱心なのは良いことだし、作家としてスキルアップが見込めるのは確かだが、しかし人生においてそれが全てじゃない』

「……じゃあ、何が大事なんですか?」

『それを見つけるのも青春の醍醐味だろうよ。一生に一度あるかないかの大学生活なんだから、な?』

「そう、ですか……」



 東堂の含蓄に富む意見に、秋人は声が萎む。彼はそう言葉を締めるが、やはりというべきかその真意を理解するのは難しかった。思わず歯痒い気持ちになった秋人は表情が固くなってしまう。


 あ、そうだ、と言葉を洩らすと、東堂は唐突に次のように言葉を告げた。



『それで思い出しましたけど、萩月先生。警戒心が高い先生なら大丈夫でしょうけれど、一応伝えておきますね』

「はい、なんですか?」

『———大学では萩月先生の正体、絶対にバレないようにしてくださいね』



 仕事モードに戻った東堂は念を押すように真剣な声でそう紡ぐ。


 一見ただの忠告とも、心配性故の発言のようにも聞こえるが、実のところ担当編集である東堂や本人である秋人が警戒せざるを得ない事情があった。



『以前開催した『ワールド・セイヴァーズ』コミカライズ記念の初のサイン会。確かあの時は萩月先生が高校二年生の頃でしたね。伊達メガネやマスクをしていたおかげで素顔はバレませんでしたが、人気がありすぎて帰る際にも一部の熱烈なファンが追っかけとしてついて来てたじゃないですか。正直あれは冷や冷やしましたよ』

「あぁ、そんなこともありましたね……」

『あの時はなんとか途中で撒けたので良かったですけど、間違っても軽々しく『ラノベ作家してます』とか口を滑らせたりしないでくださいね?』

「勿論です」



 その後何回も念押しされながらも、書籍など確認のやりとりをして東堂との通話を終えた。スマホをテーブルの上に置いた秋人は、腕を組みながらも天井をぼんやりと眺める。



「気を引き締めないと、な」



 彼の言っていた通り、身バレの危険性はいつどこに居ても付き纏う。大学生になったとはいえ、秋人は残念ながらまだ大人の力を借りなければいけない未成年。しかもまだ慣れない環境下で一人暮らしをしていくのだ。もし大学で親しくなった相手がいたとしてもどこにファンが潜んでいるのか分からない以上、己の発言や行動にはこれまで以上に気をつけないといけないだろう。



「でもどうしよう、ちょうどいい機会だからSNSのアカウント作ろうと思ってたんだよなぁ。アニメ化する以上、小説投稿サイトだけの告知じゃあ限界があるし」



 実のところ、謂れのない炎上や顰蹙を買うのが怖くてラノベ作家用のSNSアカウントを開設していない秋人。もともと大学進学を契機にアカウントを作ろうかと考えていたのだが、自作のアニメ化によりその必要性はますます上がった。


 何せ『アニメ化するよ!』とSNSで告知をした場合とそうでない場合では、売上が目に見えて変わるのだ。視聴者の確保や円盤の売り上げが芳しくなかったらと考えると、出版社やアニメ制作会社、出演してくれる声優などに申し訳が立たない。多くの企業や人間が絡んでいる以上、迷惑は掛けられないのである。


 しかし、先程の東堂の忠告のこともある。



「……ま、滅多に個人情報やプライベートな写真さえあげなければ大丈夫かな」



 少々楽観的だが、ネットリテラシーの重要性を念頭に置いていれば大丈夫だろう。そう考えた秋人は早速スマホを手に持つと、SNSアプリを立ち上げてラノベ作家『萩月はぎつきむすび』名義のアカウント作成に着手したのだった。




















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