澄み渡るような青空の下、賑やかな歓声が満ちていた。場内に設置されたスピーカーからは、おどけた音楽が響き渡る。そんな広場の中央は大きく開け、背の低い跳び箱やら目の粗い網が設置され、障害物競走の真っ最中だ。

 入園前児童が集うスタート地点に太一もいた。次の春から、この保育園に入園する予定の子供たちだ。彼らはまだ正式な園児とは言えなかったが、「お試し保育」というシステムを利用し、既に園の一員となっている。

 子供たちは画用紙で造った鉢巻きのような物を頭に付け、そこにはリンゴやイチゴなど思い思いのフルーツが張り付けられていた。それらは、この保育園の職員がこしらえた手作りだ。

 その鉢巻と同じものを付けた一群がゴール地点にもいた。子供の親たちが自分の息子、娘と同じ鉢巻をして、ゴール地点で我が子を待っているのだ。太一の鉢巻きにはバナナ。里奈の鉢巻きもバナナ。子供達がその目印を頼って、自分の走るべき方向を見極めるわけではないだろうが、即席のバナナさんチームはスタートの合図を今か今かと待っているのだった。


 位置について・・・ よぉい・・・ パンッ!


 歓声が沸き上がった。子供達は一斉に駆け出しゴールを目指す。年齢の低い子には保母さんが付き添いながら、障害物のクリアを手助けする。おっとり派の太一は、決して速いわけではなかったが、それでも楽し気に障害を越えていった。

 背の低い一本橋では一度転落したものの、直ぐに復帰して駆け抜けた。網の下を四つん這いになって抜けるのは、毎朝布団の中で母親とじゃれ合う時のように愉快な経験だった。そして最後の難関、跳び箱だ。

 それは一段しかなかったが、山のようにそびえる意地悪な障害を越えるのは、彼らにとってはチャレンジだ。だが太一は、果敢にもそれに挑みかかる。そして横に控えていた保母さんが太一のお尻を押し上げ、その頂を制覇した瞬間、彼の視界がある物を捉えた。それはゴール地点から左に外れた側面に陣取る父、健太だった。彼は我が子の奮闘を記録に収めるべく、ハンディカメラを手にして横から撮影していたのだ。

 跳び箱の頂上でその姿を認めた太一は、そこから飛び降りると ──実際は保母さんに支えられて降ろされた格好だが── ゴールで待つ里奈はなく、横から撮影している健太に向かって走り出した。


 場内から大爆笑が巻き起こった。だが太一は、何故みんなが笑っているのか判らなかった。そんなことよりも、人ごみの中から大好きな父を見つけ出し、そこに向かって走る嬉しさで一杯だった。

 健太は自分に向かって走って来た息子を、困った様子で抱きとめる。ゴール地点で両腕を広げ「太一! 太一!」と絶叫していた里奈は、恥ずかしさのあまり真っ赤な顔をして、夫と息子の元に駆け寄った。そして再びの大爆笑が太一の家族を包んだ。

 里奈が太一を抱き上げることによって、遂にバナナさんチームが再会を果たし、その一部始終は健太の持つハンディカメラに収まったのだった。

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