翌週末、愛美は再びレンタル彼氏サービスを利用した。あの腹立たしい大貴が性懲りもなく、また綾香を東京に呼んだとの情報を得たからだ。彼女が持つ、社内の独自ネットワークを駆使すれば、大貴たちがどこで何をするつもりなのかなど、簡単に手に入る情報でしかない。

 しかし、肝心の拓哉は先客に押さえられていて、指名が利かないと言うではないか。前回、大貴たちの前で『結婚を前提に付き合っている』ということにしてしまった手前、拓哉以外の彼氏を仕立てるわけにもいかない。相手が変わっては話が通じなくなってしまうので、今回は諦めるしかないだろう。

 今月いっぱいで退社すると大貴は言っていた。つまり仕返しをするチャンスも、それほど多く残されているわけではないということだ。スマホの通話を切った愛美は、これからは、かなり前もって拓哉を予約しようと心に誓うのだった。


 仕方なくボンヤリと街をブラついていると、背後からいきなり、背の高い男が彼女に声を掛けてきた。

 「愛美さんですね?」

 振り向いた愛美は、見上げる様な長身の男の、あまりにも整った顔立ちに息を飲んだのだった。これを美形と言わずして何と言うのか。韓国のボーイズグループから抜け出てきたようなタイプだ。

 「えっ、あっ、はい。そうですが・・・」

 「私、SWEET ROMANCEから来ました、玲といいます。拓哉が空いていなくて申し訳ないということで、一応、別の者を派遣したという形になりますが・・・」

 「あぁ、そうだったの? なぁんだ」

 「拓哉から話は聞いています」

 「そうなのよ、結婚を前提に付き合ってるって事になってるから、別の人に来てもらってもダメなのよ。せっかく来て貰ったのに悪いわね」

 「そうですね。でもせっかく来たのですから、お話相手くらいはさせて下さい。お得意様のニーズに応え切れなかったということで、今回の派遣は無料とさせて頂きます」


 そう言って、玲と名乗る男は愛美を優しくエスコートしながら、近くのカフェへと誘った。こういった彼氏・彼女代行派遣業も百花繚乱の戦国時代だ。一度獲得した顧客を、まんまとライバル企業に横取りされるわけにはいかないのだろう。どうせ暇だし、料金もサービスするというのなら、遠慮なく楽しませて貰おうか。それに、極上のイケメンが相手なら悪くない暇つぶしである。


 「拓哉は、あなたが物凄く傷付いているって言っておりましたが・・・」

 ウェイトレスが注文を取って立ち去るのを待って、玲が話を始めた。

 「そうなのよ! あんな風に人を傷つけられる人間がいるなんて、信じられない!」

 「あんな風と言いますと?」

 晴らしかねる鬱憤に憤りを隠そうともしない愛美に、あくまでもにこやかな笑顔を絶やさず、玲は柔らかに話の続きを促した。

 「アイツは私の女心を踏みにじったのよ。何だか知らないけど、自分だけの勝手な都合を並べ立てて、終いには『僕たち、もう終わりにしよう』とかいうお決まりのパターン。私だって、アイツと結婚まで考えてたのよ。それなのに酷いと思わない?」

 「それは酷いですねぇ。でも本当に彼はそう言ったんですかね?」

 「どういうこと?」

 「いえ、人間というものは自分に都合のいいことだけは覚えていて、不都合なことは直ぐに忘れてしまうものですから」

 そう言いながらも、玲の笑顔に変化は見られない。あくまでも会話の主導権は愛美に有るという意思表示のように。

 「何よ。私が自分に都合のいい話だけ盛って、いい加減な事ことを言ってると疑ってるわけ?」

 愛美は面白くなさそうに顔をしかめてみせた。

 「そういうわけではありません。お気を悪くされたのなら謝ります。しかし本人が意図せずとも、そういったことにはなるもんだという意味でして」

 「間違いないわ! あいつは私を傷つけたのよ!」

 「確かですか?」

 玲は彼女の瞳をジッと覗き込む。

 「当り前じゃないの! 被害者は私なんですからね! ささやかな仕返しをするくらいの権利は有るはずよ!」

 「本当に?」

 その真っ直ぐな視線にたじろいだ愛美が、逆に詰め寄った。

 「本・・・ あなた、いったい何者なの? 本当にSWEET ROMANCEの人?」

 「私ですか? 私は玲。あなたの失った記憶を取り戻して差し上げられます。如何いたしますか?」

 「如何いたしますかって何よ、突然? 妙な宗教の勧誘じゃないでしょうね?」

 「あなたにその覚悟が有りますかねぇ?」

 若干の疑いの色を滲ませた玲の視線に、愛美はムキになって反応する。

 「やってもらおうじゃないの。私が何を忘れてるって言うのよ? ハッキリさせて頂戴!」

 「私が戻して差し上げた記憶は、死ぬまで忘れることが出来ませんが、宜しいですか?」

 彼の目がキラリと光った。

 「何でもいいからやりなさいよ!」

 「最終確認です。それでも記憶を戻して欲しいんですね?」

 「しつこいわねっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る