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ピピピピ・・・ ピピピピ・・・ ピピピピ・・・
玲は枕元の目覚まし時計をバンバンと乱暴に叩き、耳障りなアラーム音を無理矢理断ち切った。そして仰向けになると、ううんっと伸びをする。暫くそのままの姿勢で布団の温かさを貪っていた彼女だったが、意を決したように上体を起こし、ベッドの上に座り込むような姿勢になった。
「まったく・・・」
半分眠りこけながらも、先ほどまで見ていた夢の光景がアリアリと脳裏に浮かぶ。
「随分と寝覚めの悪い夢ね・・・ いくら夢の中だって、私はあんなに血も涙もない人間じゃありませんよ~だ。ウチの高校、セーラー服じゃないし。はぁ、朝っぱらから気分が悪い」
玲は夢の中の自分の言動に、いたくごご立腹のようだ。確かに夢の中の彼女はドライ過ぎて、人の心と命を弄ぶ小悪魔のようではなかったか。玲には、自分がなんであんな夢を見たのかさっぱり判らないのだった。
その時、下階から母の声が響いた。
「玲ーっ! 早く起きなさーい! 遅刻するわよーーっ!」
「は、はぁーーーぃ!」
玲は身支度を整える為、急いでベッドから飛び降りた。
─ 次のニュースです。今朝五時頃、小金井市の玉川上水付近を散歩していた人が、人が倒れているのを発見し・・・
「玲! テレビなんて見てないで急ぎなさいよ!」
「はぁ~い」
玲は焼き上がったトーストにバターを塗りたくりながら、母の言葉に応える。このバターをたっぷりと塗った上に、赤いイチゴジャムを乗せたものが彼女のお気に入りだ。
「あれ? お母さん。イチゴジャムは?」
「ごめ~ん、切らしてる~。昨日買い忘れちゃって。今日はブルーベリーで我慢して~」
台所で父の弁当箱に昨日の残り物を無理矢理詰め込んでいる母に、玲は不満げに言う。
「えぇ~。ブルーベリーじゃバターとイマイチ合わないんだよ~」
─ 発見されたのは、近くに住む木庭清さん八十七歳。木庭さんは昨夜から行方が分からなくなっており、今朝になって家族から捜索願が・・・
「贅沢言うんじゃありません! 今日一日くらい我慢しなさい!」
「ちぇっ。んじゃぁ、この目玉焼きでも乗せるか・・・ いやいや、半熟だからなぁ」
そう言いながら玲は朝のテーブル上を物色し始め、トーストにもう一工夫加えられる物を探す。そして最後に手に取ったのは、付け合わせのサラダにかけるマヨネーズだったが、バターとマヨネーズのハーモニーを想像した玲は、ブルリと震えてそれを元に戻した。
「あんた今日、英単語の小テストが有るって言ってなかったっけ? ちゃんと単語帳を持った?」
それを聞いた玲は、シンプルなバタートーストを咥えたまま目を丸くした。
「あぁっ! 忘れてた!」
彼女はトーストを放り出して急いで席を立ち、ドドドドドッと階段を駆け上っていった。
「ほら見なさい。ちゃんと前の日に準備しておかないから」
─ 警察によると、護岸された玉川上水の壁面に、木庭さんによるものと思われる、登ろうとした跡が数多く残されており・・・
自分の部屋に飛び込んだ玲は、机の上に広げっ放しになっていた単語帳を引っ掴み、そしてまたバタバタと階段を降りてきた。
「朝っぱらから、バタバタするんじゃないのっ!」
「ふぅ・・・ やべぇ、やべぇ」
そう言って、単語帳を仕舞い込むと、途中だったトーストに再びかぶり付く。
─ 現場から上流に三十メートルほど行くと階段が有り、そこから上の歩道に上れるようになっていますが、何故、木庭さんがそれを使わなかったのかは・・・
「いっけない! 時間だ!」
結局、彼女は朝食を食べ切れず、トーストと赤いデイパックを持って席を立つ。
「あっ、あんた。そんなはしたないことやめなさい! みっともないでしょ、物食べながら歩くなんて!」
「しょうがないじゃん、時間が無いんだから。んじゃぁ、行ってきまーす!」
「ちょっと! 玲! 待ちなさい!」
しかし彼女は母親の忠告も聞かず、トーストを口に咥えたまま玄関を飛び出して行ってしまった。その後姿を見送りながら、母親は呆れたように溜息をついた。
「まったく・・・」
彼女はそう漏らすと、夫の弁当箱との格闘を再開した。
「こんな汁物入れちゃダメかしら・・・」
─ 木庭さんの遺族によりますと、清さんは普段からアルツハイマーの症状を呈していたとのことで、警察は事件性は無いものとみて、事故の面から捜査を進めています。
─ 次は、株と為替の値動きです。昨日の東京株式市場の終値は・・・
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