第三話:ソフトクリーム

 カラーーン・・・ カラーーン・・・

 清涼な空気が満ちる高原の教会に鐘の音が鳴り響いた。昨日の雨に洗われた木々は鮮やかさを取り戻し、いつにも増して燃える様な緑が映えている。時折、緩やかにそよぐ悪戯な風が枝葉を揺らし、そこで羽を休める鳥たちを驚かせては、賑やかな囀りを演出していた。

 「おめでとう!」

 「おめでとーーーっ!」

 「おめでとう、未来みらい! すっごく綺麗だよ!」

 友人たちが振りかけるライスシャワーが降り注ぐ中、純白の衣装を纏った新郎新婦がチャペルから続く階段を降りていた。大きく背中の空いたウェディングドレスに身を包む新婦の手にするブーケが、そんな彼らにあでやかな色彩のアクセントを付け加えている。透明度を増した高原の空に浮かぶ雲よりも、ずっと明るく、ずっと眩しく二人は輝いていた。


 階段を降り切った二人に課せられた次の仕事は、お待ちかねのブーケトスだ。手にしたブーケを未来が構えると、参列していた女性たちがこぞって彼女の後ろに集結する。

 「いくわよーーっ!」

 と言いながら、未来はなかなか投げない。

 しびれを切らした彼女の女友達の一人が叫んだ。

 「早くしなさいよ、未来! あなたの幸せを私にもお裾分けして頂戴!」

 それを聞いた参列者たちは声を上げて笑った。未来も笑った。

 「あははは」そして「エィッ!」

 未来の掛け声とともに、彼女のブーケは後ろへと飛翔した。青空をバックに宙を舞うブーケは、スローモーションのようにゆっくりと回転しながら緩やかな弧を描く。そしていつの間にか羽の生えたそれが、どこか遠くまで翔んでいってしまうのではないか。そんな風にすら思えたのだった。


 友人たちに揉みくちゃにされながら、未来と優斗は教会の庭を後にした。これから近くのホテルへと移動し、そのまま披露宴が始まるのだ。二人は一足早くホテルに向かい、お色直しなどを済ませた上で参加者たちを出迎えねばならない。

 未来は両手でスカートを少し摘まみ上げ、裾を踏まないようにしながら、予め用意されていたハイヤーに向かって小走りで駆けた。白のタキシード姿の優斗は、既に車の横で未来の到着を待っている。

 その時、彼女の視界が一人の男性の姿を捉えた。二人の挙式を執り行った牧師が、チャペルの裏に立っていたのだ。未来は急に方向転換したかと思うと、彼に走り寄る。

 「神父様、神父様」

 「おおっと、気を付けて下さい。転んだりしたら大変だ」

 彼は身振り手振りで、落ち着く様にと未来をなだめている。彼の元まで駆け付けた未来は、息を弾ませながら言った。

 「神父様、今日は本当に有難うございました。お陰様で無事、式を終えることが出来ました」

 「いえいえ、私の方こそ有難うございました。とてもいい式でしたね」

 「はい」

 「それから小さなことですが、私は神父ではなく牧師です。神父とはカソリックの司祭を言い表し、カソリック教徒以外の結婚式を執り行うことは、基本的に有りません。一方、私はプロテスタントで、人の平等を説く教義に従い、牧師としていかなる人の結婚式も執り行うことが出来るのです」

 未来は目を丸くして、口許に手を当てた。

 「そうだったんですか? 知りませんでした。申し訳ありません」

 済まなそうに低頭する未来に、牧師は笑う。

 「いえいえ、気になさらないで下さい。キリスト教徒以外にとっては、神父も牧師も同じようなものですから。はっはっはっは」

 「あのぉ、もし宜しければ、牧師様も披露宴にお越し下さい。宴は三時間ほども有りますが、その間にほんの少しでもお顔を拝見できれば、とても嬉しいです」

 「おぉ、披露宴ですか。そのお誘い、有難く頂戴いたしますが、生憎あいにくと私用が控えておりまして・・・」牧師は宙を見上げる様な仕草をしてから言った。「判りました。お約束はできませんが、都合が付けば少しだけお顔を拝見しに伺いましょう。確か、あそこの『レイクサイド・ビューホテル』でしたよね?」と、木立の向こう側を指差した。

 「はい。お待ちしております。それでは失礼いたします」

 ペコリと頭を下げた未来はそう言い残し、ハイヤーに向けて再び転がるように駆け出した。

 「お気を付けなさい」

 その背中に、牧師が声を投げかけた。

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