3
「玲・・・」
レーテーは言い淀んだ。玲はその様子をジッと見守る。その視線に耐え切れず、レーテーは顔を背けるようにして、あえて事務的な響きを持たせた声で続けた。
「あなたとは今日でお別れです。巫女の任も今日で終わりよ。長い間、ご苦労様でした」
人間界の礼節に従って、軽く頭を下げたレーテーだったが、ハッと息を飲む玲の様子が伝わってきて彼女を動揺させた。いや、動揺する自分の姿に、レーテーは動揺したのかもしれない。沈黙が怖くて、レーテーは急いで言葉を繋ぐ。
「今まで色々とありがとう。あなたには感謝しかないわ」
「ど・・・ どうして?」
「どうしてって言われても・・・」
「私のせい?」
玲は手を伸ばし、レーテーの腕を掴む。
「私がレー姐さんの言うこと聞かずに、勝手なことばかりするから? だから私には巫女の資格が無いと判断されたということ?」
その手に自分の手を重ね、レーテーは微笑んだ。
「馬鹿ね。そんなはず無いでしょ」
しかし、別れを拒む玲の真っ直ぐな眼差しを正面から受けることが出来ない。
「私が記憶の番人を辞めることになったの。ただそれだけのこと」
「ひょっとして、私がやった不祥事の責任を取らされたの? この前なんか記憶を戻すどころか、湖の水位を上げるようなこともやっちゃったし」
「あははは、お馬鹿さんね。ただの配置換えよ。人間の世界で言うところの、異動みたいなものかしら」
そう笑いかけるレーテーであったが、全て嘘であった。彼女は記憶の禁を破った責任に加え、巫女の管理能力も問われて記憶の番人を解任されたのだ。後任は誓いを司る女神ホルコスが担うことになっていて、全ての巫女たちを彼女が引き継ぐことになっている。しかし当の問題を引き起こした玲だけには、レーテーと同じく解任という厳しい決断が下されていたのだ。それが神厳裁判での判決だった。
レーテーは否定したが、諸事の根源が自分であることを敏感に感じ取った玲は俯いた。そんな彼女を励ますように、レーテーが彼女の肩に手を置く。
「そんなに落ち込まないで。あなたが巫女という仕事に、真剣に取る組んでくれていたことは判ってるわ。でもこういったことは、よく有ることなのよ。あなたが気にする必要は無いわ」
「でも・・・」玲はレーテーの目をジッと見つめた。「巫女を辞めるのは仕方ないわ。辞めさせられるのであれば、それも仕方のないことだと思う。でも、どうしてレー姐さんとお別れしなきゃいけないの? 巫女を辞めたって、今まで見たいにレー姐さんに逢っちゃいけないの?」
レーテーは胸の奥から何かが込み上げてくるのをグッと堪え、それを笑顔の裏に忍ばせた。
「何言ってるの。巫女じゃなくなったら逢えるわけ無いでしょ。なんてったって私は女神なんですから。もしも~し? そこんとこ、判ってますかぁ?」
「そ、そりゃそうだけど・・・」
おどけるレーテーにも拘わらず、玲は沈んだままだ。俯く玲の横顔をこれ以上見ていたら、自分もどうにかなってしまいそうだと思ったレーテーは、いきなり玲の肩に腕を回して抱き寄せた。
「玲・・・ ありがとうね。あなたと過ごした時間、凄く楽しかったよ」
突然のことに一瞬だけ身を固くした玲であったが、直ぐに身体の力を抜きレーテーの抱擁に身を任せた。そして鼻声で言う。
「うん・・・ レー姐さんもありがとうね。これからも・・・ 逢えなくなっても、ずっと大好きだよ」
玲の言葉に、レーテーの顔が泣出す直前の子供の様に歪んだ。
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