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Do you hear the people sing?
Singing a song of angry men?
It is the music of people
Who will not be slaves again!
もう暗くなった道を照らす街灯に、メゾソプラノのパート練習を終えた二人の影が揺れていた。これから冬に向かう季節、陽はどんどん短くなってゆく。
玲は歩きながら今練習中の歌を口ずさむ。東高と東女高のオーケストラ部&合唱部、合同発表会の演目の一つ、レ・ミゼラブルの代表曲『民衆の歌』の一節だ。毎年この季節になると、ヴェートーベンの第九をメインに据えたコンサートを開催するのが両校の伝統であり、今年はその記念すべき第四十回目に当たる。
When the beating of your heart
Echos the beating of the drums
There is a life about to start
When tomorrow comes!
革命に身を投じ、フランス国旗を振る民衆の一人の如くショルダーバッグをブンブンと振り回しながら ──本人は、映画の中でアンジョルラスだかマリウスにでもなったつもりらしい── 勇ましく歌う玲にレーテーが言う。
「素敵な歌ね」
「でしょ? 第九はドイツ語で何言ってるんだか判んないんだけど、これは英語だから、私にもなんとなく意味が解かるんだ。でも、元歌はフランス語なのかしら?」
「うふふふ。歌にとって大切なのは、何語かじゃなくて何を語っているかだものね。第九の方もちゃんと理解しておきなさい」
「あぁ~、春香先輩みたいなこと言ってるぅ。もぉ~」
クスクスと笑いながら、今度はレーテーが歌い始めた。
Will you join in our crusade?
Who will be strong and stand with me?
Byond the barricade
Is there a world you long to see?
いつの間にか歌をモノにしているレーテー見て、玲が目を丸くする。
Then join in the fight
That will give you the right to be free!
そして彼女の歌に玲も加わり、二人の声が重なった。
Do you hear the people sing?
Singing a song of angry men?
It is the music of people
Who will not be slaves again!
二人はミュージカル俳優にでもなったかのように、お互いに向き合いながら『民衆の歌』を高らかに歌い上げる。
When the beating of your heart
Echos the beating of the drums
There is a life about to start
When tomorrow comes!
クライマックスを迎えた二人が、その余韻に浸りながら見つめ合っていると、近所の家の窓がガラガラッと開く音が聞こえた。そして続いて聞こえてきたのは、何処かのオヤジの怒り心頭の怒号だ。
「コラーーーーッ! 誰だ歌ってんのはっ!? うるせぇぞ、馬鹿!」
二人の近所迷惑な盛り上がりに堪忍袋の緒を切らしたオヤジが、窓から身体を乗り出して拳を振り上げる。それを見た玲は首をすくめると、レーテーの手を掴んで走り出した。
「やべっ! 逃げよっ!」
「あっ、ちょっと・・・ 玲ってば・・・」
走って逃げているうちにだんだん可笑しくなって、二人はクスクスと笑い出し、終いにはゲラゲラと笑い出した。走って息が上がって、それでも可笑しくて呼吸が出来ない。二人してヒーヒー言いながら走っているのが更に笑いを呼び、遂に二人は逃げ込んだ児童公園の芝生の上に雪崩れ込んだ。
「わははははは・・・ ひぃ・・・ もう・・・ あははは、勘弁して・・・ はぁ」
大の字になった玲は、まだ笑っている。その横に座るレーテーも、酸欠でクラクラしているようだ。
「あははは、もう・・・ はぁ、はぁ・・・ 玲ったら・・・ はぁ」
そして玲に倣って、レーテーも大の字で寝そべった。冷たい芝生が、走って火照った身体に心地良い。そして二人は再び顔を見合わせ、また吹き出すように笑いだす。
「あははははは」
「クスクス・・・ あははは」
「あの禿げオヤジ、めっちゃ怖かったぁ」
「もう、やめてってば。息ができないでしょ」
二人して寝そべって、笑いながら星を見上げる。都会の薄汚れた空に瞬く星など数えるほどしか見えないが、玲はそれを数えながら、レーテーの住む神界に想いを馳せるのだった。
「ねぇ、レー姐さん?」玲が急に改まった口調になって言う。
レーテーが黙って横を見ると、玲は両腕を頭の後ろに組んで空を見上げていた。そして、そのままの姿勢で続けた。
「もうそろそろ言ってくれても良いんじゃない? 何しに来たのかを」
その言葉に誘われるように、レーテーは片肘を付いて身体を起こす。
「まさか春香先輩の記憶を戻しに来たわけじゃないんでしょ?」
そして、二人の視線が重なった。
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