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「どうでしたか、記憶を取り戻した気分は?」
さめざめと泣く未来の頬には幾筋もの涙の跡が残り、更に続けて新たな筋を作り出していた。いつの間にかシスターから受け取ったハンカチで目頭を押さえ、溢れ出る嗚咽に肩を揺らす。
「母が・・・ 母が私を殺したいほど恨んでいたとは知りませんでした。自分が母に嫌われていたなんて・・・ 今まで考えたことも有りませんでした・・・」
「お辛いでしょう。でも、肉親といえども人と人。そこには越えられない壁が有るものです」
未来は「うんうん」と頷きながら言葉を続ける。
「この記憶は・・・ 決して消えることは無いんですよね?」
「えぇ、あなたはこの記憶を生涯、背負っていかねばなりません」
「判りました」
その様子を控室の前で盗み聞きしていた玲は、思わずドアを開けそうになる。しかし何者かがその手を掴んで、それを阻止したのだった。玲が驚きの表情で振り返ると、そこにはレーテーがいた。
彼女は黙って首を振る。
「放して、レー姐さん! また夢の中の私が酷いことをしてる! あれじゃ花嫁さんが幸せになんてなれないよ!」
しかしレーテーがその手の力を抜くことは無かった。
「じゃぁ、あなたは彼女に何をしてあげるつもりなの? 母親に憎まれ、恨まれ、仔犬のように捨てられた彼女に、いったい何と言うの? 何を言えば彼女の心の傷が癒えるの?」
「そ、それは・・・」
口ごもる玲に、レーテーは毅然として言う。
「薄っぺらな正義感など捨て去りなさい。半端な同情心は相手を傷付けるだけよ。差し伸べた手を途中で引っ込めるくらいなら、最初から手なんて出さない方がまし」
「そ、そんな・・・」
「でも良かった」
洟を「グスン」と啜り上げながらそう言った未来に、シスターは目を瞬いた。
「???」
「母の気持を知ることが出来て」
未来はハンカチで目尻に溜まった涙を拭い取る。もう彼女は泣いてなどいなかった。
「今までボンヤリとした影でしかなかった母が、実体の有る女性として私の前に姿を現してくれたのですから。未来という名前とこの身体しか持っていなかった私に、初めて母が出来たんですもの。
彼女が悩み、苦しみ、憎んだ末に絞り出した言葉を、私はこの胸に刻むことが出来ました。だから私はこの記憶を一生の宝物として、大切に仕舞い込んで生きてゆきます」
シスターは優し気に微笑んだ。
「そうですか。それは良かった」
「有難うございました」
未来は深々と頭を下げた。
未来の切な過ぎる子供心に胸が張り裂けそうな玲は、思わずしゃがみ込んで涙を流した。両手に顔を埋め、声を押し殺して泣いた。それ以外に、玲が未来にしてあげられることなど無いのだから。
その姿をレーテーは物悲し気な表情で見詰めていた。
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