第七話:お人形
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給湯室から賑やかな声が聞こえた。そこは八重洲にあるグッディ化粧品本社ビルの六階、購買部門の入るフロアの奥まった一角にある、OLたちの憩いの場だ。コーヒーカップを手にした彼女たちが、いつ果てるとも知れぬお喋りに明け暮れる聖域である。
彼女たちが盛り上がっている場に、間の悪い男性社員がお茶汲みにでも来ようものなら、一転して押し黙る彼女たちの背筋も凍るような無言の圧力に耐え切れず、
「でさぁ、人事の今田の奴。自分がイケてると勘違いしてんのよ。『それは君にとっても大切なことなんだよ』だって。ハッキリ言って『はぁ?』でしょ?」
そのフロアの女子社員の中で、ある意味中心的な存在であるあゆみの話に明日香が喰い付いた。彼女は人事部が占める上のフロアから事ある度に降りて来ては、同期入社のあゆみと駄弁るのを日課としている。
「ぎゃははははーーっ! 何それ!? キモッ!」
そこに一年先輩の舞も加わり、顔をしかめて後輩たちの話題を盛り上げる。
「バッカじゃないの、そいつ? あの、いっつも斜に構えて喋る、勘違いしたチビでしょ? うわっ、最悪じゃん」
「そっ。しかも、何だか私がアイツに好意的な人みたいな、妙な空気になっちゃってさ。もう、マジ勘弁してって感じ」
このいつもの三人が、グッディ化粧品本社ビル六階の給湯室の
そして三人は突如として顔を寄せ合い、ヒソヒソとした会話を始めた。今まで散々大声で話しておいて、今更何をという感じがしないでもないが、話の内容によってはヒソヒソ話の方が盛り上がるのだから仕方がない。
「でさ、アイツの愛読書、知ってる?」
ニタニタ顔のあゆみに、同じくニタニタ顔の明日香が応える。
「えっ、知らない。何何? 教えて」
「この前本屋でさ、アイツ、MEN'S FINEPLUS買ってやがんの!」
「えぇーーーーっ! マジ――ーーッ!?」
「ゲッ、ファイプラ!? あの顔で新宿系!? マジウケるんだけどぉ!」
ドッと盛り上がった声が給湯室を満たし、再び賑やかな声が溢れ出した。このように緩急を付けたと言うか、強弱に富んだ会話の波状攻撃が彼女たちの真骨頂だ。
「ってか、だれか言ってやってよ! それはお前が読んでいい本じゃないって!」
「ぎゃはははは!」
たまたま買い求めただけかもいれない雑誌を、勝手に愛読書にされてしまう今田という男性社員も哀れだが、日本中の会社の給湯室に蔓延るOLの茶飲み話など、どれもこれも似たようなクォリティだろう。彼女たちは、こういった無駄話をエネルギー源として生きている、ある種、珍しい生き物なのかもしれなかった。
とは言え、彼女たちが男性社員の陰口をゲラゲラと笑い飛ばしているうちは良いが、これが女性社員のネタになると、突如として陰湿な影が差してくるのは頂けない。この日も、三人のヒソヒソ話に気付かず、うっかり給湯室にて鉢合わせしてしまった知美は、突如として目の前に現れた先輩たちに驚き、目を逸らし、ビクビクしながら挨拶をした。
「あ、あの・・・ おはようございます・・・」
長身のあゆみは細めた目で知美を見下ろすと、鼻にかけるような不敵な笑顔を顔に張り付けた。
「あら。おはよう、新田さん」
あゆみの言葉に、知美はヘコヘコとお辞儀を繰り返す。ただしその目は、決してあゆみの目を見ないのだった。
横から舞も言う。
「あっ、私たち、もう終わったからどうぞ」
そう言って給湯室を譲ると、知美は舞に向かってもヘコヘコとお辞儀をするのだった。
そうして三人は給湯室を後にし、事務所に向かって歩きながら話を続ける。人事部所属の明日香だけは、知美と面識が無いらしい。
「今の娘、購買の新人? あまり見かけないんだけど・・・」
「あぁ、あんまり目立たない娘だからね、新田さんって」
そう応えたのは知美から見ると二年先輩の舞だ。舞とあゆみの所属する購買部、資材調達課に今春から新規採用された知美は、まだ慣れない仕事に悪戦苦闘中といった状態である。
「ふぅ~ん・・・ どんな感じの娘? 新田さんって?」
それに応えたのはあゆみだった。
「うぅ~~ん・・・ 別に悪い娘じゃないんだけどねぇ・・・ ううん、すっごく良い娘だよ、新田さん。すっごく良い娘。でもなんか・・・」
「暗いんだよね、彼女」あゆみの言葉を引き継ぐ舞。「新人の歓迎会でも、黙~って烏龍茶飲んでるだけだったしね。折角みんなで盛り上げてあげようってしてんのに、本人がアレじゃぁ『あぁ、そうですか』って雰囲気になるでしょ、普通」
「あぁ、そっち系? ひょっとして4大卒?」
「うん。噂によるとミスコンに選ばれるくらいだったらしいんだけど、詳しくは知らない。あんまり話してくれない感じだし。着る物とか化粧とか、まるで気に掛けないん娘なんだよ。ねぇ」
そう言ってあゆみは舞と顔を合わせ、大袈裟に頷き合うのだった。
「ふぅ~ん」
自分から聞いておきながら、明日香は興味も無さそうに相槌を打った。
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