エピローグ
*
「ただいまーーーっ!」
学校から戻った玲の、元気の良い声が玄関に響いた。すると家の奥から仔犬が飛び出してきて、彼女に飛びついた。その仔犬はこれでもかという位の勢いで尻尾を振り、玲の顔を嘗め回す。
「あははははは。くすぐったいよ、紋次郎。やめて、あははは」
玲はペロペロをやめない紋次郎を抱え上げると、リビングへと向かう廊下を進む。すると中から、何やら賑やかな声が聞こえた。「何の騒ぎだろう?」と玲がドアを開けると、そこにはソファに座ってテレビを観ている母がいた。
「あら、玲。お帰り」
それだけ言うと彼女は、再び録画したテレビドラマに集中するのだった。
どうやら賑やかな声の主は母ではないようだ。
だったら誰?
玲が視線を巡らすと、母の座るソファの後ろに、うつ伏せで倒れている女の人がいた。彼女は三匹の仔猫の総攻撃を受けて、「きゃーーーっ! 助けてーーーっ!」などと叫びながら、カーペットの上でのたうち回っているのだった。
仔猫たちは彼女の上に乗っかったり、或いは髪の毛を引っ張ったりしてやりたい放題だ。抱きかかえられていた紋次郎も、その乱暴狼藉に加わるべく玲の腕から飛び降りて、被害者女性の耳の辺りに取り付いてペロペロ攻撃を開始した。
「嫌ーーーっ! やめてーーーっ!」
玲は何となく妙な気持ちになって「えぇっとぉ・・・」と声を漏らす。すると女の人が顔を上げ、助けを請うような視線を玲に向けた。
「あっ、玲。お帰り」
玲はドギマギしながら応える。
「えっ。あ、あぁ、ただいま・・・ お、お姉ちゃん?」
何だか不思議な気がした。姉がいるのは当たり前なのに、そうじゃないような気もする。何だろう、この奇妙な感じは?
しかし姉は、玲のそんな気も知らずに、能天気に問いかける。
「私が居ない間に、仔犬は増えるわ、仔猫も増えるわ。しかも三匹も。いったい、どういうことよ、これ?」
「えっ、あ、うん・・・」
するとテレビを観ていた母が、玲の方を振り返りながら会話に加わった。丁度、ドラマがCMに入ったところらしい。
「あっ、玲には言ってなかったかしら。お姉ちゃんが今日から帰省だって。今、コロナだから、大学の方も早めに冬休みに入るんだって。いいわねぇ大学生は」
「そ、そうなんだ・・・」
「ちょっと
「はぁ~い」
美鈴が仕方なくといった風情で返事をすると、攻撃の手を休めていた仔猫三匹と紋次郎の波状攻撃が再開された。
「きゃーーーーーっ!」
玲は思った。そっか、お姉ちゃん、冬休みなんだ。今まで親元を離れて大学に行っていたお姉ちゃんが、久し振りに帰ってきたから、変な感じがしたのか。
それで安心した玲は、美鈴に言った。
「お姉ちゃん、その仔猫の名前考えてあげてよ。まだ名前付けてないんだ」
すると、それを聞いた美鈴が不思議そうな顔をした。
「何よ、玲ってば。私のこと『お姉ちゃん』なんて呼んだこと無いクセに」
「えっ? そ、そうだったっけ?」玲は狼狽える。
「そうだよ」
「あれ? 私、お姉ちゃんのこと、何て呼んでたんだっけ? あは、あは、あはは」
「嫌だ。一年顔見なかっただけで忘れちゃったの? 頭、大丈夫? あんた、私のこと『レー姐さん』って呼んでたんだよ」
それを聞いた玲は目を丸くし、そしてプッと吹き出した。
「何それ? 変な呼び方」
「酷いわね。私、これでもその呼び方、気に入ってるんだから」
完
忘却の湖 大谷寺 光 @H_Oyaji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます