「お疲れ様でしたーっ!」

 「おぅ! お疲れ!」

 翔平の声に、オーナーシェフである西村が厨房から応えた。ホールでテーブルを拭いていた知美も反応する。

 「あれ? 菅井くん、今日は早いのね? あっ、ひょっとして彼女とデート?」

 ニヤニヤする知美に、翔平は顔をしかめる。

 「んなわけ無いっすよ、知美さん。俺、彼女なんていないっすから」

 「どぉだか」知美は目を細めて疑いの眼差しを送った。

 自分の方が年上ということで、バイト先で知り合った一つ年下の翔平をイジるのが知美の日課になっていた。しかし彼女は、内心では自分が彼に惹かれ始めていることを感じていて、それを胡麻化すためにそんな風な態度を取っているのだった。


 「彼女なんていないっすよ」その言葉を聞きたくて、知美は毎度毎度、お決まりのやり取りを装って探りを入れている。そして翔平は今日も言ってくれた。「俺、彼女なんていないっすから」知美はほんの小さな幸せに、顔をほころばせた。


 「んじゃぁ、今日の早退分はバイト代からさっ引いておくから!」

 洗い物をしながら西村が言うと、ショルダーバッグを肩に掛け、店を出ようとしていた翔平が口を尖らせる。

 「えぇ~。少しくらい大目に見て下さいよ~」

 「当たり前だろ! お前らは時給で働いてるんだからさ」

 「知美さ~ん。あの鬼店長に言ってやって下さいよ。もっと若者を大切にしろって」

 「クスクス・・・ 知らないわよ。菅井くんが凹んだ分は、私が残業してチャッカリ稼がせて貰うから、安心してお帰りなさい」

 「何だよーっ! 大人なんて、みんな同じだ! 俺はお前らみたいな大人には、絶対ならないぞーーーっ! うぉーーーーっ!」

 そう叫びながら翔平は店を飛び出して行った。しかし立ち去り際に、店の前に出してあるサインボードを「よいしょ」と仕舞い込み、ついでにドアに掛かっている看板を「OPEN」から「CLOSED」にひっくり返すという、最後の仕事を忘れることはなかった。

 そして再び叫びながら去って行ったのだった。

 「うぉぉぉぉーーっ!」

 「がははははーーーっ! お疲れーーーっ!」

 「あははは」


 お馴染みのトリオ漫才が終わったところで、西村は厨房の後片付けを再開し、知美はテーブルの整理を再開した。通りに面した窓のブラインドを降ろし、テーブルに備え付けてある塩やコショウの残量をチェックする。残り少なくなっていた場合は、裏のパントリーに行って補給するのだ。

 ハッキリ言って、バイト面接の際に説明を受けた仕事内容は客にサーブするウェイトレスとしての業務のみで、こんな作業までは含まれてはいなかった。しかし知美は働き始めて半年になる、この個人経営の小さなイタリアンレストラン『Via Lazio』を気に入っており ──その理由の大部分は、同じ曜日にシフトに入っている翔平の存在であることは明白だ── 不平も言わず、自らかって出て雑務をこなしているのだ。この日も知美は、ミルの中のホールペッパーや岩塩の残り少なくなったものを幾つかピックアップし、パントリーへと入って行った。


 パントリーはスタッフの休憩室も兼ねていて、食料品のストック以外に、折り畳みの椅子とテーブルが備え付けてある。テーブルの上には読みかけの雑誌やマンガや新聞などが無造作に散乱しており、その辺をついでに片付けるのも知美が自分に課している仕事の一つだ。

 雑誌類を集め、それをトントンとテーブルの上で揃えている時だ。知美は背後に人の気配を感じて振り返った。

 そこにいたのは店長の西村だった。彼を見た瞬間、知美は違和感を感じた。そして直ぐに、その違和感が何処から来るのかを知美は知った。


 近い。


 あまりにも近くに立つ西村に知美が狼狽える。

 「えっ? あ、あの・・・ 店長?」

 次の瞬間、西村が知美に抱き付いた。そして彼女のうなじに顔を埋め、その首筋に唇を押し付けたのだ。

 驚いた知美は西村の肩を押し、なんとかして逃れようとする。しかし彼女の非力な抵抗では、男の力で抱きすくめられた自身の身体を自由にすることは出来なかった。

 「店長! 冗談はやめて下さいっ! 店長!」

 西村は左腕で知美の身体をガッチリと抱き寄せ、右手で彼女の黒いタイトスカートをたくし上げる。そして露となった下着に手を掛けると、瞬く間に太腿の辺りにまで降ろしてしまった。

 「嫌っ! やめてっ! 嫌ーーーっ!」

 知美は悲鳴を上げながら拳で西村を打つ。しかしそれは無駄な足掻きでしかなかった。


 遂に知美を床に押し倒した西村は彼女の上に覆い被さり、白い薄手のブラウスの前を引き千切る。色味が外に響かないように、白系で揃えられた知美のブラジャーは、西村の武骨な手によって乱暴に上にずり上げられ、彼女の形の良い両の乳房が剥き出しとなった。

 そして西村が知美の両腕を抑え込み、その胸元に唇を這わせ始めても、彼女の抵抗が止むことは無かった。

 「嫌っ・・・ 嫌っ・・・ 嫌っ・・・」

 だが彼女の抵抗の声は、今は無人の店内に虚しく響くだけ。誰も助けに来てくれなどしないのだ。知美にとっては絶望的な状況だった。

 そして彼女が諦めかけた時、パントリーの入り口に人影を認めたのだった。


 「!!!! 菅井くん! 助けてっ! 菅井くん!」

 翔平はスマホを握りしめながら、ゆっくりと入って来た。そしてこう言った。

 「店長~。まだ終わってなかったんすかぁ?」

 「・・・・・・」知美は目を見開いて固まった。

 折り畳みいすを自分の方に持って来ると、翔平は背もたれを脚で挟み込むような姿勢でドッカと座った。そして手にしていたスマホで、知美と西村の重なりを撮影し始めたのだった。

 「翔平、ちょっと手ぇ貸せよ。この女、しぶとくてさ。なかなか諦めねぇんだよ」

 「えぇ~。それ、バイト代に入ってないっすよぉ?」

 「判ったよ! ちょっと色付けるから手伝えって!」

 「言いましたね? 約束ですよ?」

 翔平はテーブルの上にスマホを立て、動画撮影モードに切り替えてから席を立った。そして床で重なる二人の横までやって来ると、残忍そうな笑みをその顔に張り付けた。

 「お前、後ろに回って、コイツの手足を決めろ! 大股広げさせるんだ!」

 「はいはい判りましたよ。こうすりゃいいんですか?」

 そう言いながら知美の身体を起こし、その背後に回った翔平は、彼女の両脚を録画中のスマホに向かって乱暴に広げてみせた。

 「ご開帳!」

 「あっはっは、こいつはケッサクだ! 見ろよコイツのオマンコ。顔に似合わず、結構毛深いのな。でも、このヒダヒダなんかいい色してんじゃねぇか」

 「はははは。ミス慶智のM字開脚。こりゃ高く売れるかな? 一流大学のお嬢様がお高くとまりやがって。俺みたいな底辺の人間を見下してんだろ。ったく胸糞悪ぃぜ」

 「お前みたいな三流大学の男にゃぁ、一生手が届かない上玉だぞ。まず俺が先に味見するから、お前は店の方で待ってろ」

 翔平は敬礼のポーズを取りながら、軽率そうに言った。

 「うぃ~す。あっ、録画回したままでもいいっすかね?」

 「好きにしろっ!」


 翔平が姿を現した時点で、もう知美には抵抗する力も、悲鳴を上げる気力も残ってはいなかった。まるで彼らのお人形のように、好きなことを好きなだけさせてやるだけだ。

 涙すら出ない。そう、お人形は泣いたりしないものなのだから。お人形には心なんて無いのだから。彼女の心は、もう完全に壊れていた。

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