「お爺ちゃんっ! 洗濯物は別にしてって、いつも言ってるでしょっ! なんでそんな簡単なことが出来ないのよっ!?」

 洗濯機から取り出したばかりの濡れ物の入ったランドリーバスケットを抱えながら、リビングに入って来るなり郁恵が清に食って掛かった。

 「お爺ちゃん用の籠を置いておくから、脱いだものはそこに入れてって言ってるじゃない! 何度言えば判るのっ!?」

 その会話を聞いていた由香が、ソファにうつ伏せになったまま上げた顔をしかめる。

 「げっ。私の下着、お爺ちゃんのといっしょに洗ったの? マジ、最悪・・・」

 しかし郁恵の怒りの矛先は、由香にも及ぶ。

 「あんたは自分のものは自分で洗いなさい! 私に押し付けるからこんなことになるのっ!」

 「ひぇ~。流れ弾がこっちまで飛んできた~」

 由香は首をすくめてみせたが、悪びれる様子は微塵も無い。耳に嵌めたイヤホンのボリュームを上げて母親の小言をシャットアウトしたかと思うと、直ぐにスマホの操作を再開した。

 郁恵は清に向き直って、更に言葉を続ける。怒りが収まることは無いようだ。

 「それが出来ないんだったら、自分のものは自分で洗って! 私たちの籠は、もう使わないで!」

 テレビで野球中継を見ていた勇一が、その会話を聞いてさすがに割って入る。

 「そこまで言わなくてもいいだろ、郁恵。親父おやじは呆けが始まってるんだからしょうがないじゃな・・・」

 勇一の言葉が終わるのを待たずして、郁恵がキッとした視線を向けた。

 「全部私に押し付けてるくせに、自分だけいい恰好しないで!」

 また郁恵の乱れ撃ちだ。いつものやつだ。流れ弾を避けるため、勇一も亀のように首をすくめる。

 「だいたい、私は信じてませんからねっ! アルツハイマーなんて嘘よ! 呆けた振りしてるだけなんだわ! ご飯だって毎日馬鹿みたいにガバガバ食べるし、食費だって馬鹿にならないんだからっ! あなたの安い給料で苦労してやりくりして、この上更にお爺ちゃんの面倒まで看ている私の身にもなって!」

 ここまでくると流れ弾とか誤爆というレベルではない。郁恵の無差別攻撃が始まって、勇一と由香は顔を見合わせ『これ以上、ママを刺激するのはやめておこう』という、水面下の協定を結んだのであった。

 「だいたい、お爺ちゃん! 物置に変なもの入れとくのはやめてって言ってるでしょ! 自分の部屋が有るんだから、そこに置いてよ! あんなガラクタ取っておいたってしょうがないじゃない! それから玄関に・・・


 嫁の話は続いていたが、清は黙って席を立った。とても聞くに堪えないからだ。


 ・・・あっ、ほら。聞いてない」郁恵はあきれ顔だ。「都合が悪くなると、あぁやって直ぐに逃げ出すんだから。あなたとそっくり!」

 そう言って郁恵が夫を睨み付けると、勇一は口をへの字に曲げて困り顔だ。だいたい、親子が似ているのは当たり前なのだから、それに対してどうしろと言うのだ? と言いたいところだが、勇一にそんな勇気が有るはずもなし。

 「いったい、どういうつもりなのよ? アレの何処が呆けてるって言うの? あなたからも言ってやってよ」

 郁恵が開いている方の手で勇一の肩をペシリと打つと、彼はビックリしたように椅子から飛び上がった。

 「よぉーーーし、よしよし! ゲッツーだ! あと一人でマジック点灯だぞぉ!」

 その夫の反応を見て、郁恵は口を開けて固まった。

 勇一はプロ野球の終盤戦に夢中らしい。視線を巡らせて由香を見てみれば、彼女は両脚をパタパタさせながらソファでリラックス中。肝心の清も、何も言わずに出て行ってしまった。郁恵だけが一人、リビングで仁王立ちしたまま、腹に据えかねる怒りに身を任せている。

 馬鹿々々しい。そう思った郁恵は一つ溜息を吐くと、手にしたランドリーバスケットを抱え直し、物干し竿の有る表へと、お勝手を開けて出て行った。

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