第36話 みなぎる魔力
「なにかしら?」
アセリアの言葉にユーナは首を傾げた。
「せ、聖女さまをお助けできる方法が一つあるんだけど……」
アセリアがみんなにそう告げる。彼女たちは少し驚いたように目を見開いた。そして、ユーナが代表してアセリアに声をかける。
「え? ど、どういうことかしら……」
だが、ユーナに尋ねられて、アセリアは躊躇してしまう。
「え? あ、いや……なんでもない……」
もちろん絵巻物の力はアセリア自身、身をもって知っている。もしかしたらアセリア以外の女の子だって自分のように魔力を覚醒させられるかもしれない。
だけど……その方法を口にするのは憚られた。
もちろん理由は絵巻物の内容だ。
こんなものをみんなに見せてしまっていいのだろうか。
あの変態の描いたものを、こんなにも穢れのない心を持つ仲間たちに見せてしまって、本当に良いのだろうか。
こんな状況なのに、アセリアは躊躇してしまう。
口を閉ざすアセリアにティキが少し苛立つように口を開いた。
「ちょっと勿体ぶらないでよ。本当にそんな方法があるの? だったら私たちに教えて欲しいわ」
「そ、そうなんだけど……」
と、委縮するアセリアにユーナが「アセリア? それは本当なの?」と優しく問いかける。
「う、うん……だけど……」
「だけど?」
「こんなこと言ってもみんな信じてくれないし、みんな私のこと軽蔑すると思うから……」
正直なところ、アセリアだってこんなときに、あんな卑猥で汚らわしい絵巻物が力になるなんて言われたって信じられないと思う。
だから、正直になれない。
そんなアセリアをユーナは再び優しく抱きしめた。
「そ、そんなことないわよ。聖女さまをお助けする方法をどうして私たちが軽蔑するのかしら? 私たちはアセリアのことを信頼しているわ」
本当にユーナは母親のように優しい。アセリアは心からそう思った。そして、そんな彼女にならば本当のことを打ち明けてもいいと思った。
「そ、そうだよ……ね?」
と、アセリアは懐から例の絵巻物を取り出した。そして、恐る恐るユーナに絵巻物を差し出す。そんな彼女にユーナは首を傾げた。
「こ、これは……なにかしら?」
「それは言えない……」
さすがにその内容を口にすることはできなかった。
「い、言えない? どういうこと?」
「見ればわかるから……」
そんなアセリアの言葉にユーナは相変わらず不思議そうに首を傾げながらも、絵巻物を受け取ってそれを開いた。
そして、絵巻物を見た瞬間、ユーナの頬がまた朱色に染まった。
「はわわっ……。アセリアっ!? これはどういうことかしら」
当然の反応だとアセリアは思った。だけど、見せてしまった以上、最後まで読ませなければならないのだ。彼女はユーナに近づくと真剣な瞳で彼女を見上げる。
「あのね……これを読めば魔力がみなぎってくるの。これのおかげで私はこの間の試験だって上手くできたし、きっとみんなだって私なんかよりも強くなれるよ」
「アセリアあなた……。こんなことが聖堂の人間にバレたらただじゃすまないわよ……」
そりゃそうだ。こんなことがそれも聖女見習いが読んでいたなんてことがバレてしまってはただでは済まない。だからこそユーナですら動揺する。
「わかってる。わかってるから言い出せなかったのっ!!」
「そ、それにこんな汚らわしい物でどうして聖女さまのお力に――」
「ユーナっ!! ユーナは私を信じてくれるって言ったよね?」
だからそんなユーナの言葉を遮ってでもアセリアはごり押しする。もしもこれを読んで何も怒らなかったとしても、その時はその責を自分が背負う。
「確かに言ったわ……だけど……」
「ねえユーナ、時間がないのっ!! 私たちにはダメだとわかっていてもこれの力を借りなきゃ聖女さまのお力になれないっ!!」
アセリアは必死にユーナに訴えた。そして、ユーナにはそんなアセリアの必死さは伝わったようで彼女は少し動揺しながらも「…………」と真剣に考える。
「ねえユーナ。それはなんなの? 私たちにも見せてよっ!!」
と、ティキがユーナにせがんだ。そんな彼女にユーナは「こ、これはその……」と頬を真っ赤にしたまま動揺したように目をきょろきょろさせる。
「ユーナ。読めばわかるよ。私の言葉を信じてっ!!」
と、もう一押しする。すると、ユーナはそこで一つ深呼吸をしてアセリアを見やる。
「わ、わかったわ……。心の準備が必要よ。ちょっと待ってて……」
ユーナは豊満な自分の胸を一度手の平で撫でると、再び絵巻物に瞳を落とした。
「はわわっ……」
が、すぐに彼女は頬を燃えそうなほどに真っ赤にさせながら目をぐるぐると回す。
もちろん彼女がこんな如何わしい物を読むのは初めてだろう。何せこの王国でこの手の書物は固く禁じられているのだから。
だけど今だけは読んでもらわなければならないのだ。
「目を逸らさないでっ!!」
と、強い口調でアセリアが言うと、彼女はコクリと頷く。
「わ、わかってるわ……」
緊張の面持ちで彼女は絵巻物を読み進めていく。
そして読み進めるにつれてユーナの手は震えはじめ、身を捩り始める。
「んんっ……。な、なにこれ……どうして聖女さまがこんな目に……」
と、その赤裸々に描かれた聖女さまの醜態にユーナは今にも泣き出しそうな、それでいて興奮したような表情で人差し指で唇をなぞった。
「やだ、これ……す、すごい……」
ユーナは何度も体をビクつかせると、一度アセリアを見やった。
「アセリア……なんだか体が熱くなるのを感じるわ……。こ、こんな感覚は初めてなの……」
「ユーナ堪えてっ!! きっとそれは魔力が回復してる証拠なの。それも今まで感じたことのないような強い魔力よ」
ユーナはどんどん絵巻物を読み進めていく。そして、ついには耐え切れなくなったようにぎゅっと瞳を閉じて苦しそうな胸を押さえる。
「あ、熱い……んんっ!!」
自分が読んでいるわけではないのに、アセリアにはユーナの体に魔力がみなぎっていくのを感じた。きっと彼女はその体験したことの内容な熱い熱い魔力に苦しんでいるのだ。
だけど、これを耐えなければ強く離れない。
「せ、聖女さまがこんなことに……んんっ……やだ、私、尊敬する聖女さまがこんなことになっているのに、目が離せない……」
と、その時だった。周りでユーナの様子を窺っていた聖女見習いたちがユーナのもとへと駆け寄る。
「ちょっとユーナっ!! 独り占めしないで、私たちにも見せてよ。それを見ればそんなにすごいことになるの?」
そんなティキたちの言葉に彼女は思わず絵巻物を胸に伏せて隠した。
「そ、それはその……」
そりゃそうだ。確かにこれを読めば聖女たちは魔力を蓄えることができるだろう。だけど、それと同時に感じたことの内容な羞恥に襲われるのだ。
だからユーナは躊躇っているのだろう。
だがアセリアとユーナだけが読んでも意味がないのだ。聖女さまを助けるためには二人だけでは足りない。見習い全員の力を合わせなくてはならない。
もちろんそのことはユーナも理解しているはずだ。
「ユーナ、みんなにも見せてあげて」
アセリアが促すと、彼女は一度深呼吸をして頷いた。そして、絵巻物を群がる聖女見習いへと向けた。
彼女たちは絵巻物を見て、すぐには何が描かれているのかわからなかった。
が、
「はわわっ……」
一人……。
「な、なにこれ……」
また一人……。
「やだ……聖女さまがどうしてこんな……」
さらには一人と、続々とそこに描かれたものの意味を理解して、頬を朱色に染めていく。中には赤面して両手で顔を覆う者までいた。
それでもアセリアは彼女たちに訴える。
「みんな信じて。これを読めばみんなもきっと魔力が回復するわ」
「アセリアの言う通りよ。見たくない気持ちはわかるけど、聖女さまのためだと思って我慢してほしい」
聖女見習いを纏めるユーナにそこまで言われてしまっては彼女たちも、拒むわけにはいかない。彼女たちは怯えながらも再び絵巻物をへと視線を戻し、ユーナはくるくると巻物を巻いてページを進めていく。
そして、彼女たちは自分の体に魔力が注ぎ込まれていくことに気がつき始めた。
「や、やだ……すごい……」
「せ、聖女さまがこんなことに……」
「わ、私たちもオークに捕まったらこんなことをされるのかしら……」
と、みんな胸を押さえながらみなぎる魔力に苦しんでいた。だが、これがこの王国を救うことになるのだ。そう信じてアセリアは苦しむ彼女たちを見守った。
※ ※ ※
それからしばらくして、彼女たちは聖女の戦うバルコニーへと戻ってきた。そんな彼女を見て見習いたちは慌てて彼女へと駆け寄る。
やはり聖女はやせ我慢をして自分たちを休ませてくれたのだ。彼女の額には汗が浮かび、苦しそうに歯を食いしばっていた。
「「「「「聖女さま、戻りましたっ!!」」」」」
と、アセリアたちは聖女に声を掛けると、苦しそうな顔をしていた聖女さまは無理に笑顔を彼女たちへと向ける。
「んんっ……す、少しは英気を養えましたか?」
そんな彼女にユーナは訴える。
「はい、私たちはもう大丈夫です。ですから、聖女さまも少し休んでください。五分ほどであれば私たちでもなんとかしのげます」
だが、そんなユーナに聖女は首を横に振る。
「だ、ダメです。言葉は悪いですが、あなたがただけで、この数を相手するのは無理です。それに魔力だってまだ回復には程遠いはず」
「問題ありません。魔力なら完全に回復しました。ですから、どうかお休みください」
と、やけに自身に満ちたユーナの言葉に聖女は不思議そうに首を傾げた、
「な、なにかあったのですか?」
そして、そんな聖女の質問にユーナたちは顔を背けた。
当然だ。確かに彼女たちは今、魔力がみなぎっている。だけど、その理由を口にすることは尊敬する聖女さまに対する裏切りになるのだ。
「「「「「…………」」」」」
バツの悪そうな顔を一斉に浮かべて何も答えない見習いたちに、聖女は「ど、どうして無視するのですかっ!?」慌てた様子だ。
ここは自分が説明しなければならない。
そう思ったアセリアが聖女へと歩み寄る。
「聖女さま」
「な、なんですか?」
「全てはリュータ・ローのおかげです」
アセリアはきっとその説明だけで充分だと思った。そして、聖女もその一言で全てを理解したようで、驚愕の表情を浮かべる。
「まさか、あなたたちっ!?」
だが、これしかなかったのだ。アセリアは聖女に訴える。
「とにかく、ここは私たちに任せてください。必ずや防いで見せます」
「…………」
そんなアセリアの言葉に聖女はしばらく悩むように黙り込んでいた。
当然である。あくまで彼女たちは聖女見習いなのだ。そして軍勢は数万人。いくら短時間であっても彼女たちに任せるには勇気がいる。
「聖女さま」
だが、アセリアもまた本気なのだ。いくら聖女とはいえ、休まなければ限界がくる。そして、限界が来てしまっては全てが終わってしまう。
「わかりました。では少しだけ……。すぐに戻ってまいります」
結局、聖女は自分たちのことを信用してくれたようだ。
その直後、ユーナは呪文を唱えると聖女同様に両手を前に広げてシールドを展開する。そして、アセリアたち他の聖女見習いは合唱で気持ちをユーナへと集中させる。
そして、ユーナの作ったシールドはザクテン軍の砲撃を弾き飛ばした。
「す、凄いわ……」
と、ユーナは思わずつぶやいた。どうやら彼女はようやくあの絵巻物の効力を自覚したようだった。
アセリアは歌いながら願う。
神様、どうか我々を勝利へとお導きください……。
と、その時だった。
「リーネさまっ!!」
と、バルコニーに男の声が響いた。アセリアは合唱を続けながらも思わず、その声の主を振り返らずにはいられなかった。
この声は……。
「リュータさまっ!?」
アセリアよりも先に聖女がその男の名を呼んだ。男は走って来たのだろうか荒れた息で聖女を見上げるとこう言った。
「リーネさま、この戦争に勝つために参りました」
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