第10話 聖女見習い
かくしてティアラは俺のアシスタントとなった。一件落着のあと彼女はミリアだけを聖堂に預けると自分はスラム街へと帰っていった。
なんでも、まだやりかけの仕事が残っているようで、それが終わり次第アシスタントとして働いてくれるらしい。
「リュータさんと一緒に素敵な絵画をたくさん描きたいですわ。二人で一緒に多くの人を感動させられるような作品を作りましょう」
と、帰り際、ティアラは目をキラキラさせながら俺に熱意を語る。
俺はそんな彼女のまっすぐな目から目を逸らした。
あーなんかもう後戻りできないわ……。
というわけでティアラと別れた俺はエロ漫画の続きを描くべく自室へと戻ったのだが……。
「え、えぇ……」
自室へと戻ってくると、俺のベッドの上で銀髪碧眼の美少女が正座していることに気がついた。
いや、誰……。
見たことのない女の子だった。年齢は中学生ぐらいにも見えるし高校生ぐらいにも見える。
彼女はミニスカートの白い祭服を身につけており、足は冷えるのが嫌なのか黒いストッキングを履いていた。
肩よりも少し高い位置で切り揃えられた銀髪で西日を反射させながら、彼女は俺を睨んでいた。
「あ、どーもっす……」
とりあえず挨拶をしてみる。すると彼女は頬を少し赤らめると俺から顔を背けた。
どうやら意外とシャイガールのようだ。
「あの……ここ俺の部屋なんですが、部屋間違えてないっすか……」
と至極真っ当な質問をしてみるが、彼女は何も答えないまま俺から顔を背けている。
いや、どういう空気だよこれ……。
謎の空気に俺が何を発すればいいのか頭を悩ませると、彼女は再び俺へと顔を向けてやっぱり何故か俺を睨んで口を開いた。
「さ、最低……」
俺は美少女からの『さ、最低……』を手に入れた。
って、喜んでる場合じゃねえ。いや、なんで俺は勝手に部屋に上がり込んできた美少女から最低と言われなきゃならんっ‼︎
「おい、初対面の相手にそれはないんじゃねえのか?」
おそらく彼女よりも年上であるはずの俺は、年上としての威厳を保つために抗議をしておく。
が、
「へ、変態……」
「は?」
「虫以下の存在っ‼︎」
と、美少女からご褒美のように罵声を浴びせられる俺。
いやいきなり現れてなんなんだよこいつ……。
と、口汚い彼女に困惑していた俺だったが、ふと気がつく。
なんか部屋が妙に片付いてねえか?
そうだ。俺は昨日、明け方近くまでエロ漫画の執筆に費やしたのだ。その後、仮眠を取って、起きてすぐ特設市に出かけたため部屋はめちゃくちゃだったはず。
それなのに机の上の原稿は綺麗に整理されているし、飲みかけだったコーヒーカップも片付けられている。
もしかして……。
「もしかしてお前が片付けてくれたのか?」
そう尋ねるとそれまで俺を睨みつけていた銀髪美少女は、またシャイガールを発揮して、俺から顔を背ける。
「不本意だけど仕事だからやったの。それが私の与えられた仕事だから。不本意だけど……」
と、不本意を前面に押し出して彼女は肯定する。そこで俺はようやく彼女が何者かを理解した。
「もしかしてお前パート2……じゃなくて大司教さまがよこした聖女見習いか?」
そうだよ。そういやパート2が言ってたわ。何か困ったことがあったら聖女見習いになんでも命じろって。どうやら彼女がそれらしい。
「アセリア」
と、彼女がつぶやく。
「アセ……ロラ?」
「アセリアっ‼︎ あと聖女見習いじゃない。一応次期聖女だし……」
どうやら彼女は聖女見習いと呼ばれるのは嫌らしい。俺にはその違いはわからないが、とにかくその細かい違いは彼女にとっては大きな違いのようだ。
「あと私はあの変態大司教がよこしたんじゃなくて、リーネさまから命じられてきたの。その辺勘違いしないで」
「変態大司教?」
なんだよそのパワーワードすぎる二つ名は……。
「だってあいつ、どさくさに紛れてすぐに私の足やお尻を触ってくるし……」
なるほど、この大聖堂にはどこまでも変態しかいないようだ。
と、エロマニエ大司教の意外な一面も知りつつ、彼女が何者かもわかった。
俺はとりあえず彼女に自己紹介をしようと彼女へと歩み寄ろうとした。
が、
「来るな変態っ‼︎ それ以上私に近づかないでっ‼︎」
と明確に拒絶される。
「いや、なんで……」
と、一方的に俺を変態呼ばわりするアセロラちゃん。まあ年頃の女の子っぽいし、異性が怖くなる気持ちはわからないでもないが、流石に彼女は失礼だ。
ここは懲らしめてやらんとな。
「おい、お前は聖女さまに命じられてここに来たんだろ? それなのにその物言いはあんまりじゃないのか?」
わざと強めの口調でそう言ってみる。
そんな俺にアセロラちゃんは「こ、こないで変態っ‼︎」と一部大きなお友達に需要がありそうな言葉で俺を罵倒する。そして、何故か怯えた目で胸を隠すように抑えると、俺から距離を取った。
そんな彼女を見て俺はふとピンとくる。
そういやこの子、俺の部屋を掃除してくれたんだよな……。
ってことは机の上に散乱していた例のエロ漫画の存在にも気づいているってことか?
「もしかして……見たのか?」
そう尋ねると彼女は「見た?」と首を傾げたがすぐに俺の言わんとすることを理解したようで「はわわっ……」と恥ずかしそうに俺から顔を背けた。
どうやら見たようだ。
なるほど、どおりで俺を変態扱いするわけだ。
「神聖なるリーネさまをあのように侮辱するなんて許せない……」
そりゃそうだよな……。
詳しくは知らないけど彼女は聖女見習いだか次期聖女かなのだ。彼女は間違いなく敬虔な国教徒なのだ。聖女リーネに対してだって普通の国民以上に尊敬し神格化しているに違いない。
そんな大聖女を俺はエロ漫画でオークに襲わせたり、敵国の奴隷にしたりしているのだ。
彼女が俺を嫌悪するのも頷ける。
が、彼女は立場上俺の付き人になった。流石にこのまま彼女から変態扱いを受け続けていては今後の作業にも支障が出る。
「お前は何か大きな勘違いをしているようだな」
だから早いところこの誤解……ではないけど誤解を解いておかなければならない。
「勘違い? こんな聖女さまをオークに襲わせたり、敵国で見せ物にされたり、王子様の性奴隷にされたりしてる絵を描いて何が勘違いなの?」
「なんか色々と詳しいんだな……」
「詳しくないっ‼︎ 片付けてたら見えちゃったのっ‼︎」
と不可抗力を主張するアセリア。
「まあ確かに俺が聖女さまを侮辱するような絵を描いているのは確かだ」
「じゃ、じゃあやっぱり変態じゃない。どうせ私にあの絵みたいなことをさせて、慰み者にするつもりでしょ……。だけど残念。そんなことされるぐらいなら舌噛んで死ぬから……」
あら、想像力豊かなこと……。
と、勝手にあんなことやこんなことを妄想して怯えるアセリア。
だかそのまま誤解させておくわけにもいかない。
「だけど、その絵を誰に命じられて描いているのか、お前は考えたのか?」
その言葉にアセリアは「そ、それは……」と口籠る。
「残念だが、それを命じたのは聖女さま自身だ。聖女さまはこの王国に蔓延る不健全な絵画を売り捌いている輩をとっ捕まえるために俺を招聘したんだ」
「ど、どういうことっ⁉︎」
と、そこで彼女は俺の言葉に食いついた。
「実は最近、聖女さまを侮辱するような絵が闇で高値で取引されているんだ。そのことに聖女さまも大司教さまも嘆いておられる」
まあ犯人は俺と聖女さまなんだけどね!
「そ、そうなの? だけど、それとあんたがこんな変態な絵を描くのとどう関係があるの?」
「決まってるだろ。おとりだよ。そのために絵の描ける俺が呼ばれたんだ。こいつを市場に流して、いったい誰がこんなけしからん絵を売り捌いているのかを炙り出すんだよ」
と、自分と聖女の罪を棚上げしてそれっぽい言い訳を並べてみた。が、彼女はさすがは聖女さまを志しているだけあって純粋なようだ。
「そ、そうだったの?」
と、俺の言葉を間に受けて動揺している。
「普通に考えてみろ。聖女さまが私利私欲のためにこんな変態な絵を俺に描けと命じるか?」
まあそのまさかなんだけど、こいつはまさか聖女さまの正体など知るはずもない。
「た、たしかにそうね……」
と、納得するように頷いた。
が、納得はできても俺への生理的嫌悪は拭えないようで彼女は頬を真っ赤にしたまま自分の中の葛藤と戦うように下唇を噛み締めていた。
「これは王国民の聖女さまへの敬いの気持ちを守るための大切な使命なんだ。そんな大切な使命だからこそ、お前を俺の付き人にしたんじゃないのか?」
「…………」
アセリアは口を噤んだ。が、不意に俺を見やる。
「わ、悪かったわ……。あなたを変態呼ばわりをしたことを許してちょうだい……」
そう言うと彼女はベッドから降りると俺の元へと歩み寄る。
「私はアセリア。次期聖女として聖女さまのもとで修行をしている身よ」
「誤解が解けたようで嬉しいよ。俺はリュータ・ローだ。聖女さまの名誉を守るために大聖堂にやってきた絵描きだ」
そう言って握手をしようと彼女に手を差し出した。そんな俺に彼女は少し恥ずかしそうに俺から顔を背けたが、恐る恐る俺の方へと手を伸ばす。
そして、俺と彼女の手が触れようとした……その時だった。
ガチャっと俺の部屋のドアがおもむろに開け放たれた。
慌てて振り返るとそこにはエロレンス筆頭変態修道士の姿があった。
そして、エロレンスの右手に聖女さまの祭服が掴まれている。
「おいリュータっ‼︎ 脱ぎたてを聖女さまからお預かりしてきたぞっ‼︎ 嗅がせてやるから、例の絵巻物を俺に読ませてくれっ‼︎」
おい……今じゃない……。
そして、エロレンスもすぐにアセリアの存在に気がついたようだ。エロレンスの顔からみるみる血の気が引いていくのがわかった。
そして、エロレンスはそっと身を引くとドアを閉めた。
おい、逃げるなっ‼︎
最悪なタイミングで現れ、最悪なタイミングでいなくなったエロレンス。
恐る恐るアセリアへと顔を向ける。するとアセリアは俯いていた。
「あ、アセリアさん?」
「い……低……」
「え?」
「さい……ていっ‼︎ この変態っ‼︎ 死ねっ‼︎」
アセリアの拳が俺の顔面にめり込んだ。
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