第6話 赤ずきん

 そして翌日、俺と聖女さまはボルボン城前の広場で催されている特設市へとやってきた。


 広場にはしっかりした屋台からただテーブルを置いただけの店、さらには床に敷物を敷いただけの簡素な店にいたるまで多くの店が珠玉混合で軒を連ねている。


ちょっとしたお祭り騒ぎだな。そして聖女さまも初めて見る特設市に心が躍っているようだ。


「リュータさま見てください。あのペンダントは手作りでしょうか? とても可愛いです」


 俺の隣を歩く聖女さまは屋台に並べられた手作りの装飾品を眺めながら目を輝かせている。


 可愛い。そりゃみんなが神の巫女と崇めるわけだ。俺だって彼女が変態でさえなきゃ、みんなみたいに崇めてただろうよ。


 ホント残念……。


 それはそうと……。


「ご、ごめんなさい……少し窮屈ですよね……」


 聖女は頬を真っ赤にすると俺を見上げた。その理由は俺と彼女の身体的距離にある。


「まあ、事情が事情だからしょうがないですよ」


 近い……とにかく近い。


 さっきから隣を歩く聖女さまはまるでカップルのように俺の体にぴったりと密着したまま歩いていた。


 そしてその理由は彼女にある。彼女はこの王国の大聖女である。当然ながらそんな彼女が特性市に参戦なんてしたらちょっとした大騒ぎである。


そのため彼女は人払いの魔法を使っているのだが、その有効範囲は必要最低限だ。


 彼女が本気を出してしまうと、この広場がもぬけの殻になってしまう。


 彼女は他の市民の邪魔にならない程度のごく限定的な範囲に人払いを張っている。そのため、俺と聖女さまはこうやって密着して歩くことになった。


 あんなエロ漫画読んでるのに、意外と男慣れはしてないんだな。とか考えつつも、俺は俺で聖女から漂ういい匂いに卒倒しそうになる。


 なんとか意識をたもちながら市場を歩いていると、不意に「ぐぅ~」という音が耳に入った。


 そして、聖女を見やると彼女は何やら恥ずかしそうにお腹を押さえていた。


「お腹空いたんですか?」


 と、尋ねると彼女は相変わらず恥ずかしそうにコクリと頷いた。どうやら高貴なお方となると空腹一つで恥ずかしいと思えるらしい。


 できるならエロ漫画を読んでることも恥ずかしいと思って欲しいところだけど。


 だが、彼女が空腹なのも無理もない。もう日は傾き始めているのに、俺たちはまだ朝飯を食ってから何も食っていないのだ。アシスタントに相応しい人材を探してはいるがその多くが漫画を描くには少々不向きな人ばかりだ。


「何か食べますか? って言ってもここに売ってるものがリーネさまのお口に合うとは思えませんが」


 と尋ねると彼女は少し驚いたように俺を見上げた。


「どうしてですか? 先ほどからいい匂いが漂ってくるじゃないですか」


「ですが、ここで売られているようなものは、あくまで一般庶民にとっての食事です。聖堂で出てくるようなご馳走とは――」


 と、言いかけたところで聖女さまはクスクスと笑った。


「リュータさまは私が産まれたときから聖女だったとお思いですか?」


「違うんですか?」


「違いますよ。私はあくまで聖女の資質を持って生まれた一般庶民の子どもです。私の両親は私が聖女になるまでは田舎で農夫をやっていましたよ」


 それは驚きだ。俺はてっきり生まれたときから聖女として育てられたものだと思っていたがそうではないらしい。


「聖女は全国各地の教会に通う子供たちから神父さまが相応しいと思った者を推薦して、そこからさらに大聖堂の司教たちによって選ばれるのです。ですから出自は関係ありません」


「へぇ……そうなんですね。それは意外でした」


「ですから、私は市民たちが食べるものは大好きですよ」


 俺は信仰心が薄いせいかその辺の事情はからっきしなのだ。だが、そうと決まれば気兼ねなく屋台飯が食える。俺は俄然テンションが上がってきた。



※ ※ ※



 とういうことで俺たちは屋台で飯を買うと近くの長椅子で遅い昼食を取ることにした。俺たちが買ったのは小麦粉の生地で肉と野菜を包んだケバブ? みたいな料理だった。


 うむ、美味いっ!!


 おもむろに大きな口でケバブもどきを頬張る俺と、その横にちょこんと座り、小さな口で頬張る聖女さま。まるで高級料理でも食べるように行儀よく飯を食う彼女を見ているとなんだか可笑しくなってくる。


「な、なにか私の作法に誤りでもあったでしょうか?」


 そんな俺を見上げ少し不安げに首を傾げる聖女さま。


「いや、別に問題はないですよ。でも、こういうのは豪快にぱくっといったほうが美味いですよ」


 とアドバイスをすると、聖女さまはさっきよりも少しだけ口を開いてケバブもどきにパクついた。


 なんだかその姿が小動物みたいで可愛い。


「なんだかこういう物を食べるのはひどく久しぶりのような気がします。普段は決められた献立にそって食べているだけですので」


「まあ、大聖堂のディナーにこいつは出てこないでしょうね……」


「はい……」


 確かに宮殿や大聖堂では俺たち一般庶民では一生食えないような高級料理が毎日出てくるんだろう。だけど、聖女みたいに庶民出身の人間だったらときにはジャンクフードを食べたくなることだってある。


 実は今日は俺一人で来る予定だったのだ。


 まあ普通に考えればアシスタントを雇うのに聖女を連れていく必要なんてないし、人払いの魔法を使っていたとしても聖女がみだりに街を出歩くのは防犯上よろしくない。


 が、彼女はどうしても俺と一緒にアシスタントを探したいと言って聞かなかった。パート2の反対を押し切って俺と街へ繰り出すことにしたのだ。


最初はそれが不思議で仕方がなかったが、こうやって美味しそうにケバブもどきを食べているのを見ると、たまには羽を広げて普通の女の子として生活してみたかったのかもしれない。


 そんな彼女を眺めていると彼女は頬を赤らめて「まだ食べ方が変でしょうか?」と尋ねてきたので首を横に振った。


「絵ですわ~。絵を販売していますわ~」


 と、そこで背後からそんな声が聞こえてきて俺と聖女さまは後ろを振り返る。すると、そこにはボロ布のようなつぎはぎだらけの服を着た頭巾をかぶった赤髪の少女が立っていた。


 貧民街の子どもか?


 どうやら彼女は絵を売っているようで、まるでマッチ売りの少女のように道行く人に声を掛けている。


 いや、どうでもいいけど呼び込み方下手すぎじゃねえか……あの子……。


「あの方も絵をお売りになっているようですね?」


「そうみたいですね……」


「見に行ってみませんか?」


 ということで俺たちは立ち上がるとマッチ売りの少女のもとへと歩み寄る。


「とりあえず俺が声を掛けてきます」


 聖女さまにそう言うと、俺は人払いのテリトリーの外に出た。このままだと何を話しかけても彼女は俺を認識できない。


 すると、彼女はすぐに俺の姿を発見して「はわわっ……」と驚いたように目を見開いた。


「ひ、人が突然現れましたわ……」


 どうやら人払い魔法が解けると他人からは突然人間が現れたように見えるようだ。


 あと、こいつまだ会話もしてないのにバカっぽさがにじみ出てるな……。


「絵を見させてもらってもいいか?」


 そう尋ねると赤髪の少女は「もちろんですわ……」と嬉しそうに答える。


 見たところ俺よりも二、三歳下かな。顔はかなり可愛い顔をしているが、せっかくの赤髪は手入れが行き届いていないようでボサボサだ。


 敷物にはキャンバスに描かれたイラストが並べられている。


 期待はしていなかったが油絵だった。キャンバスにはひまわりのような花の絵が大きく描かれていた。


 この手の絵の知識は皆無だが、かなり絵のレベルは高い……ような気がする。


 だけど、彼女は俺の望む人材ではないようだ。俺は手に取った絵を再び床に戻そうとするが、そこで聖女さまが俺のもとへと歩み寄った。


 その結果、


「ひ、人が突然消えましたわっ!!」


 と赤髪の少女は目を見開いてそう叫んだ。


 いや~ホントバカさが全身からにじみ出てるわ~。


 どうやら聖女が近寄ったせいで俺はまた人払いの魔法に取り込まれてしまったようだ。少女は「あ、あれっ!?」と言いながらあたりをきょろきょろ見渡している。


「リュータさま、素敵な絵だと思いませんか?」


 近寄ってきた聖女さまはそう俺に尋ねた。


「確かにいい絵だと思います。ですが俺の求めている人材では――」


「私、あの者の絵を買いますわ。ですが、私が直接あの者から買うわけにはいきません。ですから代わりにリュータさまに買っていただきたいのです」


 そう言って聖女さまは俺に微笑みかけた。あくまで俺の予想ではあるが、聖女さまはどう見ても貧民である彼女になんらかの形で救いの手を差し伸べたかったのだろう。


 事情をくみ取った俺は「わかりました」と再び人払いのテリトリーの外へと出た。


「わぁっ!! また人が出てきましたわっ!!」


 あーもうそのくだりはいいわ。


 俺はさっきのひまわりのようなものを描いた絵を手に取ると少女に「これを貰ってもいいか?」と言ってポケットから取り出したお札を一枚彼女に手渡した。


 いくらかは知らないがこれぐらいあれば足りるだろう。俺はエロ漫画で手に入れたお金を次世代の絵描きに還元する気持ちも込めて、少し多めのお金を彼女に渡した


代金を受け取った彼女は驚いたように目を丸くする。


「ご、ごめんさいですわ。わたくしこんな大金を渡されてもお釣りが用意できないですわ」


「大丈夫だよ。お釣りはいらない」


「で、ですがこんなに受け取ったら悪いですわ。ならばせめて他の絵も持って行ってくださいまし」


「生憎だけど、俺の部屋はそこまで広くないんだ。一つあれば十分だよ」


 そう答えると彼女は「わ、わかりましたわ……」と申し訳なさそうにお札を受け取ると、それを腕に下げていたバスケットへと入れようとした。


 が、


「お、おいちょっと待てっ!!」


 と、そこで俺は気づいてしまった。


「な、なんですの? やっぱりお釣りをお支払いしたほうが――」


「そうじゃない」


 おいおい、なんでこのいかにも貧乏そうな女の子がこんな物を持っている……。


 俺は見つけてしまった。彼女のバスケットの中にA4サイズほどの無数の紙が入っていることに。


 この国では紙は高級品だ。そんなものをなんで彼女が何枚も持っているのだ。


「おい、なんでお前は紙をもっている。しかもそんなにたくさん……」


 そう尋ねると彼女ははっとしたように目を見開くと、慌ててバスケットを背中に隠した。


「こ、これはその……違いますわ……」


「何が違うんだよ。その紙を俺に見せてくれないか?」


「そ、それはできませんわ……」


 だが、俺は諦めない。彼女へと歩み寄ると彼女は怯えたように俺を見つめて後ずさる。が、その直後、


「はわわっ!?」


 彼女は踵を地面に引っ掛けてそのまま後方に転んだ。そして、彼女の持っていたバスケットは大きく宙に投げ出され、俺の足元に落下した。


 俺は慌てて彼女のバスケットに手を突っ込んで、紙束を掴む。


 そして、


「おい……どういうことだよ……」


 俺はどう見ても質のよさそうな紙に描かれたそれを見て目を見開いた。


 そこに描かれていたのは『傾国の聖女と罪深き森のオーク』の一コマだった。

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