第3話 紳士的取引

 というわけで俺は唐突にこの世界でもエロ漫画家デビューすることが決まった。


 とはいえ俺はこれでも農夫ではある。聖女のお願いを安請け合いはしたが、譲り受けた土地のこととか年貢のこととか正直なところ不安は多かった。


  が、どうやら聖女が手を回してくれたようで家を出る日には土地も小屋も他人の手に渡っていた。


 まるで今更、頼みを断れない状況を作るかのように……。


 とりあえず俺は最低限の荷物を鞄にぶち込んで大聖堂へとやってきた。


 相変わらずバカでかい建物だな。


 目の前にそびえ立つ巨大な建造物を見上げて、改めてそのデカさに驚く。


 前から思ってたんだけどこの聖堂、儀式に使う建物にしては頑丈というか……要塞みたいだな……まあいいけど……。


 なんて考えながら俺は建物の裏手へと回る。実はあらかじめ聖女の使いから当日は正門ではなく裏側の通用口に回れと言われていたのだ。建物の裏手へと回るとたしかに使いの言う通り、職員が使うであろう金属製の小さな入り口があった。


 門番に渡してくれと頼まれていた手紙のようなものを鞄から取り出すと通用口へと歩いていく。


 が、


「あ、あれ……」


 通用口に近づいたところで俺はあることに気がついた。


 通用口に前で槍を持って立つ門番の男に見覚えがあったのだ。


 あ、あいつって確か……。


 と、そこで門番の男も俺の存在に気づいた。彼は俺の顔を見やるとはっとしたように目を見開きそして……俺から顔を隠すように顔を背ける。


 やっぱり……。


 間違いない。あの男はこの間、牢獄で俺に自白させようとしていたロレンスとかいう偉い修道士だったはず。でもそんな男がなんでここで門番なんてやってんだ。


 と、しばらく首を傾げていた俺だったが、不意にある答えにたどり着いた。


 俺は足早に門番のもとへと歩み寄ると、相変わらず俺から顔を隠す門番に声を掛けた。


「ちーっすっ!!」


「はわわっ……」


 ロレンスは俺の声掛けに露骨に狼狽するように体をビクつかせて頬を赤らめる。


 か、可愛くねえ……。


 だが、そんなロレンスを見ているとなんだかイジメたくなる。


「つ、通行書……お見せいただけますか?」


 と、尋ねてくるロレンスに俺はニヤリと笑みを浮かべる。


「あんた確かロレンスとかいう筆頭修道士だよな? この間はお世話になったな」


「はわわっ……」


 いや、だから可愛くないって……。しばらくか弱き乙女のように恥じらっていたロレンスだったが、不意に俺へと顔を向ける。


「あ、あの時は悪かったと思ってるさ……」


 と、ようやくロレンスであることを認めた。が、俺は攻撃を止めない。


「で、聞いたところによると修道士の中でも偉いはずの筆頭修道士のあんたが何で門番なんてやってるんだ?」


 こちとら拷問にかけられそうになったのだ。この程度の嫌味はご愛敬だ。そして、そんな俺の言葉にロレンスはまた「はわわっ……」と頬を赤らめて顔を背ける。


 いやだから……。


「人事異動になったんだよ。だから、今は門番をやってるんだ……」


 やっぱり……。


 どうやらロレンスは例の一件で門番に降格したようだ。そりゃそうだよな。何せ上部の人間たちに、よりにもよって聖女モノのエロ本を読んでいたことがバレたのだ。むしろこの程度の処遇に済んだだけでも儲けものだ。


 まあ、聖堂側も表沙汰にはしたくなかったんだろうけど。


 嫌味を言って少しすっきりした俺はロレンスに使いに貰った手紙を渡した。するとロレンスは「ちょっとここで待ってろ」と聖堂内に入ると誰かに手紙を渡してすぐに戻ってきた。


「聖女さまと大司教がしばらくしたら降りてくるはずだ。しばらくここで待っていてくれ」


「おうよ」


 わざわざ俺なんかのために聖女さまがお出迎えしてくれるらしい。ということで俺はその場に突っ立って聖女さまの登場を待つことにしたのだが……。


「お、おいリュータ・ロー」


 と、そこでロレンスがあたりを見渡してから俺のそばへと駆け寄ってくる。


「なんだよ……」


「例の絵巻物はまだ描いてるのか?」


「はあっ!?」


「そ、その……この間の続きはあるのかって聞いてるんだよ」


 おいおいこいつ全く反省してねえな……。どうやらこのエロレンスは俺の描いたエロ漫画の続きが気になって仕方がないらしい。


「続きが仮にあったとして、それがなんなんだよ……」


「続きを俺たちにも読ませてほしい……」


 あら素直。


 エロレンスは頬を真っ赤にしたまま恥を忍んでそんなことを頼んできた。俺たちというあたり、他の変態修道士集団も俺の新作を待ち望んでいるようだ。


 いや、もちろん一エロ漫画家としては嬉しいよ? だけど、一人間としてはこいつどの面下げてそんなこと頼んでるんだよと言いたくなる。


「俺を処刑しようとしたやつに読ませる義理はないな」


 と答えるとエロレンスは慌てたように「お、俺たちは別にお前を処刑するつもりはなかった」と言い訳を始める。


「じゃあなんで俺を拷問しようとしたんだよ……」


「それはその……お前をゆすって続きを描かせるつもりだった……」


 いやどっちにしろクズじゃねえかよ……。


 ってかこの聖堂大丈夫か? 俺は信仰心が薄いからノーダメだけど、敬虔な信者たちがこの聖堂の内情を知ったら泣くぞ……。


「言い訳になってない」


 ときっぱりと答える。が、エロレンスはまだ諦めきれないようで「じゃ、じゃあこうしよう」と何やら俺に取引を持ち掛ける。


「俺は今回の件で罰として聖堂の洗濯係を仰せつかったんだぞっ!!」


「いや、どこで威張ってるんだよ……」


「まあ話は最後まで聞け。洗濯係ってのはなこの聖堂で働くすべての人間の祭服を洗濯するんだ」


「だったらなんだよ……」


「もちろんすべての人間の中には聖女さまも含まれる」


「おい、それ本当かっ!?」


 と思わず反応してしまった。いかんいかん……俺は何に反応しちまってるんだ……。


 慌てて首を横に振るが、エロレンスはチャンスだと思ったのか俺の耳元に顔を寄せてくる。


「お前だって近くで話したんだから知ってるだろ? 聖女さまはめちゃくちゃいい匂いがするぞ……。その聖女さまのお召し物をお前に融通する」


「…………」


 俺は聖女さまが耳元に唇を近づけたときのことを思い出す。あの時、俺は聖女さまから漂うフローラルな香りに軽く卒倒しそうになった。そんな聖女さまが一日お勤めしたあとの服……。


「い、いやでもそんなことがバレたら処刑どころの騒ぎじゃねえぞ……」


「安心しろ。すでに手は打ってある」


 と、エロレンスはニヤリと笑った。


「聖女さまが平時に身に着けている白装束は全部で11枚あるんだ。それを洗濯して回している。それで一ヶ月使用したところで焼却処分することになっている」


 え? なにその世界一いい匂いがしそうなバーベキュー。


「そして俺はこっそり処分のときに一枚くすねて一枚多い状態で回しているんだ。その一枚を仲間内で回しているんだ。これで聖女さまのお召し物が一枚減っても絶対にバレない」


 なんだこの天才的変態脳……。


 ほんとこいつら僧侶の風上にも置けないな……。


「お前、魔導書がかけるとか何とかでこれからここに住むんだろ? だから毎晩聖女さまの脱ぎたてをお前の部屋に運んでやるよ。どうだ? 悪くない条件だと思うが」


「なるほど……」


 どうやら聖堂内では俺は魔術師ということになっているようだ。そりゃエロ漫画家だなんて言えるわけないよな。


 聖女の脱ぎたてが毎晩手に入る……。


 なんという甘い誘惑……。


「なあ頼む。俺たちはお前のあの絵巻物が大好きなんだっ!! 悪くない条件だろ?」


 と、エロレンスが懇願してきたそのときだった。


「リュータさまっ!!」


 と、通用口の扉がばっと開かれて金髪碧眼巨乳の美少女が姿を現した。前回の牢獄と違って日光を浴びた聖女リーネは文字通り光り輝いて見えた。


 そんな姿に見惚れていると、聖女さまは俺のもとへと歩み寄ってきて俺の両手を包み込むように掴む。


「今日という日を心よりお待ちしておりました」


 その目からは俺のエロ漫画への期待が心底伝わってくる。


 雇ってもらっておいてあれだけど、この聖堂本当に大丈夫か?


 とりあえず俺は「恐縮です」と答えると聖女に連れられて聖堂内へと歩いていく。が、その直前にエロレンスの方を向くと、


「例の件だが、前向きに検討させてもらうよ」


 と答えるとエロレンスは「ありがたき幸せっ!!」と目を輝かせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る