第4話 聖女の力

 聖堂内に入ると、そこにはおっさんが立っていた。おっさんは偉そうな、いや、お偉い人のような祭服を身に纏って、頭に槍の先みたいな形の帽子を被っている。


 なんだこのおっさん……。


 などと考えながらおっさんを眺めていると、聖女が俺の疑問に気づいたのかおっさんを見やった。


「こちらにいらっしゃるのは大司教のロマニエです」


「あ、どうもです」


 頭を下げると大司教のおっさんはなにやら柔和な笑みを浮かべた。


「あなたに神のご加護を。私はロマニエ・ローグ2世と申します。初めましてリュータ・ローさん」


 二世? つまりパート2ってことか?


 と、パート2のおっさんが言う。


 そもそも大司教ってのはなんなのだろう。けど、聖女さまって言うってことは聖女ほどは偉くないのかな?


「リュータさん、お話は全て大聖女さまから伺っておりますよ」


 どうやらパート2は俺のことを知っているようだ。けど、さっきエロレンスは俺を魔術師とかなんとか言ってたよな。ってことはパート2も俺のことを魔術師と思っているのか?


 などと考えていると聖女はにっこりと微笑んだ。


「ご安心くださいリュータさま、このロマニエは私の腹心です。全て話していますが、信頼できる人です」


「なるほど……」


 どうやらパート2の前ではエロ漫画のことは隠さなくてもいいようだ。


 と、そこで聖女は「あ、少々お待ちくださいね」と両手を広げると小さく何かを唱えた。


「人払いをしました。これで私たちの会話が盗み聞きされる恐れはありません」


 そう言うと彼女は俺のすぐそばへと歩み寄ってくる。


 あー距離近い……。そして相変わらずいい匂い。


「一部の者を除いて、この聖堂の者にはリュータさまは魔術師として招聘したと伝えております。そして、リュータさまは『エロマンガ』と呼ばれる聖女のみ使用することができる魔導書を書いていることになっております」


 なるほど魔術書ね。確かにそう言っておけば俺が聖堂内を歩いていても怪しまれないし、部屋に籠って作業をしていても大丈夫だ。


 書いている魔導書の名前が『エロマンガ』ってのは気になるけど、こうしておけばエロ漫画を書いていると、どうどうと口にしてもいい意味でみんな勘違いしてくれそうだ。


 と、そこでパート2も俺のすぐそばまで歩み寄ってくる。


 あー近い近い……。


 おっさんからは何やら蚊取り線香みたいな匂いがする。


 ってか人払いしてるんだから近づく必要ないだろ……。


「何か作業に際してお困りのことがあれば、信頼できる聖女見習いをリュータさまに付けておきますので、何なりとお申し付けください」


「あ、あざーす……」


 どうやら俺は思っていた以上に好待遇のようだ。少しだけ安心した。



※ ※ ※



 さて俺はパート2と別れて聖女の案内の元、新居へと案内された。


 案内された部屋は俺が想像していたよりは殺風景な部屋だった。部屋にはベッドとそのわきに作業に使えそうな机が置かれているだけだ。


 が、まあ変に豪華な部屋よりもこっちの方が集中できる。


 あと、どうでもいいけど、聖女が通るとみんな頭下げんのな。別に俺に頭を下げてるわけじゃないのはわかってるけど、こいつらエロ漫画家の俺に頭を下げてるって考えると何度か吹き出しそうになった。


 荷物を置いた俺は「ちょっと見ていただきたいものがあります」と再び聖女に連れられてとある部屋へと入った。


「こ、ここは?」


 そこは学校の理科室のような部屋だった。広い部屋には長テーブルがいくつか置かれており、そこに座った人々は何やらビーカーのような物を持って、それを真剣に眺めている。


「ここではポーションを作っています」


「なるほど……」


 俺はずっと農夫として生きてきたため縁はなかったが、この世界にはポーションがあることは知っていた。ポーションは主に怪我の治癒や魔力の回復に使われているみたいだ。


 けど、なんでこんな部屋に案内されたんだ?


 首を傾げていると聖女は「こちらへ」と俺を連れて壁に置かれた戸棚のガラス戸を開けた。そしていくつも並べられたポーションのボトルを無作為に二本手に取る。


「少し人払いをしますね」


 と、そこで彼女はまた何かをぶつぶつと唱える。


「これでここにいる方々は私たちを認識できません」


 どうやら聞かれてはいけない話をするらしい。


 それにしても便利な魔法だな……。前世で悪用したかったわ。


 などと聖女の魔法を羨ましがっていると彼女はポーションをテーブルの上に置く。


「ポーションに魔力を込めることは大きな仕事の一つです。試しに魔力を注入してみますね」


 そう言うと彼女はポーションのうち一本を手に取るとそれを胸に当てて再び呪文を唱える。すると彼女の手に持ったポーションが蛍光塗料のようにわずかに光って消えた。


「リュータさま、飲んでみてください」


 そう言って彼女は俺にポーションを差し出した。


「飲んでもいいんですか?」


「ええ、リュータさまに聖女の力を知っていただきたいので。あ、ですがご安心ください。危険な物ではないので……」


 そう言われたら飲むしかない。


 が、少しわくわくもする。ポーションは前世を生きていたときから憧れの飲み物である。俺はボトルの蓋を開くと、中の紫色の液体をあおった。


「う、うぅ……マズい……」


 初めて飲んだポーションはなんとも形容しがたい味がした。苦いような少し辛いような昔飲んだ眠気覚ましのような味。


 が、その直後、俺の体に異変が起きた。その異変を言葉にするのは難しいが、血液が一気に体中を駆け巡ったような熱さを感じる。


「それは主に魔力を回復するポーションです。リュータさま、魔術の心得はありますか?」


「い、一応土魔法はありますが、人さまに見せらるような代物じゃ……」


 正直なところ俺はほとんど魔力は使えない。初めてこの世界に来たときは魔術という言葉に興奮したが、あまりの自分の実力のなさに失望した。


 そもそもこの世界では魔力の高い物が成り上がって貴族となり、同じく魔力の高い貴族と結婚をする。その結果、貴族と平民の間には絶望的なほどに魔力の格差があるのだ。


「大丈夫です。わずかでも心得があれば問題ないです。リュータさま、盾のようなものを土で作れますか?」


「ま、まあ形だけならなんとか」


「それでかまいません」


 そう言うと彼女は何かを唱えて人払いの魔法を解除すると、近くの職員らしき男に耳打ちした。すると男は部屋を出て行き数分ほど経って大きな土嚢どのうを持って戻ってきた。


 どすんと俺の前に土嚢を置いた職員はまたテーブルへと戻っていく。そこでまた聖女は何かを唱えて人払いをした。


「この土を使って盾を作ってください」


「いやでも手で作った方が頑丈なんじゃないかってレベルですよ?」


「かまいません」


 というので俺はしぶしぶ簡単な呪文を唱える。


 が、そこでまた異変を覚えた。明らかに今まで感じたことのないような魔力を体内に感じた。そして、両手を突き出すと両手に強い熱を感じそれが土嚢へと放出されるのが分かる。


 なるほど、ポーションとはこういう物らしい。俺の魔法により土嚢はミシミシとなり始めしまいには引き裂かれた。そして、中の土が高さ一メートルほど宙に舞ったと思うと、立派な盾が姿を現す。


「お、おおおおおおおおおおっ!!」


 な、なんじゃこりゃっ!! お、俺、魔法使ってるじゃんっ!! いつもの泥団子じゃねえぞっ!! これは胸を張って盾と呼べる代物だ。俺は慌てて生成された盾を手に取ると、コツコツと指で突いてみる。見た目通り盾は頑丈なようだ。


「リュータさま、盾を構えてみてください」


「こ、こんな感じでいいっすか……」


 俺は聖女に向けて構えてみる。


「はい、ではそのまま盾を力いっぱい構えていてください」


「わかりました……」


 あ、あれ……なんか急に嫌な予感がしてきたぞ。と、思うや否や聖女はゆっくりと瞳を閉じると呪文を唱える。


 その直後のことだった。


 なにやらごおおおおおっと地鳴りのような音がして、聖女の装束がゆらゆらと揺らめき始める。さらには彼女の美しいブロンドの長い髪も靡き、彼女の身体は光をまとい始めた。


 そして気がつくと彼女の頭上には無数の小さな光の剣が浮かび上がる。


「しっかり盾に捕まって動かないでくださいね」


 そう警告をすると彼女は瞳を開いた。


「エトワール」


 と彼女は唱えると両手を前に突き出す。直後、彼女の頭上に浮かんでいた剣が閃光のように俺の盾目掛けて突き進んできた。


 あ、俺、死ぬわ……。


 パリンっ!! とまるで瀬戸物が割れるような音とともに俺の盾は木っ端みじんに砕け、剣は俺の体を貫く……直前に停止した。そして、まるで幻のように霧散する。


「なっ……」


 なんだ今の……。俺はそこでようやく目の前の少女が聖女であることを理解した。


 か、かっこいい……。


「驚かせてしまって申し訳ありません。これでもかなり力は抑えました。ですが、ポーションの効果を知っていただきたくて……」


 そう言って彼女はぺこぺこと頭を下げた。が、皮肉なことに俺は聖女の魔力が凄まじすぎて、ポーションの効果などどうでもよくなってしまっていた。


 と、そこで聖女は懐から何かを取り出し。


「そ、それって……」


「エロマンガです」


 彼女が取り出したのは俺の描いたエロ漫画だった。彼女は巻物型のエロ漫画を僅かに開くとそれに目を落とし……頬を赤らめた。


「せ、聖女さま?」


「あ、こ、これ凄い……」


 聞いちゃいねえ……。


 聖女さまは「んんっ……こ、こんなことをされるなんて……」と完全に自分の世界に入っているようで頬を真っ赤にしながら、それでいて目をキラキラさせながら俺のエロ漫画を眺めている。


 おい、さっきのカッコいい聖女はどこに消えた……。


 が、不意にハッとしたように聖女は顔を上げると「ちょ、ちょっと待っててください……」とポーションを手に取るとそれを胸に当てて何かを唱えた。


 するとポーションはまた光を放つ。が、明らかにさっきよりも眩い光を放っている。


 そして、


「もう一度これを飲んでいただけませんか?」


 そう言われ聖女からポーションを受け取ると、それをあおった。すると、どことは言わないが体のとある部分が急激に熱くなり、そこから放射状に全身に魔力がみなぎっていくのが分かった。


 明らかにさっきとはみなぎる魔力が違う。けど、なんでここから広がるんだ……。


「もう一度盾を生成してください」


 と言われたので俺はまた呪文を唱える。すると先ほど同様に立派な盾が生成され俺はそれを構える。


 すると彼女は再び呪文を唱え、先ほど同様に「エトワール」という呪文とともに光の剣を俺の盾に浴びせた。


 すると今度は俺の盾は光を屈折させるように四方に光の剣を弾く。


「お、おおおおおお……」


「これでリュータさまの描くエロマンガが、どれほどの力を持つかがわかっていただけたと思います……」


「なるほど……」


 確かにこれは凄い……。どうやら聖女は興奮すると魔力が覚醒するようだ。そりゃ、俺に何としてでもエロ漫画を描かせたいと思うはずだ。


 が、そこで俺はふとある疑問を抱いた。


「あ、あの……聖女さま?」


「はい、なんでしょう……」


「もしもエロ漫画が必要なのであれば、その一冊で充分じゃないのですか?」


 確かにエロ漫画の効果は絶大だ。だが、すでに魔力を覚醒させるのに必要なエロ漫画を彼女は手に入れている。わざわざ俺が新しく描かなくても、その一冊があれば十分じゃないのか?


 そう尋ねると、彼女は「そ、それは……」と頬を赤らめると俺から顔を背けた。


 恥じらう聖女……可愛い。


「そ、その……同じエロマンガを何度も読むと徐々に覚醒する魔力が落ちていくのです……」


「な、なるほど……」


 聖女さまは常に新しいエロ漫画を読んでいたいんだって。


「も、申し訳ございません……」


 聖女は恥ずかしそうにそう言うと、ぺこぺこと俺に何度も頭を下げた。

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