第5話 すげえやりづれえわ……

 聖女さまからエロ漫画がいかに自分にとって重要かというご高説を賜った俺は、さっそく部屋に戻ってエロ漫画を描こうと思ったのだが……。


 なんか聖女さま……後ろからついてきてないか?


 自室へと続く狭い廊下を歩きながら俺はさっきから背後の気配に気づいてた。さっきから一定の距離を保ちながら背後でコツコツとヒールで歩く音が聞こえてくる。


 初めは気のせいだと思っていたが、俺の部屋の人通りのないフロアに差し掛かっても足元はなくならない。


 俺は試しに立ち止まってみた。


 すると「はわわっ……」という聖女の声とともに、コツコツコツと逃げるようにどこかへ駆けていく音が廊下に響く。


 後ろを振り返るとちょうど曲がり角のところで顔を少しだけ覗かせる聖女が見えた。


 ってか尾行するなら人払いの魔法を使えよ……。


 どうやらこの王国の聖女さまは変なところでポンコツなようだ。


「何かご用ですか?」


 バレてないとでも思っているのか依然として顔を僅かに覗かせる聖女に声を掛けると、彼女はまた「はわわっ……」と慌てた様子で顔を引っ込めた。


「いや、さすがにバレバレですよ……」


 と、言うと聖女は観念したように曲がり角からひょっこりと顔を覗かせた。


「ど、どうしてわかったんですか?」


 どうしてわかんないと思ったんですか?


「何かご用でしたら伺いますよ?」


 彼女にそう尋ねると、彼女はコツコツとヒールの音を鳴らしながらこちらへと健気に駆けてくる。


 そして俺のすぐそばまでやってくると何やら恥ずかしそうに頬を赤らめて俺の顔を見上げた。


 可愛いなおい……。


「リュータさまはこれからエロマンガをご執筆になられるのですか?」


「え? ま、まあそのつもりですけど……」


「ですよねっ!!」


 何故か聖女はそんな俺の答えに目をキラキラさせた。


 あ、この目……嫌な予感がするやつだ……。


「その……私にもエロマンガをお描きになるところを見せていただけませんか?」


 やっぱり……。


「いやそんなの見ても何も面白くないですよ。ただ黙々と絵を描いているだけですし……」


「そ、それでかまいませんっ!!」


 俺は聖女さまのキラキラお目目を眺めながら頭を悩ませる。


 いや聖女さまに見られながら聖女モノのエロ漫画を描くってどんな拷問だよ。さすがの俺も罪深過ぎてできる気がしねえ……。


 が、聖女は本気で俺の作業風景が見たいようで、祈りでも捧げるみたいに顔の前で両手を組みながら「叶わぬ願いでしょうか?」とおねだりをしてくる。


 そして俺は聖女に直々に頼まれてそれを無下にできるような身分の人間ではない。だからそれとなくお断りをしなければならない。


「聖女さまのお目汚しになるだけです」


 とやんわりと断るがそんな言葉に聖女は激しく首を横に振る。


「リュータさまがエロマンガを描く姿がどうして私のお目汚しになるのでしょうか?」


 俺があんたをモデルにエロ漫画を描くからに決まってんだろっ!!


 あ、でもこの人、自分をモデルにしたエロ漫画を読んで興奮するんだったわ……。


 そこでみんなにとっての当たり前が聖女さまにとっての当たり前ではないことを思い出す。


「私がそばにいると作業のお邪魔になるでしょうか……」


 なかなか首を縦に振らない俺に聖女さまの表情がわずかに曇る。いや、そんな悲しい顔されると断りづらいじゃん……。



※ ※ ※



 結局、聖女さまに押し切られて俺は彼女を自室へと招き入れることになった。


 どうでもいいけど、自室で聖女さまと二人っきりってどういうことだよ……。


 それはそうと……。


「わぁ……凄いです……」


 すげえ描きづらい……。この上なく描きづらい……。


 ベッドわきの机でパピルスにエロ漫画を黙々と描く俺。そんな俺の背中にぴったりとくっついて覗き込むように原稿を見つめる大聖女リーネ。


 目を輝かせながら生原稿(ってか生原稿しかないけど)を見つめる彼女はまるで、綿菓子屋のおじさんを見つめる幼女のようだった。


 いや、そんないいもんじゃねえぞ……。ってかこの人、なんでエロ漫画をそんな純粋な目で見られるの……。


 あと背中に胸当たってるし……。


 背中にむにむにした感触を抱きながら、真横に聖女の顔がある状態で聖女さまのエロ漫画を描く。


 親にエロ本がバレるのに似た何かを感じる……。


「あ、あの……聖女さま?」


「なんですか?」


「本当にいいんですか?」


「何がですか?」


「俺、これからオークがリーネさまにとんでもないことをする絵を描くんですけど……」


「ほ、本当ですかっ!?」


 いや、なんでそこで目を輝かせるんだよ……。どうやら意図せず聖女さまの期待を煽ってしまったようだ。


 俺は全てを忘れて続きを描いていくことにしていく。


 さっき聖女さまに言った通り、これから描くのはまさにオークが聖女さまにあんなことやこんなことをするシーンだ。聖女さまの祭服が無残にも破かれ胸を押さえながらオークたちを羞恥に満ちた表情で見つめる聖女さま。


 なんかリアリティに欠けるな……。


 なんだか描いていてそんなことを感じ始める俺。


 本当に聖女さまはオークにこんなことをされてこんな顔をするのだろうか……。


 なんだか目の前の聖女はこんなことをされたら目をキラキラさせるような気がしてならない。やっぱり創作とリアルは別物なんだな……。


 改めてリアルと二次元の違いを思い知らされる。


 と、そこで、


「あ、あの……リュータさま?」


 聖女さまは俺の絵を指さして首を傾げた。


「この私が身に着けている布のようなものは何なのでしょうか?」


 私とか言っちゃってるし。


「あ、これは祭服ですが、描き方にあやまりでもありましたか?」


「いえ、それではなく私の胸を覆っているこの布です」


 そう言って彼女は作中の彼女の胸を覆う下着を指さす。


「…………あっ!?」


 そうだ。完全に忘れていたっ!!


 この世界に下着なんてないじゃんっ!?


 前世の記憶を頼りに描いていたエロ漫画。だが俺は前世の記憶だからこそ忘れていた。この漫画の中の聖女さまは当たり前のように下着を身に着けているのだ。


「すみません。やっぱ変ですよね?」


「え? いや……それはその……」


 と平謝りをする俺だったが聖女さまは何故かそう言って頬をぽっと赤らめる。


「リーネさま?」


「その布……すごく良きです……」


「良きなのですか?」


「良きです……」


 どうやら図らずもその下着は聖女さまの性癖にぶっ刺さりあそばさったようだ。聖女さまは何やら懐からメモのようなものを取り出す。


 そして、


「な、なるほど、こういう物があるのですね……」


 とメモに何かをしたためる聖女。


「どうかしたんですか?」


「え? あ、いや、作品とは関係のないことですので、どうぞお続けください」


 本当に関係ないんですかね……。とりあえず深く尋ねることは止めて作業に集中することにした。


 そして一時間ほどが経った。何とか一コマ描き終えたところで俺は小休憩を挟むことにした。


 いや……いろんな意味で疲れた……。


「す、凄いです……私、こんなことされてる……」


 作品の出来に聖女さまは大満足のようで彼女は人差し指を咥えながら眺めていた。


 が、しばらく眺めたところで彼女は不意に首を傾げる。


「あの……お伺いしてもいいですか?」


「はい、なんなりと」


「このエロマンガ絵巻物は一つ完成するのにどれぐらいのお時間を要するのでしょうか?」


「え? まあ、作業時間と完成度によりますが、どれだけ頑張ってもひと月近く要しますが……」


「ひ、ひと月も要するのですかっ!?」


 聖女は驚いたように目を見開いた。どうやら想像していた以上に時間がかかることに驚いているようだ。


 ちなみにひと月というのは、あくまで睡眠時間を削って、描き込みを簡素化してなんとか達成できる期間だ。アシスタントもいないし基本全て自分ひとりで作業している以上、漫画本一冊分を描くなんてそう簡単にできるものじゃない。


「それは大変ですっ!! それだとポーションの製造が追いつきません……」


 なるほど聖女さまはエロ漫画という物をもっとお手軽に作ることができると思っていたようだ。


「ど、どうしましょう……」


 と、困ったように眉を潜める彼女。が、不意に何かを思いついたようではっと彼女は目を見開く。


「街から絵の上手い人間を呼び寄せましょうっ!! 私の知り合いには油絵の心得のあるものが幾人もいます」


「油絵ですかっ!?」


 いや、油絵と漫画ではいろいろと要求されるスキルが違いすぎるぞ。この人油エロ漫画でも描かせるつもりなのか?


 が、彼女は絵は全て同じだと思ってるようで「油絵ではまずいのですか?」と尋ねてくる。


「まあダメだとはいいませんが、厳しいものはあるとは思います……」


「ですが、私の知り合いにはリュータさまの描くような絵を描く者はいません……」


 そりゃいねえだろうな……いろいろな意味で。


 確かにアシスタントは欲しいのが現状だ。だが、俺はふとあることを思い出す。


「広場での特設市ならばめぼしい人が見つかるかもしれません……」


「特設市……ですか?」


「はい、周囲に一度広場で開かれる市場のことです。そこでは商人以外の者たちも個人の所有物などを売りに出すのです」


 要は週に一度のフリーマーケットのことだ。


「そのようなものがあるのですね……」


 と、彼女は感心するように頷いていた。どうやら彼女のような高貴なお方には縁のない催しのようだ。


「以前に何度か市を見に行ったことがあるのですが、そこには絵描きの描いた絵画なんかも売られていた記憶があります」


 多くは油絵の類ではあるが中にはペンで描かれた絵を売る者もいた記憶がある。これまで法を犯していただけにアシスタントを雇うなんて発想にいたったことはなかったが、確かにそこからめぼしい人材を引っ張ってくるのも一つの手だ。


「その市に行けばリュータさまのお手伝いをする者が見つかるのですか?」


「確実とは言えませんが可能性は高いです」


「それは妙案ですね。ではさっそく探しに行きましょう。ところでその市というのは次にいつ催されるのですか?」


 次の市が開かれるのは明日である。

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