第2話 聖女さまはエロマンガのためならなんでもする
何故だか全くわからないが大聖女リーネは俺の名前を知っていた。
「リュータ・ローさま、お怪我はありませんか?」
そして何故か俺を解放してくれた彼女はそう尋ねると首を傾げる。
可愛い……。小首を傾げながら心配げに俺を見つめる彼女にさらに俺の頬は熱くなる。
「リュータ・ローさま?」
「え? あ、大丈夫っす……。まだ拷問はされていないので」
「それは良かったです。リュータ・ローさまの大切な手に万が一のことがあってはと心配しておりました」
そう言うと聖女は俺の手を眺めて俺の手に怪我がないことを確認した。が、すぐに俺の言う通り無傷であるとわかると安心したように笑みを浮かべた。
と、そこで俺は自分の頭が高いことに気がついた。なんでかはわからないけど聖女は俺を救ってくれたのだ。できるだけ彼女の気に障りそうなことは慎んだ方が賢明だ。だから、慌てて頭を下げる。
そんな俺に聖女は「どうぞ頭をお上げください」と言うので恐る恐る頭を上げた。
「ここには他のものは誰もいません。ですからどうぞ、そのような改まった態度はお止めください。それに見たところリュータ・ローさまは私と近いご年齢とお見受けします。是非、私をご学友とでも思いお気軽にお声掛けください」
と、俺にフランクな態度を要求する聖女。確かに俺と聖女リーネはそう年齢は離れていないようだ。俺はこの世界では18歳できっと彼女もプラスマイナス2歳ぐらいだろう。
まあ、もちろん彼女の言葉を文字通り受け入れることはできそうにないけどね。
が、俺はそんな彼女に聞いておきたいことがあった。
「聖女さま」
「リーネでいいです。その代りに私もあなたをリュータさまと呼ばせてください」
「で、ではリーネさま……。どうしてリーネさまは俺の名前を知っておられるのですか?」
さっきも言ったが俺はただの田舎の農夫だ。少なくともこうやって会話をするのは初めてだし、彼女が俺の名前を知っているのは常識的に考えておかしい。
そんな俺の言葉に聖女はなぜか「そ、それは……」と口籠ると頬を赤くして俺から目線を逸らす。
恥じらう聖女さま、可愛い……。
「実はその……側近の者にリュータさまのことを色々と調べさせておりました」
いや、なんで……。
なんでわざわざ聖女が田舎の農夫のことを知らべさせる必要がある。その聖女の言葉に俺が首を傾げていると、彼女はまた恥ずかしそうに俺から顔を背けて小さく口を開いた。
「わ、私はあなたとお会いしてみたかったのです……」
「俺と……ですか?」
コクリ。
え? 可愛い……けど、なんで大聖女が俺みたいエロ漫画家と会う必要がある。自分で言ってて悲しくなるけど、百害あって一利もないぞ。
「リュータさまが困惑されるのは当然です。ですが私にとってリュータさまは特別な存在ですから」
「と、特別な存在っ!?」
おいおい俺、聖女さまからオリジナルな飴ちゃん貰えるのか?
「私はどうしてもお会いしたかったのです。この絵巻物……いえ、この『傾国の聖女と罪深き森のオーク』を描かれた方と……」
おい、なんで大聖女さまが聖女モノのエロ漫画のタイトルを知ってるんだよ……。
「…………」
彼女になんだかすごくキラキラした目で見つめられた。そしてその表情はまるで憧れの人を目の前にして恥じらうような乙女の表情。
俺……この表情見たことあるのよ……。前世の売れないエロ漫画家時代にサイン会でファンの大きなお友達から同じような表情されたことがあるのよ。
それがおっさんなのか美少女なのかの違いはあるけど、本質的には一緒だ……。
「私はリュータさまが描かれる『傾国の聖女と罪深き森のオーク』が大好きです。ですからこのような素敵な物語を書かれた方がいったいどのような方なのか一目見て見たかったのです」
なるほど……やっぱり……。どうやら俺が大聖堂に納品していた物はこの聖女の手に渡っていたようだ。つまり、俺の想像していた聖堂内の不届き者とは聖女自身だったようだ。
ってか、ちょっと待て……この聖女さまこんな清らかで神聖な空気醸し出しているのに、俺のエロ漫画を面白いって思うのかよ……。
え? もしかしてこの女の子……変態なのか?
そのあまりの衝撃に俺が口をパクパクさせていると、彼女は不意に俺に頭を下げた。
「リュータさま、この度は大変ご迷惑をおかけしました」
「り、リーネさまっ!?」
大聖女が俺に頭を下げている。そのあまりにもありえない光景に愕然とする。
「この絵巻物も本来であれば秘密裏に私のもとへと届けられるはずでした。ですが、私の手に届く前に修道士たちに発見されてしまい、リュータさまにご迷惑をおかけすることとなってしまいました」
「い、いや、頭をお上げください。それにほら、俺は怪我とかしてないですし……」
「私をお許しいただけるのですか?」
聖女は頭を上げると俺に瑠璃色の瞳を向けた。
「え、ええそれはもう……全然大丈夫ですっ!!」
と、力こぶを見せると聖女は「ご寛大なリュータさまに感謝します」とまた頭を下げた。
「あ、あの……リュータさま……」
「はい、なんでしょう……」
「リュータさまにどうしてもお頼みしたいことがあるのですが……」
と、言うと聖女は何やら上目遣いで俺を見上げる。
「俺にできることであれば、なんなりと……」
「リュータさま……私と一緒にこの王国を守っていただけませんか?」
「はあっ!?」
おうおうどうした。話の飛躍がとんでもねえぞ。このおねえさん、エロ漫画家を勇者か何かと勘違いしてんのか?
そんな俺に聖女はまた頬を赤らめる。そして、何やらあたりをきょろきょろと見渡して誰もいないことを確認すると顔を俺のそばへと寄せてきた。
あー近い近い。しかも、なんかめっちゃいい匂いするし……。そして、彼女は俺の耳元に唇を寄せて少し躊躇いがちに囁いた。
「わ、私……リュータさまの絵巻物を読むとなんだか変な気持ちになって……魔力が覚醒するんです」
「は、はぁ……」
できれば変な気持ちになってから魔力が覚醒するまでの間を詳しくご説明頂きたい。
と、そこで彼女は俺の耳元から顔を放した。そして、自分の胸を両手で押さえると「ど、どうして、こんなことになるかはわかりません……。ですが、それは確かなのです……」と恥ずかしそうに俺から顔を背けてそう説明した。
なんだかよくわからないけど、我が王国の聖女さまはえっちな気持ちになると強くなるんだって。
いや、なんで……。が、彼女がそう言うのならばそうなのだろう。
「つまりその……魔力の覚醒には俺のエロ漫画が必要ってことですか?」
「え、エロマンガ?」
と、聖女は首を傾げる。
あ、そうだ。この世界にはエロ漫画とかいう言葉ないんだったわ……。
「エロマンガ……聞いたことがない言葉ですが、不思議な言葉です……」
いや俺にはド直球で猥褻な言葉にしか聞こえないですが……。
「と、とにかくその……エロマンガという物を私のために描いていただきたいのです」
「…………」
彼女は真剣な眼差しで俺を見つめた。そんな真剣な顔で聖女さまからエロマンガとか言われても俺も表情に困る。
「もしもリュータさまがエロマンガを描いていただけるのであれば、私、どのようなことでもいたします」
なにっ!?
俺の頭の何かに一瞬、この世界でもっとも卑猥な聖女のイメージが浮かんだ。が、その直後、彼女は何やら表情を曇らせる。
「情けないことですが、今の私の魔力ではこの王国を救うことができないのです。私はこの王国民がみな笑顔で暮らせるように強くならなくてはならないのです」
あ、ごめん、結構真剣に悩んでおられたのね。
聖女さまの悲しげな表情を見てると、数秒前の俺がとんでもない外道に思えてくる。
「わかりました。力にならせてください」
俺が聖女の頼みを断る理由なんてない。言い方は悪いが聖女の下でエロ漫画を描くとなるとそれなりの安全が保障されるはずだ。わざわざ危険な橋を渡ってエロ漫画を描いていてもメリットはない。
俺の言葉に聖女の表情が明るくなる。
「嬉しいです。リュータさまに神のご加護があらんことを……」
そう呟くと聖女は両手を組んで祈りをささげた。
かくして俺はこのホスタリン大聖堂という神聖な場所で聖女モノのエロ漫画を描くことになった。
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