第12話 強制参加イベント
「こ、これ……凄い……」
ベッドの上で正座をしたアシリアは頬を真っ赤にしていた。膝上丈のスカートからは黒ストッキングに覆われた太ももが伸びており、それが時折むずむずと動く。
彼女は俺の描いたエロ漫画を読んでいた。
「せ、聖女さまがこんなことに……」
と、口元を握り拳で隠しながら一枚、また一枚とページをめくるアセリア。
どうでもいいけど聖女の素質を持った女はエロ漫画を読むと同じ反応をするルールでもあるのか。
結局、俺は彼女にエロ漫画を読ませることにした。
最初は「そ、そんなこと言って、本当は女の子がこういうのを読むのが見たいんでしょ……」と拒否反応を示していた彼女だったが「別に無理に読まなくてもいいんだぞ」と言うと「よ、読む……」と言って俺から生原稿を受け取った。
俺としては別に今すぐ読めってことではなかったのだが、彼女はそう判断したようで俺の視線を気にしながらも読み進める。
そして、
「よ、読めた……」
と、彼女は漫画本換算で数十ページ相当の原稿を五分ほどで読み終えた。読み終えた彼女は何やら恥ずかしそうにスカートの裾を掴んでいる。
「これで魔力……覚醒したかな?」
「さあな。とりあえず何か試してみればどうだ?」
「わかってる……」
そう答えると彼女はベッドから降りる。彼女は部屋の中央に立つと瞳を閉じてぶつぶつと呪文を唱えた。すると、何やがごおおおおっ!! と床がわずかに振動し始める。
おい待て。これって……。
俺には既視感があった。そうだ。この地響きは聖女さまに理科室で見せつけられた光の魔法。と、思い出したころにはアセリアの頭上には無数の光の剣が浮いていた。
「おい、何をするつもりだ……」
俺の記憶が正しければこの剣は俺めがけて飛んできたはずなんだけど……。
「お、おいっ!! やめろっ!!」
と、俺が叫ぶと聖女見習い落第生の光の剣はパッと霧散した。そして、彼女はその場にへたり込むと女の子座りをしたまま「はぁ……はぁ……」と息を切らせる。
が、すぐに彼女は自分の手のひらを眺めると「で、できた……」と驚いたように目を見開いた。
そして次に俺を見上げる。
「わ、私……できたっ!!」
無邪気な少女のようににっこりと微笑む。
不覚にも可愛い……。
「それ、そんなに難しい魔法なのか?」
そう尋ねると彼女は「そ、それはその……」と少し恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。
「聖女見習いでできないのは私一人だったから……」
なるほど彼女は本当に落第生のようだ。が、彼女はエロの力というドーピングによってそれを成し遂げたようだ。
「わ、私、本当に出来たんだ……。嘘みたい……」
と、彼女は独り言のようにそう呟くと再び自分の手のひらを眺めた。
そんな彼女を見て俺は確信した。どうやら彼女にもエロマンガの力は通用するようだ。それが普通なのか、それとも聖女と目の前の聖女見習いが変態だからなのかはわからないが、とにかくそういうことだ。
「まあ、よくわからんけどよかったな……」
と声を掛けてやるとアセリアは「うん……」と頷いてはにかむように微笑んだ。
※ ※ ※
事件が起きたのはその日の夜だった。
あの後、聖女見習い落第生は俺の描き上げた原稿を持って部屋に戻っていった。どうやら明日は大切な試験があるらしく、どうしても貸してほしいとせがまれたため貸してやった。
が、これで俺だけが変態呼ばわりされることはなくなったはずだ……多分。
そして、一人になった俺はそのまま夜まで作業を続けた。
何せ俺には時間がないのだ。
聖女さまは涎を垂らして俺のエロ漫画が完成するのを待っているし、ティアラだってまだ来ていない。というわけで少しでもコマを進めようと勤しんでいた俺だったが、そんな中、誰かが俺の部屋をノックした。
「リュータさま……いらっしゃいますか?」
と、ドアの外から声がする。どうやら聖女さまのようだ。手が離せなかった俺が「どうぞ、入ってください」と答えるとドアが開き変態聖女が入室してきた。
また俺の作業風景でも見に来たのか? なんて考えていると彼女は俺のそばまでやってくると俺の顔を覗き込む。
あー近い近い。この聖女はホント距離感というものを理解していないようで、相変わらずいい匂いがぷんぷんして卒倒しそうになる。
「な、なんでしょうか……」
「リュータさま、大変なことが起きました……」
と、彼女は何やら深刻そうに俺を見つめる。
大変なことってなんだ? 王国民に聖女がド変態だってバレたのか? なんて考えていると彼女は口を開く。
「サテナの村がオークの襲撃を受けました」
「サテナ?」
「ガルナの南東に位置する小さな村です……」
と、言われて俺はなんとなく思い出す。記憶が正しければサテナは四方を森に囲まれた小さな村だったような気がする。
「そ、それは大変ですね……」
そんな聖女の言葉にそう答える。というかそう答えるしかない。俺はただのエロ漫画家なのだ。オークに村が襲われて大変なのはわかるが、そんなことを俺に言われても何もできないのが実情だ。
「幸いなことにまだ人さらいや殺された村人はいないようなのですが、農作物は荒されているようです。このままだと農民たちに直接的な被害がでるのは時間の問題です……」
「そ、そうなんですね。魔物討伐部隊は何しているんですか? 俺はあんま詳しくないですが、こういうときは魔物討伐専門の部隊が対処するって聞いたことがあります」
「実は魔物討伐部隊は先週、ワイバーン退治に出かけたところで怪我人の治癒も完ぺきではありません。部隊が消耗している状態で退治に出かけるのは危険です……」
と、何故か俺にそんな事情を話してくれる彼女。が、それを聞いたところでやっぱり俺に出来ることは何もない。
そんな彼女の言葉に俺が首を傾げていると、不意に彼女は「リュータさまっ」と俺の名を呼ぶ。
「なんすか……」
「私と一緒にオーク退治に行きませんか?」
「はあっ!?」
と、突然そんな提案をしてくる聖女さま。
いや、もちろん嫌ですけど……。
「今の状態で安全にオークを退治できるのは私しかいません。今すぐに支度を済ませてサテナに向かうつもりです……」
「向かうって聖女さま一人でですか?」
「はい……」
いやいや、さすがにそれは危険すぎるだろ。それに聖女さまはこの王国にとって超重要人物だぞ? そんな彼女が一人でオーク退治なんてリスクがデカすぎる。
「さすがにそれは危険すぎるんじゃ……」
と、身を案じると彼女はわずかに笑みを浮かべて首を横に振る。
「ご心配の必要はありません。オークの集団レベルであれば、万が一にも怪我をすることはありません」
「いやいや、オークって基本群れで行動するんでしょ? いくら聖女さまとはいえ、そんなのと一人で対峙するのは危険すぎるでしょ」
「ご安心ください。自分で言うのもなんですが、私一人で一個師団レベルの力はありますので」
「一個師団っ!?」
おいおい待て待て一個師団って、数千人から数万人レベルの武装した兵隊レベルってことだろっ!? いやいやこの聖女さまチートすぎるだろ……。
俺は想像を絶する聖女の強さに度肝を抜かれる。確かにそのレベルの強さであれば万が一にも怪我もしないだろう。
だけど……。
「だけど……どうして俺を連れていく必要があるんですか? こんなことを言うのもあれですが、俺がついていっても足手まといにしかならないと思いますが……」
正直なところ、俺みたいな農夫出身のエロ漫画家など屈強なオーク一人すらろくに倒せない。そんな奴が同伴したところで彼女の作業の邪魔になる未来しか見えん。
が、そんな俺の言葉に聖女さまは「そ、そんなことありません……」と首を横に振る。
「いやでも……」
「リュータさまには私の絵を描いていただきたいのです」
「はあっ!?」
と、わけのわからんことを言いだす聖女さま。
「ちょっと何をおっしゃってるか、わかりかねますね……」
そう答えると聖女さまは露骨に俺から視線を逸らす。
「あ、あのなんというかその……私の雄姿をリュータさまに描いていただき、この王国が安泰であることを国民に見ていただくのが目的で……」
あー絶対嘘だわ……。聖女の顔に嘘ってデカデカと書かれてるもん……。
そんな明らかに何かを誤魔化すように、そんなことを言う聖女さまを眺めながら俺はとある符合に気がつく。
ちょっと待て……森に住むオークと聖女……なんかそのシチュエーションを俺はどっかで見たことがあるぞ……。
もしかしてこの変態女……。
「聖女さま、本当にオークを討伐するのが目的ですか?」
「そうですか。やはりリュータさまならそう言っていただけると思いました。では私はすぐに支度をいたしますので、リュータさまも暖かい格好をして待っていてください」
おい、話を聞けっ‼︎
こいつ実力行使に出て来たぞ。
「聖女さま、やはり俺が同伴するのは――」
「リュータさまに神のご加護を……」
おい、大切なお祈りで誤魔化してんじゃねえよ。この罰当たり聖女め。
変態女は両手を組んで俺に祈りを捧げると「で、では一時間後にお迎えに参ります」と言い残してそそくさと部屋から出て行きやがった。
どうやらオーク討伐は強制参加イベントのようである。
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