第13話 クソジジイ

 そして一時間後、聖女は本当に俺を迎えに来やがった。どうやら聖女さまはやる気満々なようで右手には大きな玉の付いたいかにもな杖を持っている。


「さあ、リュータさま行きましょうっ!!」


 と、目をキラキラさせながら俺を見つめた。


そして俺はさっきアセリアが「聖女さまに届けろって言われたから……」と届けられたローブのような物を身に纏っている。どうやら魔術師のふりをしろということらしい。俺は右手に木製の長い杖を握らされているが、これの使い方は知らない。


 とりあえず俺は鞄にデッサンセット一式を入れると彼女に連れられて部屋を出た。


「さあ、リュータさまお乗りください」


 そして大聖堂の搬入口みたいなところへとやって来た俺は、聖女に馬車に乗せられた。俺が乗り込むと聖女さまも俺の隣に腰を下ろす。


 車内は俺が思っていた以上に狭く、ほぼ聖女さまと俺の体が密着している。


 あー近い近い……。


が、聖女さまの方は俺との距離感を気にする様子はないようで「一刻も早く村人を助けないといけませんね」と言いつつもやっぱり目をキラキラさせていた。


 どうやらこれから茶番劇が始まるようだ……。



※ ※ ※



 そして、三時間後。俺たちは峠を越えてようやくサテナの村へとやって来たのだが、よくよく考えてみれば、俺が馬車に乗ったのなんて数年ぶりである。


 そしてこの世界の馬車はとにかく揺れる。車にはサスペンションがついているがこの世界の馬車にはそんなものはついていない。


 というわけで、でこぼこの砂利道の振動をもろに受けた俺は見事に車酔いした。


「お、おえぇぇぇぇっ!!」


 馬車から降りた俺はその足で砂利道の端っこへと走っていくと、胃袋の中身を全て吐き出した。


 あぁ……なんかもう色々と最悪だよ……。早く帰りたい……。


 ただただそんなことだけを考えながら、鼻水と唾液と何かを地面に垂れ流していると「リュータさま……大丈夫ですか?」と聖女さまがしゃがみ込んで俺の背中を摩ってくれる。


 このままだとあと一時間はまともに動けそうにない。


「はわわっ……酔い止めの薬草を持ってくればよかったです……。あ、喉を詰まらせないように気をつけてくださいね」


「オレオレレッロロロレレレレッ!!」


 と、俺の汚い声が深夜の村に響き渡る。


「リュータさま可愛そうです……よしよし……」


「ってか……酔い止めの魔法とかないんすか?」


 そう尋ねると聖女さまは「はっ!? そ、そうでした」と目を見開いた。


 いや、あるのかよ……。


 と、ポンコツぶりを発揮する聖女さまは、俺の顔を覗き込むと「リュータさま、すぐに楽にしてあげますからね」と苦笑いを浮かべた。


 そして聖女さまは俺の背後に回ると、蹲る俺の背中に突然ハグをしてきた。


「り、リーネさまっ!?」


「しばらく我慢していてくださいね……」


 と彼女はぎゅっと俺の体を抱きしめると俺の背中になにやらむにむにしたものを押し当ててくる。


 なんだかよくわからないけど気持ちいい。いや、気持ち悪いけど気持ちいい。


 そんな相反する思いを抱きながら俺がじっとしていると聖女さまは何やらぶつぶつと呪文を唱える。


 その直後、俺のぐわんぐわんしていた脳みそがスーッとミントで満たされたかのようにすっきりする。


 どうやら魔法の効果のようだ。おかげさまで吐き気も嘘のように消え失せる。いや、それどころから頭のスース―が凄すぎて、なんか脳が覚醒したような気すらしてくる。


 なんかキマッてる感あるぞ……。


 おいおいこれ本当に合法的な魔術なんだろうな……。


 そのあまりにもすっきりする頭に俺は逆に不安さえしてくるが、とにもかくにも酔いは治まった。


「あ、ありがとうございます……」


 と、お礼を言うと「いえ、リュータさまには色々と手伝っていただかないといけませんので」と俺から体を離した。


 かくして酔いを克服した俺は聖女に連れられて村を歩いていく。


 それにしてもホント田舎だな。けど、俺が住んでた村も似たようなものか……。


 サテナの村を歩いていた俺はなんとも懐かしい気持ちになる。って言ってもまだ聖堂に住むようになって数日しか経っていないのだけど、それだけ聖堂での生活が濃密すぎるということなのか……。


 目の前に広がっているのは絵に描いたような田園風景だった。狭い砂利道の両サイドには広大な麦畑が広がっており、その中にぽつぽつと民家のような建物の明かりが見える。


 俺たちは月明かりを頼りにそんな田舎道を進む。


 すると、


「お、おおっ!! 聖女さまっ!!」


 と、前方からそんなしゃがれた声が聞こえてきた。目を凝らすと何やら老人のようなシルエットがこちらへと歩いてくるのが見えた。


 そして徐々にシルエットは大きくなっていき、俺の見立て通り杖をついた腰の曲がった老人が姿を現した。


「村長さんですか?」


 と、そこで聖女さまは老人に語り掛ける。そんな聖女さまに老人は「さようでございます。こんな片田舎の村まで、本当に御足労をおかけしました」とその場に跪こうとする。


 やはりこんな老人にとっても聖女は聖女なのだ。が、そんな老人に聖女は「その必要はありません」と老人を止めた。


「ロマニエより大まかな被害状況は伺っております。今はまだ村人への被害はないと伺っておりますが、それは本当ですか?」


「は、はい……幸いなことに。ですが、いつまたオークどもが現れるかと考えると、怖くて夜も眠れません……」


「ご心中お察しいたします。ですがどうかご安心ください。私が必ずやこの村に平穏をもたらします」


 と、村長を安心させるように笑みを浮かべる聖女。


 が、そこで俺はふと村長を眺めて疑問に思う。


 いや、もちろん偶然だと思うのだけど、腰の曲がっているせいで村長の視線は聖女の顔ではなくやや下方へ向いているのだ。そして、そんな村長の視線の先には聖女さまの大きなお胸さまがいらっしゃる。


 この村長、さっきから聖女の胸をガン見してねえか?


 と、一瞬、そんな疑惑が頭に浮かんだが、慌てて俺は首を横に振る。


 いや、いかんいかん。俺はなんて酷いことを考えているんだ。村長は村をオークに襲われ怯えているのだ。そんな一大事に聖女の胸をガン見するはずがないだろ。


 が、あまりにも村長の顔の向きが聖女さまの胸に向きすぎている気がしないでもない。


 そこで俺は確認をしてみることにした。


「あ、あの……オークが出る森というのはこの森のことですか?」


 そう言って俺は杖の太い取っ手側を森へと向けると村長に尋ねる。


 そう、ちょうど村長の視線の先から聖女の胸を遮るようにな。


 すると、村長の腰がさっきより低くなった。俺はそんな村長の視線をさらに邪魔するように杖の位置を下げてみる。すると、今度は村長の腰が少し高くなった。


 あ、これ黒だわ……完全に黒だわ……。


 俺の気のせいじゃない、このドスケベ村長、完全に聖女の胸をガン見してやがる。


 クソじじい、こんな村の一大事になに発情してんだよ……。


 なんだか無性に腹が立ってきた俺は、その後も杖の位置を調整してじじいの視界を邪魔してやる。


 すると、じじいは「左様でございます。ですがもう少し西の方から」と俺の杖を掴んで杖を西に向けるふりをして杖の位置を調整してきやがった。


 が、俺も負けない。


 必死に聖女の胸を隠すように杖の位置を調整しようとするが、じじいはじじいらしからぬ凄まじい力で杖を握ってきた。


「邪魔じゃ……」


 いやもう邪魔とか言っちゃってるし……。


「邪魔……ですか?」


 と、じじいの言葉に首を傾げる聖女さま。そんな聖女さまにじじいは「い、いえ、こちらの話でございます……」と柔和な笑みを浮かべた後、俺を睨んできた。


 こいつ……今すぐこの杖でぶん殴ってやろうか。


 あの世で聖女よりももっと崇高な天使様のお胸を好きなだけ見させてやろうか……。


 と、俺とじじいはしばらく杖の攻防をしながらにらみ合っていたが、不意に聖女が「では、さっそくとりかかりましょう」と歩き始めたので一時休戦となった。


 歩き出す聖女さまを負うようにクソじじいも歩き出すが、じじいの杖の先端がわざとらしく俺のつま先を踏む。


「いってえなぁっ!!」


「ああ、これは申し訳ありません。年老いて目が衰えておりまして……」


 と、じじいはわざとらしく笑みを浮かべると、まるで腰が曲がっているとは思えないほどに機敏な動きで聖女のもとへと駆けていった。


 このじじいオークを倒した後、絶対にぶち殺してやるからな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る