第27話 不穏な動き
さて大量のポーションを軍に納品した俺たちだったが、俺たちの戦いはまだ終わらなかった。
なんとご好評につき、追加の注文が入った。
嘘だろ……。
しかも、今度はわずか数日で前回の半分近くのポーションを納品しろという無理難題を突き付けられたようで、俺とティアラは死にそうになりながらエロ漫画の執筆を続けております……死にそう。
そして、死にそうになりながらポーションを作っているのは聖女さまも同じのようだ。
「中途半端なところまでしか描けていませんが、それでもよろしければ」
徹夜で原稿を執筆した朝、俺は聖女さまの部屋へと来ていた。その理由は聖女さまの力の源、エロ漫画をお届けするためである。
が、正直なところ全く生産は追いついていない。が、嘆いたところで納期は延びてくれないのだ。ということで、少しでも生産を増やそうと、俺は一巻の内容を分割して聖女さまに渡すことにしたのだ。
俺から原稿を受け取った聖女さまは目をキラキラさせながら、封筒に入った原稿を眺めていたが、すぐに顔を上げると心配そうに俺を見やった。
「リュータさま、お身体の具合はいかがですか?」
と、俺に近寄ると俺の顔を覗き込む。
あー近い……。
「大丈夫です……仕事ですので……」
「本来でしたら、魔力を使ってリュータさまの疲れを癒して差し上げたいところですが、今は魔力をほぼすべてポーションに注入しているので、それもかないません。せめて、これをティアラさんとお分けください」
と、言って彼女は懐からポーションを一本取りだして俺に渡してくれた。本来ならば、これも軍に納品するものなのだろうが、俺たちに気を作ってくれたようだ。
それにしても……。
「それにしても軍はいったいどれだけポーションを求めれば気が済むんですか……」
正直なところ、こんなにも急ピッチでポーションを納品させられる理由が俺にはわからなかった。少なくとも俺の知る限り、ミナリアはどこかの国と戦争をしているわけではないのだ。
魔物討伐なんかにはポーションが必要なのかもしれないけど、それにしたってこんな量が必要だとは思えない。
そんな俺の言葉に聖女さまは何やら苦笑いを浮かべる。
「さあ、私には軍のことはわかりませんので……。ですが軍がそれを必要とするのであれば、私には断る理由はありません」
と言って、俺に力こぶを見せて元気アピールをする聖女さま。
が、その直後、眩暈に襲われたのか突然ふらつき始めたので「リーネさまっ!?」と、倒れそうになる彼女の身体を支えてやる。
俺に手を腰に回されて体を支えられる聖女さま。
どうでもいいけど軽いな……。なんて考えながらも「だ、大丈夫ですか?」と尋ねると、聖女さまは一瞬、気を失っていたのか少し混乱したように目を見開くと、何故か頬を真っ赤にした。
「はわわっ……リュータさま、ついにリュータさまが私に……」
と、何かを勘違いする。
「いや、なにもしないです……。それよりも大丈夫ですか? かなりお疲れのようですけど……」
と、そこまで言うと彼女はようやく事態を飲み込んだようで「こ、これは失礼しました……」と、慌てて自分の力で立つと恥ずかしそうに俺から顔を背けた。
「わ、私のことはお気になさらずに……」
「いや、ですが、かなりお疲れのようですし……」
「これが聖職者の務めです。私一人の苦労でこの国に平和が訪れるのであれば、私の身などどうなろうとかまいません。ですが、お気遣いありがとうございます」
「…………」
と、どこまでもエロいことを除けば聖女の鑑のようなことを言うリーネさま。と、そこで聖女の部屋のドアが開く。扉の方を見やると修道士の男がその場で跪いて「馬車の準備が整いました」と告げる。
「あ、はい、すぐに参ります」
どうやらまたどこかに行くようだ。聖女さまはここのところ忙しそうにボルボン城と聖堂を行ったり来たりしているのだ。
「またボルボン城ですか?」
とそんな彼女の身体を心配しつつそう尋ねると彼女は「え? えぇ……まあ……」と少しバツの悪そうな顔でそう答えた。
どうやら俺にさらに心配されるのを恐れたようだ。
「最近毎日王女殿下にお会いしているようですが、何かよくないことでも起きようとしているのですか? この間のザクテンでのことも気になりますし……」
俺には政はわからない。唯一気がかりなのはこの間のザクテンでのことだけだ。あの大衆食堂で見た情報屋を聖女さまは捕捉するとは言っていたが、いったいあの後どうなったのだろう。
そう尋ねると聖女さまはしばらく黙っていた。が、すぐに修道士を見やると「すぐに参りますので、下でお待ちください」と彼を部屋から追い出して俺を見上げた。
「リュータさま、このことは他言無用です。よろしいですか?」
どうやら、あまり事態は芳しくないようだ。彼女は少し表情を曇らせると「ザクテンで見つけた例の男の捕捉には失敗しました」と小さく呟いた。
「失敗……ですか?」
「はい、私としたことが尻尾を掴み損ねました。おそらく、あの者はザクテンの中枢部と繋がりのある者と思われます。必死に捕捉を続けていたのですが、王都に入った途端に不自然に姿が捕らえられなくなりました」
「それってどういうことですか?」
「おそらく、気づかれて妨害が入ったのだと思います。と言っても、まさか捕捉しているのが私だとは思われていないとは思いますが……」
なるほど、やっぱり例の情報屋はただの小遣い稼ぎをしているわけではないようだ。例のラブホで真剣に捕捉していたときは気がかりだったが、思っていたよりも深刻な問題らしい。
「そのことで王女様と?」
が、そんな俺の問いに彼女は首を横に振る。
「いえ、王女殿下とお会いするのはアングルのことです。最近、アングルとの国境が少し騒がしいようで、そのことで王女殿下と総司令の三人でお話をしておりました」
「何かあったんですか?」
「リュータさまはユリワスという街をご存じですか?」
「え? ま、まあ名前くらいは聞いたことがありますが……」
と言っても本当に名前を聞いたことがあるだけで行ったこともなければ、どんな街なのかも知らない。
「あの街は元々アングル人が大多数を占める街なのです。そのためアングルの人々はユリワスがミナリア領であることをよく思わない方が多いのです」
アングルとはザクテンとはミナリアを挟んで向かいに位置する隣国のことだ。
なるほど、平和だと思っていたミナリアにも領土問題というのは存在するようだ。この辺は俺のいた世界もここも一緒なんだな。
「実はユリワスで先日間者が見つかりました」
「間者? スパイですか?」
「はい、その者を尋問したところ、ユリワスのアングル人保護を大義名分にアングルが攻めてくる可能性があると吐いたようで……」
「それ……本当なんですか?」
攻めてくるとはなかなか穏やかな話ではない。どんな尋問をしたかは知らないが、そう易々とその間者のことを真に受けて大丈夫なのか?
「いえ、そこまではわかりません。総司令の話では五分五分だそうです。ですが、万が一に備えてしばらくは軍の半分を秘密裏にユリワス近くの基地に駐留させることになったようです」
「なんだか雲行きが怪しいですね……」
ミナリアの軍人がいったい何人いるかは知らないけど、ミナリア王国の半数の軍勢が移動するなんてただ事ではないはずだ。
「あまり目立った動きをすればアングルを刺激することになりますし、それに王都から軍の半分いなくなると、ザクテンとの国境沿いが手薄になってしまいます。慎重にことを運ぶ必要があるのです」
「それにポーションが必要だと?」
「えぇ、万が一に備えてユリワスの基地にも十分な量のポーションを備蓄しておく必要があるようです」
そこまで言って彼女は俺の両手を包み込むように掴んだ。
「リュータさまにはご苦労をおかけしているのは重々承知しております。ですが、もうしばらく辛抱していただくことになりそうです……」
まあ実際の事情は俺にはわからないが、とにもかくにも聖女さまのためにここはひと肌脱ぐしかないようだ。
けど、俺はただのエロ漫画家だぞ?
「まあ、俺に出来ることであればなんでもします。って言っても俺は絵を描くことしかできませんが……」
まあポーションを作るのにエロ漫画が必要なのはわかるけど、今一つ自分の行為がポーションづくりに役立っているという実感はない。
が、それでも彼女は俺の顔をじっと見つめると、ぎゅっと俺の手を掴む手に力を入れた。
「それで十分なのです。リュータさまのエロマンガはきっとこの国に平和をもたらします」
聖女さまは真剣だ。けど、なんでだろう。急に我に返ってこの人何言ってんだ? と思ってしまう自分もいる。
いやいやいかんいかん……。
俺は邪念を振り払うと「頑張ります」と彼女に答えておいた。
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