第26話 お絵描き教室
聖堂に戻ってきた俺はティアラと一緒にエロ漫画の執筆を再開することとなった。結局、前払いで貰った給料はそのほとんどがスラム街のお絵かき好きの少女たちの画材へと消えた。
俺は少女たちの「「「「おにいちゃんありがとう」」」」という目いっぱいの感謝の笑顔と引き換えにほぼ全財産を失った。
まあ、食事は聖堂が出してくれるし、家賃もないから食う寝るところに困ることはないけど、これでいよいよエロ漫画を描く以外のことができなくなった。
というわけで俺とティアラは往年の藤子不二雄先生よろしく仲良く机を並べて漫画の執筆にとりかかっていたのだが……。
俺は作業の手を止めると後ろを振り返った。
「おい、ティアラ……」
そして、背後の異様な光景を目の当たりにして、ティアラの袖を引っ張る。すると彼女は作業の手を止めて俺を見やった。
「な、なんですの? あ、もっとちゃんと隠さないと子供たちに見えちゃいますわ」
そう言って俺の体を引っ張って自分の方へと寄せるティアラ。と、そんな俺に誰かが声を掛けた。振り返るとそこには俺の買った紙と、俺の買った鉛ペンという名の鉛筆を持った幼い女の子が立っていた。
彼女は何やら嬉しそうに俺に紙を見せてくる。
「おいいちゃん……見て見て……」
どうやら俺に絵の出来栄えを確認してもらいたいようだ。そんな彼女に微笑ましさと懐の寂しさを感じながら紙を受け取ると、彼女の描いた絵とやらを見てみる。
「おー上手いなあ……いや、上手すぎじゃねえか……」
いや、上手すぎだろこれ……。
年齢的にはおそらく7歳か8歳ぐらいだろうか、彼女の画力は凄まじかった。おそらく、彼女が描いていたのは、俺のエロ漫画の1シーンの模写だと思われる。
というかこんなもん模写させてんじゃねーよ……。
が、彼女の画力は漫画家を目指していた高校生のころの画力に匹敵するレベルだ。お絵描き教室だとか言ってたから、自分の似顔絵やお花の絵なんかを自由気ままに描いていると思っていたが、俺の想像していたレベルをはるかに凌駕している。
いや、これ彼女が幼女じゃなきゃアシスタントにしたいレベルだぞ……。
と、彼女の画力に愕然としていた俺にティアラは自慢げに笑みを浮かべる。
「彼女たちには鉛ペンで模写をさせていますわ」
「いや、こんなもん模写させるなよ」
いくら絵の勉強のためとはいえ、見せて良いものと悪いものがあるんだぞティアラ。
が、そんな俺の言葉に彼女は慌てて首を横に振った。
「わ、わかってますわ。目にしても大丈夫なところだけを模写させてますわ」
一応配慮はあるようだ。確かに彼女はさっきからバリバリエロシーンを描いている俺と彼女の絵が少女たちに見えないように、俺の背中の位置を調整して隠している。
と、妙に納得する俺だが、俺が聞きたかったことはそのことではないことを思い出す。
「ってそういうことじゃねえんだよ……」
「じゃあなんですの? お土産を忘れたリュータさん」
「お前いつまでそのこと根に持ってんだよ……。なんで彼女たちは当たり前のようにこの部屋にいるんだ?」
そう、俺が聞きたかったのはこの狭い俺の部屋にあふれんばかりの少女たちが集結して思い思いにお絵描きを楽しんでいることだ。ちなみに目を覚ましたときにはすでにこうなっていた。
が、俺の質問に彼女は「今日はお絵描き教室の日ですわ」とあっけらかんと答える。
と、そこで別の幼女がティアラの服の裾をぐいぐいと引っ張った。
「てんてー描けたっ!!」
と、幼女はティアラにイラストを見せると、褒めて欲しいのか目をキラキラさせながらティアラを見上げる。ティアラは絵を真剣な眼差しで眺めるとうんうんと頷いて幼女に微笑みかけた。
「上手ですわ。じゃあ次はこっちを描いてくださいませ。きっとリエナなら描けますわ」
そう言ってリエナと呼ぶ少女の頭を優しく撫でてやると、彼女に描きたての健全なシーンの描かれた原稿を渡した。
そんな彼女に冷静にツッコミを入れる。
「いや、なんでここでやってんだよ。わざわざこんな狭いところでやらなくても、スラム街に行けばいくらでも場所はあるだろ……」
「聖女さまの粋な計らいですわ。お優しい聖女さまは子どもたちのお絵描き教室に聖堂を使ってもよいとおっしゃってくださいましたわ」
「いや、にしたってどうしてここなんだよ……」
「ここならば子供たちに教えながら作業も進められますわ。何か問題でもおありですの?」
「いや、大問題だろ……」
ここはエロ漫画の作業場だぞ? 幼女の健全な育成をもっとも妨げるスペースである謎の自信が俺にはある。
「あ、リュータさん、もう少しこっちに寄ってくださいまし。子供たちに見えてしまいますわ……」
が、そこでまたティアラが俺の服の袖を引っ張って、幼女たちからの視線を原稿から妨げようとする。
と、俺の背中の位置を調整したところで、彼女は背後でお絵描きをする幼女たちの方を向いた。
「みんな、こんばんは聖女さまが夕食とご馳走してくださいますわ。聖女さまにお会いしても失礼のないように、もうしばらくしたら、みんなでお風呂に入って祭服にお着替えをしますわ」
どうやら聖女さまは彼女たちに食事までご馳走するようだ。そんなティアラの言葉に彼女たちは「「「「はーいっ!!」」」」と嬉しそうに手を挙げた。
幼稚園かよ……ここは……。
※ ※ ※
というわけでそれからもしばらく幼女の視線を気にしつつ原稿を進めていた俺だったが、一区切りついたところで聖女さまに呼び出しを受けて、聖堂内の倉庫へとやって来た。
いったい何事だ? と、首を傾げていると彼女は倉庫中に積み重ねられた木箱を指さした。
「なんすかこれ……」
「全てポーションです。この後、軍の倉庫に納入する予定のものです」
「すげえ量だな……」
目の前には、前世で見たビールケースぐらいの大きさの木箱が縦横奥と凄まじい量が積まれている。
「これ、全部リーネさまが作ったんですか?」
そう尋ねると彼女は少し照れたように笑みを浮かべた。
可愛い。
「これもリュータさまとティアラさんのおかげです。お二人には神のご加護を……」
「でも、こんな量を製造してどうするんですか?」
「さあ……私にはわかりません。ですが私は聖女として軍から要請があれば、どのような理由であれその要請に応える義務があります」
どうやらそういうものらしい。俺には詳しい話はわからないが、きっとこの間お城で聞いたパワーバランスの話が関係してるのだろう。
聖堂と軍のパワーバランス。聖女にはどうやら、その調整役というのも任されているようだ。
にしてもこの量は凄い。いくら聖女がチートとはいえこの量のポーションを作るのには相当骨が折れるに違いない。
「大変なんですね……」
そんな彼女を慮ってそう言うが、そんな俺に彼女は首を横に振る。
「いえ、軍の方々は自らの血を賭けてこの国の平和を守っておられるのです。私にできることなどわずかですので、この程度のことで不満は言ってられません」
なるほど、目の前の聖女さまはエロに関して以外は本当に国民の模範的な存在のようだ。
※ ※ ※
ということで、倉庫でのポーションお披露目会を終えた俺は、再びティアラの待つ作業場兼お絵描き教室へと戻ることにしたのだが、その前に、一か所寄るべき場所があった。
それは大聖堂の一階奥にあるレッスンルームと書かれた小型の教会のような部屋だ。ドアを開けるとそこでは10人ほどの聖女見習いが並んで聖歌なのかなんなのか歌を歌っていた。
そして、その中に俺はお目当ての人物を見つけた。
と、そこで歌が終わったのか小教会は静まり返り、教官らしきおばさんが聖女見習いたちに声を掛ける。
「はい、じゃあ今日はこのぐらいにしておきましょう。皆さん、一生懸命は大切ですが、自分の歌ばかりに集中しすぎて、共鳴をおろそかにしないように」
「「「「はいっ!!」」」」
まるでアイドルのレッスンだな。祭服を身に纏った聖女見習いたちはみな、おばさんの言葉を聞き逃すまいと一生懸命おばさんを眺めている。
それにしても美少女ばかりだ。聖女のオーディションは見た目も重視されるのだろうか?
なんて考えながら眺めていると、おばさんは俺のお目当ての人、つまりは俺の世話役を仰せつかっているアセリアを見やった。
「アセリアさん、特にあなたですよっ」
どうやら彼女が劣等生だというのは本当のようだ。みんなの前で名指しされたアセリアは恥ずかしそうに頬を赤らめると「す、すみません……」と頭を下げた。
「では、明日またお会いしましょう。皆さんごきげんよう」
ということでちょうどレッスンは終わったようだ。俺は目的を達成させるためにアセリアのもとへと歩み寄る。
「おい、アセリアっ!!」
が、俺の姿を見つけたアセリアは周りの視線を気にするように目をきょろきょろさせると、慌てて俺のもとへと駆け寄ってくる。
「え? なっ!? はわわっ……」
と、わけのわからん声を発すると、俺の手を取って慌ててレッスンルームから俺を連れ出した。
そして、
「み、みんなの前で声かけないでってば。知り合いだと思われるでしょ……」
「おうおう失礼な物言いですな。ってか、お前が俺の世話係ってことは他のやつらも知ってるんだろ?」
「そ、そうだけど……。なんか恥ずかしいからやめて……」
とにもかくにも俺の世話係であることを他の人たちに知らしめるような行為は慎んでほしいようだ。
が、そんな事情は俺は知らん。
「聖女ってのはアイドルのレッスンみたいなことをするんだな」
と、俺が尋ねると彼女は首を傾げる。
「アイドル?」
あ、そうだった……。
「いや、なんでもない。歌の練習なんてするんだなって思って……」
と、尋ねると彼女は「当たり前でしょ」と呆れたように俺を見上げた。
「聖女見習いは基本的には聖女さまのサポートするのが仕事なんだもん」
「それとお歌となんの関係があるんだよ」
「大有りよ。ってか、あんたそんなことも知らないの? 有事の際は、私たち聖女見習いは心を一つにして自分たちの持つ魔力を聖女さまに送るの。そのためには聖歌を謳うのが一番効率的なのよ。みんなで心を一つにして聖女さまに魔力を送るの」
「へぇ……よくわからんけど、そういうものなんだな……」
と、そっけなく答えると彼女は何やら表情を曇らせて俺から顔を背ける。
「でも、最近は歌のレッスンばかりでちょっと飽きて来たかも……」
「歌は嫌いなのか?」
「べ、別に嫌いじゃないけど、私……あんまり得意じゃないし……」
「まるで歌以外は得意のような言い草だな」
と、言うと彼女に力いっぱいつま先を踏まれた。
「痛てっ!!」
「う、歌が特に苦手なの……私、音痴だし……」
「音痴だとマズいのか?」
と、素朴な疑問を口にすると彼女は「別にそういうわけじゃないけど……」と小さく答える。
「基本的な目的は聖女見習い同士の心を通わせることが目的なんだけど、やっぱり音痴だと目立つし……恥ずかしいもん……」
どうやら彼女は他人の目が気になるお年頃のようだ。
「実はね、聖女さまから聖歌のレッスンを重点的にやれっていうお達しがあったそうなの。だから、ここのところはこればっか……はぁ……恥ずかしい……」
と、頬を赤くしたままうつむく彼女を眺めつつも、俺は懐からあるものを取り出した。
「ほら、お前のお目当てのものだよ」
俺はそう言って彼女に絵巻物を差し出した。これは隣国で手に入れた俺の過去作の一つだ。聖女さまに資料として借りたいと適当に言い訳をして借りたものである。
が、アシリアは絵巻物を見た瞬間、慌ててあたりを見渡すと俺へと身体を寄せる。
「は、恥ずかしいからそんなもん見せないでよ……」
「いや、絵巻物だし、見られてもこれが何なのかわからないだろ……」
「そ、そうかもしれないけど……」
「別に必要ないなら、持って帰るけど」
と、少し意地悪なことを言うと、彼女は慌てて首を横に振った。
「い、いるのっ!! そ、それがなきゃ、私、本当に落第しちゃうし……」
そう言うと、彼女は慌てて俺からエロ漫画を奪い取ると、それを懐にしまった。
「じゃ、じゃあこれで俺の用は終わりだ。練習頑張れよ」
と、目的を終えた俺は彼女の前から立ち去ろうと踵を返す。が、そんな俺を彼女が「ちょ、ちょっと待って」と呼び止める。
「なんだよ。まだ何か用か?」
「ち、違う……け、けど……その……あ、ありがとう……」
と、言うと彼女は両手を組んで恥ずかしそうに俺を見やった。
そして、
「あ、あんたにその……神のご加護を……」
どうやら劣等生でも礼儀というものは持ち合わせているようだ。
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