第16話 村人たちの思惑
色々と話が変わってきた。
もしもアリナの話が本当なのだとしたら、そもそも俺たちがここにやってきた意味がなくなってしまう。
もしもオークたちが何もしていないのに聖女さまがオークを討伐なんてしてしまったら、それはただの虐殺だ。そんなことが王国民たちに伝わってしまったら、いくら聖女だったとしても、いや聖女だからこそ、彼女の神聖さに大きな傷がつくことになる。
「アリナ、ちょっとここで待っててくれっ!!」
俺は慌てて聖女のいる小屋へと戻った。
「ぶ、無礼者っ!! 私をこのように辱めて、それでもあなたたちは神より生を預かった神子なのですかっ!? み、見ないで……」
いや、まだやってたのかよ……。
劇団聖女さまと森のオークたち第一回公演『傾国の聖女と罪深き森のオーク』(原作リュータ・ロー)は絶賛上演中だった。
多分自分でやったのだろうけど祭服を僅かに乱れさせ、谷間を露わにする聖女さまと、そんな彼女に困ったように頭を掻くオーク。
聖女さまホント幸せそう……。悲しそうな顔してるけど幸せそう……。
だが、残念ながら上演は中止だ。彼女のもとへと歩み寄ると彼女を現実に引き戻す。
「リーネさま、ちょっと外に来てください」
「リュータさま、あ、あなたもですかっ!?」
と、恐怖と憎悪の表情で俺を見上げながら胸を押さえる聖女さま。
いや、俺を仲間に入れるな……。俺まで変態だと思われるだろ。
「リーネさま、ちょっと大事なお話があります」
「リュータさま……信じていましたのに……」
聖女さま、無礼をお許しください。
「おいっ!! さっさと目を覚ましやがれっ!! この変態女っ!!」
と大声で叫ぶと聖女さまははっとしたように目を見開いた。ようやく目を覚ましてくれたようだ。
「りゅ、リュータさまっ!? どうしたのですか?」
「外で大事な話があります」
そう言って彼女の腕を掴むと強引に立ち上がらせる。そんな俺の手荒な真似に聖女さまは何やら頬を真っ赤に染めて俺から顔を背ける。
「リュータさま……なにやら今宵は手荒ですね……」
「リーネさま、ちょっと黙りましょうか……」
そう言って彼女を小屋の外へと引っ張り出した。
※ ※ ※
アリナから事情を聞いた聖女さまは何やら考えるように顎に手を当てた。あと、どうでもいいけど祭服が乱れたままなので、わずかに破けた祭服からは依然として大きな胸の谷間が露見している。
目のやり場に困る……。
「それは事実なのですか?」
と、聖女はアリナに尋ねる。すると、アリナは「本当ですっ!!」と聖女を見つめる。
「神に誓って事実だと言えますか?」
「はい、ミナリア王国民として、神に誓って本当だと言えます」
「神に誓われてしまっては信じないわけにはいきませんね……」
どうやら聖女さまにもアリナが嘘を吐いているようには見えなかったようだ。何やら悩むように眉を潜めている。
「せ、聖女さま、ここにいるオークたちは私の大切なお友達です。それにここにいるオークたちは人間を襲うなんてことは絶対にしません。だから、オークたちを討伐なんてしないでくださいっ!!」
と、聖女さまに縋るように訴えるアリナ。
安心しろアリナ。聖女さまはオークを襲いに来たんじゃない。オークに襲われに来たんだ。
「アリナさん、あなたはオークと村人は物々交換をされているとおっしゃってましたね」
「は、はい……。サテナの村人はオークに麦を渡す代わりに、森で取れる木の実や野鳥の肉を貰っています」
要するにサテナの村人とオークたちはWINWINの関係だということだ。村人たちは小麦の一部をオークに渡すことによって、狩猟採集をオークたちに頼んでいることになる。
仮にアリナの話が本当で村長の話が嘘だったとする。仮にそうだったとして、聖女さまにオークの討伐を依頼して彼らに何の得があるのだ?
オークが仮にいなくなったとすれば、村人の代わりに狩猟採集を行ってくれる存在がいなくなる。そうなるとこれまで農夫として働いていた人間の一部が森で狩猟採集を行わなくてはならなくなるのだ。
確かにそれができないわけではないし、森は自由に使えるようになる。だけど、わざわざ聖女に嘘を吐いてまでオークの討伐を依頼するだろうか?
それならお互いに得意な分野で働いた方が効率的だ。ましてやアリナの話ではオークたちは村人に友好的な存在なのだ。
アリナの話を信じるにしても村長の話を信じるにしても双方にとってメリットが全く感じられなかった。
もちろんそのことは聖女も理解しているようで、彼女は「う~ん……」と眉を潜めている。
俺はアリナを見やった。彼女はオークと二人で何かを話し合っているようだったが、オーク語のわからない俺には何の話をしているのかさっぱりわからない。だが、彼女は何かをオークに必死に訴えかけているようだった。
そして会話が終わると彼女は聖女さまを見上げた。
「聖女さま……オークが聖女さまを神殿に連れて行くとおっしゃっています」
「神殿……ですか?」
「はい、この森のさらに奥にオークたちの信じる神の神殿があります。オークは聖女さまをそこへご案内すると言っています」
「案内ですか……。ですが、どうして彼らは私をそのような場所へ案内するとおっしゃっているのですか?」
「オークたちは信頼できる人しか神殿には案内しません。サテナの村人の中でも神殿の場所を知っているのは私だけです……」
なるほど、オークたちは自分たちしか出入りできないはずの神殿に案内することによって、自らの身の潔白を証明するつもりらしい。
「わかりました。オークの方々のお言葉に甘えて、案内していただきましょう」
かくして俺たちはオークの崇める神殿とやらに案内されることとなった。
※ ※ ※
聞いてないよ……こんなに遠いなんて聞いてないよ……。
遠い……とにかく遠い。俺たちはアリナと松明を持った数匹のオークたちによって森のさらに奥深くへと歩いていく。が、もうかれこれ30分近く歩いているというのに、一向に神殿とやらは見えてこない。
もう足が棒になってこれ以上歩けそうにないです……。
聖女さまを見やった。聖女さまは何やら肌寒そうに身を縮こませている。
完全に自業自得ではあるが、破れた祭服があだとなり夜の冷気が彼女の身体を冷やしているようだ。
いや、ほんと自業自得だけど。
が、まあ凍える女の子を無視できるほど、俺は人間が出来ていない。俺はローブを脱ぐと聖女の肩にそれをかけてやった。
「リュータさま?」
肩にローブをかけられた彼女は驚いたように俺を見やった。
「さすがに寒いでしょ。これを着てください」
「ですがそれではリュータさまが」
「俺は大丈夫です。これだけ歩かされてむしろ暑いぐらいなので」
聖女さまはしばらく悩むようにローブと俺の顔を交互に見やったが、寒さには勝てなかったようで「それではお言葉に甘えて……」とぬくぬくのローブの袖に腕を通した。
それからさらに10分ほど歩いてオークたちは一斉に足を止めた。
着いたのか?
俺はあたりを見渡してみるが、どこを見てもただ樹木が生い茂っているだけで神殿らしきものは見当たらない。
が、そんな俺にオークの一人が地面を指さした。そして、彼はしゃがみ込むと地面に積もった落ち葉を手で払う。そこにはマンホールのような金属製の蓋が現れる。
なるほど……神殿は地下にあるようだ。
オークが蓋を外すと、そこには地下へと続く階段が姿を現した。続々と地下へと降りていくオークたちとアリナ。俺は聖女さまを見やった。
「入って大丈夫なんですか?」
「何か不都合なことでもあるのですか?」
「いえ……ですが、オークの罠ではないとは言い切れないので……」
俺はアリナの言葉が嘘だとは思えなかった。が、彼女自身もオークたちに騙されていて、俺たちがこの地下室に閉じ込められる可能性だってゼロではないのだ。
が、心配する俺に聖女さまは微笑む。
「ご安心ください。もしも何かが起きたら私が全力でリュータさまをお守りします。それとも私の力を疑っておられるのですか?」
「い、いえ、そういうわけではないですけど……」
「それにオークの方々は私たちを信頼に足る存在だと思って、神殿に案内してくださったのです。そんな彼らの厚意を聖女として私は無下にするつもりはありません」
そこまで言われて二の足を踏む理由はない。俺は覚悟を決めて地下へと続く階段を下りていくことにした。
オークの持つ松明を頼りに、石でできた階段を下りていく俺と聖女さま。すると階段の先に明るい空間が見えてくる。
階段を下りるとそこには学校の体育館ほどはありそうな巨大な空間が広がっていた。
石造りの壁には無数の光源石がはめ込まれており、松明がなくても室内全体がまんべんなく照らされている。そして神殿の奥にはこれ木造の巨大な祭壇のような物が鎮座している。
正直なところオークの作るものだから神殿とは言っても、それなりにちゃちな物を想像していた。だが、広がっているのは古代遺跡を彷彿とさせるような荘厳な空間だった。
地下神殿の天井は無数の太い石の支柱によって支えられており、ちょっとやそっとの自身では崩れそうにない。
まあこの世界で地震を体験したことはないけどね……。
「お、驚きました……」
と、俺の気持ちを代弁するように聖女さまが呟いた。
「ここはオークたちがもっとも大切にしている場所です。ここにはオークたちが信仰する神様がいるそうです」
アリナが俺たちにそう説明をする。と、そこでオークたちが俺たちを促すようにこちらを見やるので奥へと歩いていくことにした。そして、祭壇の前までやってくるとオークたちは懐から何かを取り出した。
それは数珠のような物だった。が、そこに束ねられているのは真珠ではなく何かの宝石のようだ。
彼らは一様に数珠を右手に掴むとその場に跪く。そしてアリナもまた同じく数珠を掴むと跪く。
そんな彼らを呆然と眺めていた俺だったが、聖女さまもまた祭壇の前で跪くのを見て目を見開いた。
「おいおいリーネさま……いいんですか?」
「何か不都合なことでもあるのですか?」
「いや……だけど……」
だけど彼女は聖女だ。俺は宗教について詳しいわけではないが、オークの信仰する神の前に俺たちの王国の聖女が跪くことに俺は違和感を抱く。
だがそんな俺に彼女は優しく微笑んだ。
「私たちが神を信仰するように、オークの方々もこの神を信仰するのです。この世界では国や種族が無数にあるように神も同じく存在します。私に彼らの信仰する神を侮辱する理由は見つかりません」
さすがは聖女さまである。彼女の清らかな心を目の当たりにして、俺はさっきまで彼女がオークたちに変態プレイを強要していたことを忘れそうになる。
俺は聖女さまの隣に跪くと、オークの一匹が祭壇へとゆっくりと歩いていく。そして、観音開きになっている祭壇の扉をゆっくりと開いた。
そして、扉の奥には高さ一メートルはありそうな巨大な物体が鎮座していた。
どうやらこれが彼らの信奉する神の姿のようだ。
それは……見たところ宝石だった。
エメラルド? ……かどうかは知らないがその文字通りエメラルドグリーンの宝石は丁寧に磨き上げられており、光源石の光を四方へと反射させている。
どうやら彼らやアリナが掴んでいる数珠も同じ宝石でできているようだ。
おそらくこの美しい宝石はオークにとっては信仰に値する神聖な存在らしい。
そのあまりの美しさに俺が息を呑んでいると隣で聖女さまが「なるほど……」と呟いた。
「聖女さま?」
と、首を傾げる。すると、彼女は俺へと顔を向けた。
「リュータさま、この石がなんだかわかりますか?」
「いえ、ただ美しいとしか……」
「これはラキスラズリと呼ばれる叡智の石です」
「叡智……ですか?」
「はい、これはこの世界の生きとし生けるものに叡智を与える力を持つ貴重な宝石です。ですがここまで大きな物をみるのは初めてです」
「そ、そうなんですか……」
とポカンとする俺に聖女さまはクスッと笑う。が、すぐに彼女は真剣な眼差しで俺を見つめた。
「リュータさま、すぐに村へ戻りましょう」
どうやら聖女さまは何か行動を起こすようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます