第15話 人間の少女

 結局、聖女さまは嬉しそうにオークから縛られて、嬉しそうにオークに担がれ、嬉しそうに森のさらに奥へと連れていかれていく。


 そんな彼女とオークたちについていくが、オークたちは露骨に動揺したような表情を浮かべながらオーク語で何やら会話をしている。


 もちろん俺はオーク語なんてわからない。


 けどあら不思議……。


 彼らに言葉にできないシンパシーを感じちゃっている俺は、彼らの表情から何となくだが彼らの言葉の意味が理解できるような気がした。


『おい、どうするんだよこれ……』


『この女、絶対に強いよな……。なのになんでこいつ自分から捕まりにきたんだ?』


『いや、わかんねえよ……。こいつの目的はなんだ?』


『こっちが聞きてえよ。けど抵抗しようとしても、この光のロープみたいなのが頑丈でこうするしかねえんだよ……』


 等々、勝手に想像して脳内翻訳をしてみるが、彼らの表情を見ている限り割と当たってそうなのが悲しい。


 というわけでしぶしぶ聖女さまを森の奥へと運んでいくオーク。そんな彼らを追いかけていると、ふと木造の小屋のような物が見えてきた。


 それがオークの建てたものか、人間が建てて破棄したものかはわからないが、ここがオークの寝床の一つのようである。


 オークは一度聖女を見やると「はぁ……」とため息を吐いて小屋の中に入っていく。俺はそんなオークに慌てて近寄ると扉の隙間に体を滑り込ませた。


 オークという生き物が実際のところどういった存在なのかはよくわからないが、部屋に入ってみると意外と文化的な空間が広がっており少し驚いた。


 小屋には暖炉のような物やベッド、さらには武器や食器をしまっておくための戸棚まで設置されている。


 どうやら彼らは俺が思っていた以上に知能の高い存在のようだ。もちろん警戒を解いたわけではないが、俺のオークに対して抱いていた印象とはかなりかけ離れている。


 ベッドの上ではメスのオークが赤子のオークにおっぱいを上げていた。


 そして、オークに担がれた聖女さまは相変わらず嬉しそうに「な、何をするんですかっ!? 私をどうするつもりですかっ!!」とオークプレイを楽しんでおられる。


 と、その時、不意に天井の方からガサゴソと物音がした。その物音に天井を見上げると、ロフトらしき空間から誰かが聖女さまを覗いているのが見えた。


「に、人間っ!?」


 思わずそう叫んでしまった。俺は思わず自分の口を塞ぐがよくよく考えてみると、人払いの魔法をかけられているのだ。オークたちは俺たちに気がついていないようだ。


 安堵しながらも再び天井を見やると、やっぱりロフトからは人間が下を覗いている。


 短髪の少女だった。顔しか見えないがかなり幼い印象で精々12、3歳だ。少女は何やら目を丸くして、縛られた聖女さまを眺めていた。


 いや、なんでこんなところに人間がいるんだ?


 もしかしてこの子はオークに攫われたのか? 明らかに異質な存在に俺は呆然と少女を眺めていると、彼女は慌てて梯子を使って降りてきた。


 そして、


「う、うおっ!! うおうおっ!!」


 と、少女は少なくとも俺たちの国の国民とは違う言語でオークに話しかける。するとオークは同じように「うおっ!! うおうお」と返事をする。


 どうやらコミュニケーションを取っているようだ。あくまで主観ではあるがオークと少女は友好的に会話をしているようだ。


 オークを野蛮な存在だと思っていただけに意外である。


少女は次に縛られた聖女を見やる。


 そして、


「せ、聖女さま……どうしてこんなところに?」


 彼女は人間の言葉で聖女に話しかける。が、聖女さまはすっかりあっちの世界に行ってしまっているようで「あぁ~私襲われちゃう……幸せ……」と全く会話が耳に入っていない。


 戻ってこいっ!! 聖女っ!! 戻ってきやがれっ!!


 が、ほわほわした表情で帰ってきそうにない。


 なんとなくだが、ここは大切な局面な気がする。聖女からは黙って私の絵を描けと命じられているが、これは例外だな。


 俺は聖女に近寄るとポンポンと聖女の肩を叩く。


 が、


「んんっ……やだっ……」


 と、いやらしい吐息を漏らすだけだ。


 くっそうこのクソ変態女……。俺は再び聖女の肩を掴むと今度は力いっぱい聖女の体を揺する。


「おいっ!! 変態女聞こえてるかっ!? さっさと目を覚ましやがれっ!!」


 と、彼女に大声で話しかけると、そこでようやく聖女さまははっとしたようにこっちに戻ってきた。


「りゅ、リュータさまっ!! こんなに近くに来たら危険です」


「リーネさま、人間です。人間の子どもがいますよっ!!」


 とそこまで言って彼女はようやく人間の少女の存在に気がついた。


「聖女さま、俺の人払いの魔法を解いていただけませんか?」


「で、ですが……」


 なんとなくだが彼女とは会話ができるような気がした。そして今の聖女さまにはまともな会話ができないような気がした。


「もしも俺が危険になったら聖女さまが助けてくれればいいんです。それぐらい朝めし前でしょ?」


「そ、それもそうですね……。ですが気をつけてくださいね」


 そう言うと聖女さまは何かをぶつぶつと唱えた。どうやら俺の人払いの魔法は解けたようで後ろにいたオークが「うぅおおおおおおおおっ!!」と叫んで俺に武器を向ける。


 あ、やばい。


「ちょ、ちょっと待ってくれっ!! 俺は怪しいものじゃないっ!! 聖女さまの護衛の者だっ!!」


 まあ専属エロ漫画家なんだけどね……。


 とりあえず相手を威嚇しないように両手を上げると、少女が「うおおおっ!! うおうおっ!!」とオークたちに何かを話しかけた。そして、その直後、オークは武器を下ろした。


 そして、少女は俺のもとへと歩み寄ってくる。


「どうして聖女さまがこんなところにいるんですか?」


 と、俺を見上げた。


 変態がしたいからですよ。というのが本音だがそう説明するわけにもいかない。とりあえず俺は「できれば外で話ができないか?」と提案をすると、彼女は「わかりました……」と頷いた。


 そして、俺と少女、それから俺を不審に思ったのかオーク一匹が外に出た。


 するとオークが少女に向かって何か話しかける。


「この者は突然、聖女さまが現れて自分をロープで縛るように強要してきたと言っています」


 ですよね……。やっぱりオークも聖女さまの変態性にかなり動揺しているようだ。


「な、なんというかその……聖女さまは変なキノコを食ったみたいなんだ……」


 とりあえず出まかせでそう説明をしておく。


「き、キノコ?」


「ああ、どうやら食えるキノコと毒キノコを見間違えたようなんだ。そのせいで聖女さまはなんというかその……おかしくなってしまわれた」


 そんな俺の言葉を少女が通訳する。するとオークも少女に何か言葉を返す。


「それはおそらくマルティアというキノコだそうです。食用のキノコと見た目がよく似ていて、食べた人は淫乱な状態になってしまうそうです」


 いや、ホントにあるのかよそんなキノコ……。


 とんでもない変態キノコの存在に愕然とする俺だったが、ここは好都合だ。そういうことにしておこう。


「キノコの毒は一時間ほどで落ち着くそうです。それよりもどうして聖女さまがこんな森の奥深くにいらっしゃるのですか?」


 と、彼女は俺に尋ねた。


「その前に答えてくれ。きみこそ、どうしてオークの森の中にいるんだ? オークの言葉も理解できるみたいだし、きみは何者だ?」


 そう尋ねると彼女はわずかに笑みを浮かべた。


「私はアリナといいます。ここにいるのは私が彼らとお友達だからです。オークの言葉はここに通っているうちに自然と覚えました」


「お、お友達っ!? こんな野蛮な種族とお友達って怖くないのか?」


 そう尋ねると彼女の視線が険しくなった。


 どうやら地雷を踏んでしまったようだ。


「彼らは野蛮なんかではありませんっ!! 大切な私のお友達です。偉い人なのかもしれませんが友達を悪く言うのはやめてください」


「え? あぁ……悪かったな。許してくれ」


 と、素直に頭を下げると、彼女は笑みを浮かべる。


「いえ、確かに人間がオークを恐れる気持ちはわかります。オークたちの中には人里に下りて酷いことをする者もいるそうなので……」


「ということは、ここにいるオークはそうではないのか?」


 そんな少女の言葉に俺は首を傾げる。


 おいおいなんだか聞いていた話と違うぞ……。


「もちろんです。ここに住むオークたちは昔からサテナの村人たちとも交流があります。それに物々交換などで利害が一致しているので、人間側から攻撃しない限り友好的な存在です」


「ゆ、友好的? ちょっと待ってくれ。俺たちはサテナの村人たちがオークに畑を荒らされたって聞いてやって来たんだ」


 なんだか少女と話が噛み合わない。少女の話を聞く限り、オークがサテナの村を襲うなんてありえないように感じる。


 そして、俺の言葉にアリナは驚いたように目を見開く。


「そ、そんなことありえませんっ!! どうしてオークが村の畑を襲う必要があるんですかっ!? そんなことをしなくても村の農作物はオークたちが狩猟で手に入れたものと交換すれば手に入ります」


「はあっ!? で、でも村長はそんな風には言っていなかったぞっ!?」


 おいおいどういうことだ……。


 彼女の言葉とあのクソ変態村長の言葉では言っていることが真逆だ。


 つまりそれはどちらかが嘘を吐いているか勘違いをしているということになる。


 俺はアリナをじっと見つめた。


 少なくとも俺には彼女が嘘を吐いているようには見えなかった。

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