第29話 聖女さまの弁明とお絵描き教室
というわけで大司教と大聖女の会議に参加することとなった俺。あとの二人に比べて圧倒的に俺だけ場違い感があるのは否めないが、少なくとも聖女さまが許可してくれた以上は問題ないはずだ。
ということで三人であれやこれやと話し合っていたが、残念ながらそう簡単に答えは出そうにない。
そして俺たち三人の中で最も強硬派だったのは意外にも大司教エロマニエだった。
「聖女さまを侮辱するような輩はすぐにでも捕えましょう。尋問すれば情報の出所もはっきりするはずです」
と唾を飛ばしながら大聖女に提案する大司教。まあ、普通に考えればそれが一番だ。記者たちを尋問して、情報元を探ったうえで記事の内容を否定するのが一番手っ取り早い方法だと思った。
だが、そんな大司教の提案に聖女さまは首を横に振る。
「それはなりません」
「ど、どうしてですかっ!?」
そんな聖女さまに思わず声を漏らしたのは俺だった。正直なところ、俺にはその記者とやらを野放しにしておくメリットが思いつかなかった。
そんな俺の疑問に聖女さまは俺を安心させるように微笑む。
「今、私が権力を使ってその記者の者を捕まえたら王国民はどう思うでしょうか? 私ならば、聖女が聖堂の力を使って口を封じたと考えます」
「ですけど……」
「リュータさま、聖女というものは王国民の信頼があって初めて、その力を持つことのできる危うい存在なのです。聖女とは王国民が不必要だと感じればただの一巫女にすぎないのです」
どうやら彼女は事件の真相を暴くことよりも、王国民からの不信感を心配したようである。
確かに聖女という存在は王国民の信頼によって成り立つ存在なのかもしれない。聖女は特に政治の実権を握っているわけではない。彼女のことを誰も聖女だと信じなくなってしまったら、この国に王国民の象徴のような存在は必要ない。
だから、彼女が王国民の信頼を優先するのは当然と言えば当然だ。
だが、
「ですが、かの者たちを野放しにしていては聖女さまへの信頼に泥を塗られるばかりです。諸悪の根源を突き止めないことにはますます聖女さまのお立ち場が……」
と、大司教はそんな聖女さまの言葉に不満があるようだ。
もちろん、俺には大司教の言葉の意味も理解できた。大司教としては聖女さまの信頼を大切にするからこそ、諸悪の根源を断ち切る必要があると考えているのだろう。
だけど、聖女さまはやはり首を縦に振らない。
「仮に記者を捕えたとして、その者が自供する補償などありません。もしもこの記事の背後に巨大な協力者がいるのだとすれば、自分の身元を暴かせるようなことはしないでしょう。きっと記者たちにはそれ相応の魔力がかかっているはずです」
と、そこで俺はふとティアラにエロ漫画を描かせていた神父のことを思い出す。彼は聖女さまの厳しい折檻によって心を入れ替えたように見えた。だけど、それでも自分の雇い主については口を開かなかった。
いや、開けなかったのだ。あの時神父は不自然に口を噤み、聖女はそれを咎めなかった。それは彼女自身がこれ以上追求しても無駄だと判断したからだろう。
もしかしたら新聞を書いた記者にも同じような魔法がかかっているかもしれない。だとしたら、リスクを犯して捕まえても無駄骨になってしまう可能性が高いのだ。
「そもそも今回のこの記事には新聞業を営む者たちにメリットがないとは思いませんか?」
と、そこで彼女は俺にそう尋ねた。
「そ、そりゃ……魅力的な記事を書けばそれなりに収入も増えるんじゃないんですか?」
「確かに多少は増えるでしょう。ですが、新聞は高級品です。これを読んだ市民が購入できるようなものではないのです。そこまで大幅に読者を増やせるとは私には思えません」
確かにそうだ。そりゃ少しは読者が増えるかもしれないが、それにしても今回の記事はリスクが大きすぎるように思えた。国王や王女、さらには聖堂の怒りに触れてしまったらそもそも新聞業自体が廃業に追いやられるリスクだってあるのだ。
そこまでして今回の記事を書くメリットが多い用には確かに思えなかった。
「だとしたら、この記事を書けば誰が得をするのかを考えるべきです」
「少なくとも俺にはそんなメリットを感じるような人間は思い浮かびません」
少なくとも聖女さまがエロ漫画狂いなことを知っている人間はごく一部なのだ。俺と大司教と大聖女、それにおまけのアセリアぐらいだ。少なくとも俺たち三人には聖堂の力が衰えて得をするような人間はいない。
それにアセリアだって聖女さまに心酔している人間の一人だ。情報を漏らすとは少なくとも俺には思えなかった。
だとしたら、何かしらの方法で情報が漏れてしまったと考えた方が現実的だ。
だけど、いったい誰が情報を手に入れたんだ?
「とにもかくにも私は王国民に弁明をしなければなりません。聖堂の前に多くの王国民が詰めかけていると伺っています。信じてもらえるかはわかりませんが、私、自らが王国民に直接説明します」
そう言って聖女さまは大司教を見た。大司教は聖女さまの意図をくみ取ったようで「おおせのままに」と部屋を出て行った。
どうやら、本当に聖女さまが王国民に弁明を試みるようだ。
※ ※ ※
ということで聖女さまは本当に詰めかけた王国民の前に立ち弁明を始めた。
まず、オークについては討伐目的で森に入ったが、オークたちの叡智に触れ討伐を止めたと説明した。
そして愛人疑惑については俺が大魔術師であること、そして俺の書いた魔導書のおかげでポーションの質が上がったこと。さらには卑猥な書物についてはそもそもそのような事実はないと説明した。
聖女さまが聖堂の前へと出向き、わざわざ王国民の前で釈明をしたことは、少なからず王国民には効果はあったようだ。何せ聖女さまは王国民にとっては信仰に値する崇高なそんざいである。そんな聖女さまがわざわざ自ら出向いて説明をしたことは、彼らにとっては意外だったようだ。
だが、完全に聖女さまへの疑惑が払しょくされたかどうかは……かなり怪しい。
まあ、とりあえず今日のところは王国民たちも満足はしてくれたようで、解散してくれたので一先ず一安心だ。
が、聖女さまは帰っていく王国民を眺めながら深刻そうな表情を浮かべていた。
だけど、今は王国民をしんじるしかないのだ。ということで、聖女さまから「心配をおかけしました。あとは私にお任せください」と言われて俺は自室へと戻った。
のだが、その日の夜。
「おい、これはなんだ……」
なんだか部屋の外が騒がしい。そう思って、様子を見に部屋のドアを開けた俺は廊下に広がる光景に我が目を疑った。
そこには子ども、子ども……子ども……。100人近い子どもの姿があった。少なくともこの間俺の部屋に押し寄せてきた幼女の数十倍はいる。
そして、その先頭ではティアラがニコニコしながら歩いているのが見えた。
「ティ、ティアラさん?」
と、その異様な光景にティアラに声を掛けると彼女はニコニコしながら俺を見やる。
「あ、リュータさん、ちょうどいいですわ。リュータさんも一緒に大広間に参りましょう」
「は? ちょっと何を言っているのかわかりかねますが……」
どういう状況だよこれは……。
「聖女さまのご厚意ですわ。より多くの子どもたちに絵を教えられるよう、聖女さまがお絵描き教室の合宿を開いてくださったのですわ」
と、なにやら感動したように目をキラキラさせて俺に説明をするティアラ。
なるほど……にしてもこの人数は多すぎやしねえか?
「リュータさんにも是非、子どもたちに絵を教えてあげて欲しいですわ。子どもたちに手に職を付けて自立してもらうのが、私の願いなのですわ」
「な、なるほど……」
「ほらほら、リュータさま、早く一緒においでくださいませ。子どもたちがリュータさんに絵を教えてもらおうとうずうずしてますわ」
ということで、俺は聖女さまが企画したお絵描き合宿とやらに強制参加させられることとなった。
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