第30話 お絵描き教室
とういわけで俺はティアラに連れられて大広間へとやってきた。ざっと100人はいそうな子どもたちだったが、さすがは大聖堂の大広間である。それだけの子どもが押し寄せてもスペースにはまだ余裕がある。
大広間には聖女さまが用意したのだろうか、いくつもの子供用の長テーブルが並べられており、テーブルには丁寧に紙と鉛ペンまで置かれていた。
至れり尽くせりの子どもたちはさっそくペンを片手に思い思いの絵を描いていく。
そんな光景を眺めていると、不本意ながら俺みたいな人間でも微笑ましく思えてくる。と、そこで一人の女の子がティアラのもとへと歩み寄ってくると、彼女の袖をぐいぐいと引っ張る。
「てんてーできた」
と、絵を差し出す彼女からティアラが絵を受け取るとニコニコしながらそれを眺める。
「ホントみんな上手ですわ。よしよしですわ。この調子で頑張ってくださいまし」
とティアラに頭を撫でられて嬉しそうな顔をする女の子。が、彼女は俺からも褒めてもらいたかったのか、今度はその絵を俺に差し出した。
「おいいちゃんも見て……」
どれどれ?
と、絵を受け取った俺は、彼女の描いた絵を眺めてみる。
それは前回同様『傾国の聖女と罪深き森のオーク』の健全なシーンだった。
「いや、ほんと上手っすね……」
と、そのあまりにも上手いその絵に愕然としていながらも、頭を撫でてやると彼女は満足したように自分のテーブルへと戻っていった。
ってか、今日はお手本用の絵巻物はないはずなんだけど……あの子、何も見ずにアレを描いたのか……。
と、ティアラお絵描き教室のあまりのレベルの高さに動揺していると、ふと大広間の扉が開いた。
「あら、リーネの愛人じゃない」
と、ドアが開くとともに何やら聞き覚えのある声が、広間に響き渡る。ドアの方を見やると、そこには何やら見覚えのある高貴なお方の姿が見えた。
「お、王女さまっ!?」
おいおい……なんで王女さまがこんなところにいるんだよ……。
と、目を丸くしていると、何やら質素な祭服を身に纏った彼女は俺のもとへと駆けてきた。
「久しぶりね。愛人っ!!」
おうおうこいつやってんな……。
挨拶代わりにそんなことを言ってくる王女。
「お久しぶりです。あと、俺は愛人じゃないです。今、とってもナイーブな時期なんで、その冗談洒落になってないです……」
「あらそうなの? だけど、新聞にはそう書いてたわよ?」
絶対わかってて言ってんだろこいつ。けど、王女だから何も言い返せねえわ……。
「というか、なんで王女さまがこんなところにいらっしゃるんですか?」
普通に考えて王女という存在はたまたま出会うような存在ではない。何せ王女なのだから。防衛上、彼女がボルボン城を出ることはそう多くないはずだ。
が、そんな俺の質問に彼女は首を傾げる。
「私がいちゃまずいの? そんなに私と一緒にいるのが嫌なら国外追放にするけど?」
「いえ、そういうわけじゃありませんが……」
パワハラなんてレベルじゃねえぞ……。
まあ冗談だろうけど、この人の冗談は冗談になっていないのだ。俺がそんな彼女に苦笑いを浮かべていると、ふと、入り口からまた誰かが入ってくるのが見えた。
「あ、リュータさまっ!! ここにいらっしゃったんですね」
聖女さまだった。彼女は俺の顔を見てニコニコ微笑みながらこちらへと歩いてくる。
ほんと豪華だなこの空間。子どものお絵描き教室にしてはあまりにも国の中枢が集まりすぎている光景に俺が呆然としている間に彼女は俺のすぐそばまでやってきて、相変わらずニコニコしながら俺の顔を見上げた。
可愛い。
「リーネさま、どうして王女さまがこちらに」
とりあえず本人に尋ねても適切な返答はないだろうから、今度は聖女さまに尋ねてみることにした。
「お忍びでいらっしゃったんです。ティアラさんの慈善活動がどのようなものなのかご覧になられるそうです。場合によっては援助のお金も出るそうですよ」
「なるほど……」
どうやら聖女さまはティアラのお絵描き教室を本気で後押しするようだ。王女が援助を出すとなれば子どもたちは本格的に絵を学ぶことができる。
ホントこの人、エロいこと以外は聖女の鑑だな。
「普段王国民と接することなんてないから、こんなときにできるだけ王国民の生の声に触れることも必要なのよ」
と、王女さまはそう言うと今度はティアラを見やる。
「あなたがティアラ?」
と、まだ名前も名乗っていないのに名指しで王女から呼ばれたティアラは「はわわっ……」と動揺したように目を見開いた。
「お、王女殿下っ!?」
どうやらティアラちゃんはなんで王女が自分の名前を知っているのか不思議なようだ。
「あなたが子どもたちに絵を教えているという話はリーネから聞いているわ。将来的にはミナリアもイソワリア半島一の文化都市になるのかしらね?」
「子どもたちがきっとその夢を叶えてくださいますわ」
「とりあえず来週までには子どもたちに必要な画材が全て行き渡るように手配するわ。楽しみに待っていてね」
と、さらっと凄いことを言う王女さまにティアラはまた驚く。
「はわわっ……それはきっと子どもたちも喜びますわ。ありがたきしあわせですわ……」
「それよりも子どもたちの絵を見せてもらえないかしら」
「も、もちろんですわ」
と、ティアラが答えるとちょうどタイミングよく絵を描き終えた幼女が絵を持って王女のもとへと歩み寄ってくる。そして彼女は王女の祭服の袖をぐいぐいと引く。
「おええちゃんこえ……」
どうやら彼女は目の前の少女が王女さまだと気づいていないようだ。そんなこの国では無礼な幼女の行動にティアラは慌てて王女から彼女を引きはがした。
「ちょ、ちょっとナシャ王女殿下をおねえさんと呼んではいけませんわっ!!」
が、そんな無礼な幼女に王女は屈託のない笑みを浮かべるとしゃがみ込んで彼女の頭を撫でる。
「いいのよ。国民を怖がらせるのが王女の仕事じゃないんだから」
さすがは王女さま、器が大きい。
けど、さっき俺に国外追放をちらつかせたお方とは思えないお言葉ですな。
王女様は幼女の絵を受け取ると感心したように絵を眺める。
「あら~上手じゃない……ってか、上手すぎないっ!?」
と、彼女は俺と全く同じ反応をした。ホント、この教室の生徒は能力が尋常ではないのだ。
驚く王女さまにティアラは自分が褒められたように目をキラキラさせる。
「こ、子どもたちには一日でも早く自立してお金が稼げるように、練習をさせていますわ」
まあ何はともあれティアラの努力がようやく日の目を見る日が来たようだ。
よかったなティアラ。なんて考えていると、誰かが俺のそでをぐいぐいと引っ張った。そちらへと顔を向けると何やら聖女さまが俺をじっと見つめていた。
「な、なんすか……」
「リュータさま、ちょっと向こうでお話があります」
「お話?」
「私についてきてください」
なんだかよくわからんが、そういうことらしい。ということで、俺は聖女さまに連れられて一度大広間を後にすることにした。
※ ※ ※
ということで聖女さまに袖を引っ張られたまま、彼女の部屋へとやって来た。
いったい何事だ? と俺が首を傾げていると、彼女は懐から何かを取り出した。
「それって……」
彼女が取り出したのはポーションだった。彼女はおもむろに瓶の蓋を開けると、それをごくごくと飲み始めた。
「こっそり数本くすねておきました。いつまたポーションの依頼が入って、お二人にご苦労をおかけするかわかりませんので……」
「な、なるほど……」
どうやら俺たちのためにまた余分に作ってくれていたようだ。が、なぜそれを彼女が今飲んだかはわからない。
聖女さまを眺めていると、彼女は両手を左右に広げてブツブツと呪文を唱え始めた。
人払いをしたようだ。それを見て俺はようやく理解する。彼女はポーションを作りすぎて、人払いをする程度の魔力も残っていないようだ。
早くエロマンガを描いてあげないと……。
そんな彼女を眺めていると、彼女はふと俺のすぐそばまで歩み寄ってくる。
あー近い近い。
ってか、人払いしてるんだから近づかなくてもいいだろ……。彼女から漂ういい匂いに軽く卒倒しそうになりながら彼女を見下ろす。
というか……。
「人払いなんてしなくてもこの部屋には誰もいませんよ……」
「念のためです。お許しください」
「まあリーネさまがそれでいいならかまわないですけど……」
「ところで子どもたちの絵の実力はいかがですか?」
と、そこで聖女さまは唐突にそんなことを尋ねてくる。
「それがどうかしたんですか?」
そんなことを尋ねるためにわざわざ人払いをしたのか?
「いえ、素人の私が見ても子供たちの絵の実力はかなりのものかと思いまして……」
「まあ正直なところ、かなりのレベルだと思います。俺が高校生……じゃないや、10代のころと比べても遜色のない、どころかそれ以上だと思います」
「スラム街の子どもたちは毎日の食事すら保証されないような環境を生きています。そんな子どもたちだからこそ、みんな頑張るのですね」
そう言ってにっこりと微笑む聖女さま。が、わざわざ人払いをしてまで尋ねるようなことではない。
「そろそろ本題を話してくれませんか?」
と、彼女を促すと、彼女は「これも本題なんですが……」と呟きながらも不意に真剣な顔で俺を見上げた。
「昨夜、大司教がミナリアを発ちました」
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