第11話 アセリアお前もか……

 あーすっげえ作業やりづらいわ……。


 聖女見習いのツンツン少女アセリアから正義の鉄槌パンチを食らった俺は、鼻を押さえながらも執筆を続ける。聖女さまは一秒でも早く俺のエロ漫画を待っているのだ。痛がって休んでいる場合じゃない。


 背後のベッドに腰を下ろしたアセリアは「ほんっと最低……死ねばいいのに……」とぶつぶつと俺への憎悪の言葉を並べている。


 どうやら聖女さま脱ぎたてデリバリー事件のせいで彼女の俺への信頼は地の底へと落ちたようである。


 一応は「聖女さまからの命令だから……。不本意だけど……」と引き続きしぶしぶながらも俺の身の回りのお世話をしてくれることにはなったが、なんともやりづらい。


 俺はこれから毎日彼女から罵倒され続けながら、エロ漫画を描かなきゃいけないのか……。


 が、最初は俺を「変態……」「最低……」などとぶつぶつと罵詈雑言を発していた彼女だったが、徐々に飽きたのか何も言わなくなった。が、後ろを振り返ると「見ないで変態っ!!」と足を組んで黒タイツを露わにした彼女から靴を投げられた。


 あ、あれだな……私なんか見てないで作業に集中しなさいっていう彼女なりの応援なんだな……。


 と、彼女の行動を極限まで好意的に解釈して俺は執筆を続けた。


 後ろを振り返ることはできない。だが、そんな環境が結果的にいい方向に作用したようで、俺はいつも以上のペースで原稿を進めることができている。


 が、そんな中、背後から不意に「う、嘘でしょ……」という声が聞こえてきたため思わず振り返ってしまった。


「だ、だから見るな。変態っ!!」


 と、またしてもアセリアの靴が飛んでくる。これで彼女は裸足である。そして彼女は床に足を下ろすことができなくなり慌ててベッドの上で胡坐をかいた。


 スカートが短めのせいか彼女のストッキング越しの足は大部分が露出しており、彼女は顔を真っ赤にすると慌ててスカートの裾を抑える。


「だ、だから見るな……変態……」


「見てねえよ……ちょっとしか……」


「ちょっとも見るな……」


 と、無益なやりとりを繰り返す俺とアセリア。と、そこで俺はベッドの上にポーションらしき物が転がっていることに気がついた。


「なんだよそれ……飲むのか?」


 と尋ねると「飲まない……」と俺を睨みつけつつも答えてくれる。


「ポーションに魔力を注入する練習をしていたの……。いつもは全然ダメなのに今やってみたら、全身から魔力がポーションに流れるのがわかってびっくりしてたの……」


「へぇ……よかったじゃねえか。ってか、お前次期聖女なんだろ? 次期聖女って言うぐらいならポーションぐらい簡単に作れるんじゃねえの?」


 と、素朴な疑問を口にすると彼女は下唇を噛みしめてさっきよりもさらに鋭い眼光で俺を睨んできた。


「も、もちろんそれぐらいできるわよ……。あ、あくまで聖女さまと比べて全然ダメって意味……」


 と、なにやらバツの悪そうな顔で俺から顔を背けるアセリア。


「へぇ……ポーションを作るのって難しいものなんだな」


「そうよ。とっても難しいの。だから私ができないのも当然なの……」


 やけにポーションの難しさを強調する。


 まあ、どうでもいいけど……。


 と、俺は再び作業を再開する。良くも悪くも彼女のおかげでやりづらさはあるけど作業は進むのだ。今のうちに何コマか進めておきたい。


 そんな気持ちで作業を進める俺だったが、ふと疑問を抱いた。


 なんか俺……今さっきの光景をどこかで見たことがあるぞ……。


 いつも以上にポーションのできが良い……。そういや俺がエロ漫画を描いている理由って聖女さまの魔力を覚醒するのが理由だったよな……っておいっ!!


「おい、アセロラっ!!」


「こっち見んなっ変態っ!! あ、あとアセリアっ!!」


 と振り返った俺にポーションを振り上げるアセリア。が、さすがにポーションを投げるのは色々とマズいと気づいたのか手を下ろす。


「な、なによ……」


「そのポーションを俺に飲ませてくれないか?」


 そう尋ねると次期聖女さまは「は、はあっ!?」と困惑したように目を見開く。が、その直後、目を細めると軽蔑しきった目で俺を見つめた。


「今、あんただけには一生私のポーション飲ませないって決めたわ……」


 どうやら彼女は、俺を聖女の出したてポーションを飲みたい変態さんに見えているようだ。


 だが、俺は引かない。


「もしもお前の魔力を常に覚醒させられる方法がわかるかもしれないって言ったら飲ませてくれるか?」


「え?」


 アセリアは俺の言葉に驚いたように目を見開いた。が、またすぐに目を細めると「そんなこと言って本当は女の子の作ったポーションが飲みたいだけでしょ……」と冷めた口調で言う。


 目を開いたり細めたり忙しい奴だな。


「じゃあ逆に聞くけど、お前は少しでも聖女さまの魔力に近づきたいと思わないのか?」


「そ、それは……」


「もしかしたらお前の作ったポーションに大きなヒントがあるかもしれないんだ。だから俺にお前のポーションを飲ませてくれ」


「…………」


 アセリアは黙った。どうやら悩んでいるようだ。彼女はしばらく手に持ったポーションを眺めていたが、不意に口を開く。


「ほ、本当に私の魔力が覚醒するの?」


「保証はできないけどな。でも、もしかしたらできるかもしれない」


 そう言うと彼女はまた黙り込む。が、しばらくして「嘘だったら殺すから……」と言うと俺にポーションを差し出した。


 彼女からポーションを受け取ると瓶の蓋を開けて、その中の液体を眺める。それはいつか聖女さまが俺に飲ませてくれた例のポーションと同じ色をしていた。


 正直、ポーションの味を知っている身としてはあまり飲みたくない。が、飲まなければ彼女のポーションが今回に限ってよくできた理由が確認できない。


 ということで、俺は鼻をつまむと一気にポーションを喉に流し込む。


「お、おぇ……」


 と、マズさのあまり一瞬リバースしそうになるが、何とか堪えて飲み込むと直後、俺の体に異変が起こった。


 どことは言わないが体の一部を中心に放射状に魔力がみなぎってくるのが分かった。


 もちろん聖女さまの作ったものと比べれば、そのみなぎり方は劣るが、それでも彼女のポーションの出来を確認するには十分だ。


「な、何かわかったの?」


 と、そこでアセリアは俺に尋ねる。


「あ、あぁ……多分分かった」


 そう答えると彼女は「ほ、ホントっ!?」とベッドから飛び降りて俺の下へと駆けてくると、間近で俺の顔を見つめた。


 あー近い近い……。そしてこうやって見ると可愛い顔してるな……。


 と、突然、近寄ってきた美少女に少し動揺していると、彼女自身も勢い余って俺に近寄りすぎた事に気づいたようで「はわわっ……」と頬を真っ赤にすると俺から体を離した。


「で、何がわかったの?」


 と、俺に顔を背けながら彼女は尋ねる。


「お前、さっき俺の描いた絵を見たって言ったよな?」


「み、見てないっ!! 見えたの……」


「おい正直に答えろ。すげえ重要なことなんだよっ!! ちゃんと読んだのか?」


「よ、読んでない……」


 と、彼女の顔がみるみる赤くなる。


「読んだんだな……」


「だ、だって、どんな内容なのか確認しておかないと……通報できないし……」


 と、なにやら言い訳を並べるアセリア。が、まあとりあえず読んだということがわかれば理由なんてなんでもいい。


 なるほど……。


 そんな彼女を眺めながら俺はある仮説を立てる。


 もしかして……もしかしてだけど……興奮して魔力が覚醒するのはこいつも一緒なんじゃねえか?


 なんかこいつ俺のことを散々変態扱いしているけど、こいつ……エロ漫画を読んで興奮したんじゃ……。


 けどそんなことこいつに言ったら……殺されるよな……。


「とりあえず原因はわかったよ。今後の参考にさせてもらうよ……」


 と、答えて作業に戻るとアセリアは「ちょ、ちょっと待ってよっ!!」と俺の肩を掴む。


「人のポーション飲むだけ飲んどいて何も言わないってどういうこと?」


「いや、だって言ったらお前怒るしっ!!」


 お前はえっちな気持ちになったから魔力が覚醒した。なんて言ったところでこいつはそれを認めないだろうし、また顔面に拳をお見舞いされる未来しか見えない。


「怒るかどうかなんて言ってみなきゃわからないでしょ……」


「そんなリスキーな賭けには乗れないな。それにお前は次期聖女なんだろ? いつかはわからないけど、その時に教えてやるよ」


 と、答えると彼女はむっと頬を膨らませた。


「だ、ダメなの。今じゃないと意味がないの」


「なんでだよ」


「そ、それは……」


 と言って彼女は口籠る。そして、しばらく俺を見つめたあと少しバツの悪そうな顔で俺から視線を逸らすとこう言った。


「だ、だって……私、落第生なんだもん……」


 なるほど。なんとなくそんな気はしていたけど次期聖女とか言っていたのは見栄だったようだ。そもそも次期聖女なんて有望な人材が俺なんかの身の回りの世話をするなんておかしいと思ってたんだよ。


「わ、私ね……このままだと聖女候補からも落とされちゃうの……。だからすぐにでも結果を出さなきゃダメなの。だから、魔力の覚醒する方法があるなら教えて欲しい……」


 と、少し寂し気な口調でそう語る次期聖女改め聖女見習い落第生。


「ねえ……だめ?」


 と弱々しい声で俺に尋ねてくる。さっきまでの威勢のよさはどこに行ったんだよ。


 が、そんな彼女の姿を見ていると力になってやりたい気がしないでもない。なんだか前世で売れない地下アイドルを推していたことを思い出す。


「わかったよ。教えてやるよ」


「ほ、ほんとっ!?」


 と、彼女の目がキラキラと光る。


「だけど条件がある」


「い、言っとくけど……私、あんたに体を捧げるつもりはないから。これだけは絶対っ!!」


「いや、そんなもの求めねえよ……」


「じゃあ何よ……」


「まずは俺に靴を投げるな。あと、俺に暴言を吐くな。それからさっき変な修道士が入ってきたことはお前の記憶から消去しろ。わかったな」


 と条件を突きつけると彼女はしばらく黙り込んだ。が、すぐに条件を飲む以外に方法がないことに気づいたようで「わ、わかったってば……」と小さく答えた。


 交渉成立だ。

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