第22話 テゴ竜の吸盤付きの尻尾が気になって夜も眠れん
なんだよ……なんでこんなところにポーションがある……。
ただでさえ今はポーションの供給が追い付いていないのだ。
そんな貴重なポーションがどうしてザクテンのそれも大衆食堂にあるんだよ……。
その異様な光景に俺は動揺を隠しきれない。
この情報屋はただ者ではないことは明らかだった。
とにもかくにも俺は二人の言葉に耳を傾けることにした。
が……。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
待てど暮らせど二人の会話が始まらない。
俺は情報屋を見やった。情報屋はまるで蝋人形のように固まっていた。
あ、あれっ!?
俺は慌てて向かいに座る男にも顔を向ける。すると男もまた……止まっていた。
いや、どういうことっ!?
と、そこで俺は気がついた。つい数秒前まで客たちで賑わっていた店内がしんと静まり返っている。いや、それどころか食事を楽しむ客たちも、料理を運ぶ従業員たちも二人同様に蝋人形のように固まって微動だにしない。
「リュータさま、彼らに姿を見られるのは得策ではありません。すぐに店を出ましょう」
と、そこで聖女さまが俺にそう言った。慌てて聖女の方を向くと聖女さまは固まってはいなかった。
「り、リーネさま……これは?」
「この店内にいる人々の時間を止めました」
「は、はあっ!? 時間を止めたっ!?」
え? 何そのチート……。
とんでもないことを口にする聖女さまに俺が目を丸くすると、聖女さまは笑みを浮かべる。
「止めたと言ってもこの店内にいる人間だけを数分間止めただけです。これでも結構な魔力を消費するんですよ? ですがリュータさまの動揺が表情に出ていましたので、このままでは情報屋に気取られると思い使いました。さあ、急いで店を出ましょう」
そう言って聖女さまは立ち上がると俺の手を取って出口へと歩いていく。
「け、けど、いいんですか?」
「何がですか?」
「いや、こいつら二人ですよ。ポーションも持っていますし、何かミナリアの内情も知っているみたいですし、野放しにするのは……」
「心配には及びません。それよりも彼らに私たちの存在を知られる方がやっかいです。さあ、早く……」
「で、でも……」
「そこまで心配ならこの者を捕捉しておきましょう」
「捕捉っ!?」
え? なにそれ……。
「この者の気配は完全に覚えました。この者の行動は私には筒抜けです」
「え? ちょっと何を言っているかわからないんですが……」
「あれ? 言っていませんでしたか? 私はその人間特有の気配を記憶すれば、その者が発するわずかな気配から、そのものがどこにいて何をしているのか感じ取ることができます」
おうおう、さらっととんでもないことをおっしゃってますなぁ……。
え? 待って? ってことは俺のことも……。
なんだか俺は突然、後ろめたい気持ちになってきた。そして、そんな俺の不安が彼女に伝わったのか、聖女さまはなにやら恥ずかしそうに頬を染める。
「だ、大丈夫です。私がこの魔法を悪用することはありません。で、ですから、リュータさまのプライベートを覗き見るような真似はしません」
「そ、それは安心ですね……」
「せいぜい私の脱ぎたての祭服を秘密裏に横流ししてもらっていることを知っているくらいです」
しっかりバレてた。
「す、すみませんでしたっ!!」
俺は慌ててその場で土下座をする。
あーやばいやばい。一番知られちゃまずいことがバレてんじゃん……。
俺、もう一生聖女さまの目をまっすぐ見れない自信があるわ……。
とにもかくにも謝罪しようと床に額を擦り付けていると、聖女さまは「りゅ、リュータさま、頭をお上げください」と言うので頭を上げる。すると聖女さまは頬を真っ赤にしたまま俺から顔を背けていた。
「り、リーネさま?」
「べ、別に良いのですよ……。それでリュータさまの作業が捗るのであれば制服などいくらでも差し上げます……」
「よいのですか?」
「よいのです……」
とにかく、よいそうだ。
「それにエロマンガの作成にその……私の祭服が必要なのですよね?」
「え? ま、まあ……」
とりあえずそういうことにしておく。
「であればよいのです……。それにそんなリュータさまのことを考えると私まで……いや、なんでもないです」
なんか今、とんでもない爆弾発言をしようとしていた気がするけど……。
いやこの際、そんなことはどうでもいい。とにもかくにも聖女さまは俺を許してくれているのだ。だとしたらこの流れに乗るしかない。
「いつもお世話になってますっ!!」
「よ、よろこんでいただけて嬉しいです……」
そう言って聖女さまは恥ずかしそうに拳で顔を隠した。
※ ※ ※
というわけで俺たちは安全に二人から姿をくらますことに成功した。
あ、ちなみにあの魔法を悪用して無銭飲食をしたりはしていない。ちゃんとカウンターに少し多めのお金を置いて出てきた。
商店の立ち並ぶ通りを歩く俺だったが、やっぱりさっきの二人のことが気になる。
「リュータさま、まだご心配なのですか?」
「そ、そりゃ……まあねえ……」
「ご安心ください。悲しいことですが軍の備品を持ち出して横流しをする者は、どこの軍にもいます。それに情報と称して怪しげな情報と引き換えに金品を受け取る者も国境沿いのこの街では珍しいことではありません」
まあ確かにここは国境沿いの街だ。そういう怪しげな商売に手を染める輩がいたとしてもおかしくはない。
「それにさっきも言ったようにあの者の行動は捕捉しています。何かあればリュータさまには真っ先にお伝えします」
「ホント便利な魔法ですね」
俺がそんな魔法手に入れたら悪用しかする自信がない。
「そんなに便利でもありません。さっきも申し上げた通り、それなりに魔力は消費しますし、あの者のことは頭の片隅で意識しておく必要があるので」
「ちなみにそれって何人も同時に捕捉できるんですか?」
「私の場合10人ほどであればなんとか……」
なんという聖徳変態子……。どうやら俺が思っている以上に目の前の少女は化け物じみた魔力の使い手のようだ。
さすがは大聖女と崇められるだけのことはある。
「実はリュータさまが聖堂にいらっしゃるまでの間も捕捉していました。今さらですが申し訳ありません。ですが、見ず知らずの者を聖堂に住まわせるわけにもいきませんでしたので……」
まあ確かに今か考えてみれば、いくら聖女さまが俺のエロ漫画の大ファンだったとしても、自分のすぐ近くで生活させるには俺は怪しすぎる存在だ。
「まあ当然の行動だと思いますよ」
と、フォローを入れると彼女は「ご理解いただけで嬉しいです」と呟いた。
俺は再び視線を通りへと戻す。
それはそうとエロ本っていったいどこに売ってるんだ?
いくら合法とはいえ、大々的に販売されているものでもないだろうし、このデカい通りからエロ本屋を探すのは容易ではない。
とにもかくにも書物や絵画の売ってそうな店をしらみ潰しにしていくしかない。なんて考えていると聖女さまが突然俺のそでをクイクイと引っ張った。
「リュータさま……あれは何の店でしょうか?」
「ど、どれですか?」
と、聖女さまが指さす方を見やる。すると、そこには何やらカラフルな塗装がされた怪しげな看板が見えた。
『大人の穴場 秘蔵本舗』
看板にはそう書かれていた。
いや、絶対ここじゃんっ!!
この妙にカラフルな看板に、何かを売っているものをはっきりと書かない『察してくれよ?』みたいな店名。
絶対にエロ本屋だ。
「リーネさま、絶対ここに売ってますよ」
俺は確信を持って聖女さまにそう進言した。すると、彼女は突然、俺の腕にしがみつくと何やら怯えた目で俺を見上げた。
あー当たってる当たってるよ……柔らかいのが……。
だが、聖女さまはそんなことを一切気にする様子もなく、ただ怯えたようにぎゅっと俺の腕にしがみついている。
「な、なんだ怪しげなお店です……。本当に入って大丈夫でしょうか?」
「ってか、怪しげな店を求めてはるばるここまでやってきたんでしょ……」
「そ、そうですが……いざ目の当たりにするとなんだか怖いです……」
なんというか怯える聖女さまを見て、俺は少しホッとした。聖女さまのことだから俺を差し置いてズカズカと店に入っていくもんだと思っていたが、最低限の羞恥心は持ち合わせているようだ。
「大丈夫です。特に怖い場所ではありません……多分……」
「リュータさま……しばらくこのようにしていては迷惑ですか?」
え? なに? 可愛いじゃん……。
いつもとは違い三つ編みに瓶底メガネなこともあり、よりひ弱さが強調されていてなかなかそそられる。
「聖女さまがそれでよいのであれば……」
「よいのです……」
ということで俺は二の腕に何やら幸せな柔らかさを感じながら店へと歩いていった。
「やっぱり……」
店の前に来て俺は確信した。
間違いなくここはエロショップだ。
あとどうでもいいけど、やっぱエロショップにもエロショップギルドとかあるのかなぁ……。
その証拠に店頭には何やら卑猥なんてレベルではない、露骨な形をした木彫りの男の象徴の像が鎮座している。
「はわわっ……」
そんな像を見て聖女さまは恥じらうように俺の背中に隠れる。
なんだろう聖女さまに店の方が変態性で勝っちゃってる……。
が、このとんでもない像のおかげで俺はさらに確信をもって店に入ることができた。
「へいらっしゃいっ!!」
店に入ると店の奥からメガネをかけた細身の中年男性がこちらへと歩いてくる。どうやらこの男が店主のようだ。
「旦那、今日は何をお探しでっ!!」
と、店主はニコニコと営業スマイルで俺へと視線を向けた。が、すぐに俺の背中に隠れた聖女さまの存在に気がつく。
「あぁ~なるほど、夜の玩具をお探しですね」
おいおっさん、ぶん殴るぞっ!!
「はわわっ……」
と、店主の爆弾発言で聖女さまはさらに縮こまってしまう。
それにしても聖女に変態性で勝つとはこの店……相当なやり手だな……。
「あ、あの……実は今日は書物を――」
「大人の玩具であれば、実は今日はテゴ竜の吸盤付きの尻尾が入ってますよ」
おい人の話を聞けっ!!
「はわわっ……」
ほら、聖女さまがダンゴムシみたいに縮こまっちゃってるじゃねえかよ……。
あとなんだよデゴ竜の吸盤付きの尻尾って……。気になって今夜眠れる気がしねえわ……。
異世界は前の世界と比べていろいろとアブノーマルすぎねえか……。
俺の異世界へのロマンを最低な形でぶち壊すのはやめていただきたい。
「いや、だから今日は書物を探しに来たんです」
「あ、書物ですね。であれば奥の棚にございます」
ということで俺たちは店主に店の奥へと連れていかれる。
あぁ……なんかすげえ恥ずかしいわ……。心なしか道行く人たちも俺たちのことちらちら見てる気がするし……。
「ここの棚が書物関係ですね。絵巻物や絵画などお客様のお眼鏡にかなう物がきっと見つかりますよ」
そう言って店主は目の前の棚を指さした。
なるほど、棚には確かにパピルスらしきものでできた巻物や油絵で書かれたヌード絵画のようなものが無数に置かれている。
ここなら聖女さまのお気に入りのものが見つかるかもしれない。
「リーネさま着きましたよ……」
と、そこで俺にしがみついたままのダンゴムシに声を掛ける。が、ダンゴムシは店の空気にすっかり気圧されて殻に閉じこもったままだ。
俺は店主を見やる。
とにかく聖女さまはこのおっさんが苦手のようだ。とりあえずおっさんには消えてもらおう。
「あの……できればゆっくり品定めをしたいのですが……」
と、遠回りに消えろと伝えるとおっさんは「あ、これは失礼しました」と笑みを浮かべると「それではお二人で存分にお楽しみください」と余計な言い回しをするとカウンターの方へと歩いていった。
さて、ここに聖女さまの性癖に刺さるエロ本があればいいのだが……。
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