第21話 エロ本収集
というわけで王女さまに謁見した俺と聖女さまだったが、王女さまからあらぬ疑いをかけられたまま聖堂へと戻ることとなった。
そして、聖女さまは俺が彼女の愛妾だと疑われたことをひどく気にしているようで、馬車の中でも頰を真っ赤にしたまま黙り込んでいた。
だが、流石に無言のまま聖堂に戻るのも気まずいので俺が「体調でも悪いんですか?」と尋ねると「はわわっ……」と答える。
「あ、あのリュータさま……」
「なんすか?」
「勘違いされては悲しいので言っておきますが、私はリュータさまをその……王女殿下がおっしゃっていたように粗末に扱うために聖堂にお呼びしたわけではありません……」
そう言うと彼女は俺の顔を覗き込むように眺めた。
どうやら俺が王女さまの言葉を間に受けていないか心配しているようだ。
が、安心しろ。わざわざ聖女さまが俺みたいな田舎者のフツメンを愛妾にするために呼び寄せるなんて一ミリも思ってねえから。
「大丈夫ですよ。リーナさまは王国のことを想って俺を呼び寄せたんですよね」
まあ嘘でも私利私欲がないとは言えないけど。
と、そこで聖女さまが俺の手を包み込むように掴む。
柔らかくてあったかい。
なんとも言えない幸福感を抱いていると、彼女はじっと俺を見つめた。
「私はリュータさまのことを信頼しております。ですから、リュータさまも私のことを信じてほしいのです」
「もちろんです。でなきゃこんな危ない橋は渡りません」
何せこの国ではエロ漫画なんて書いてることがバレたら打首獄門だ。もちろん俺に拒否権があるかと聞かれればないかもしれないけど、少なくともこれまでの聖女さまのたち振る舞いを見ている限り、彼女は信用できる人間だと思う。
そんな俺の言葉に聖女さまは少し安心したように頬を緩めると「リュータさま、これからもよろしくお願いしますね」と愛らしい笑みを浮かべた。
※ ※ ※
それから数日後、聖女さまの病状が悪化した。
「リュータさま……。わ、私、胸が苦しいです……。リュータさまのエロマンガが待ち遠しくて夜も眠れません……」
俺はこの日もまたティアラと二人でエロ漫画の執筆を続けていた。俺が下書きをしてティアラがペンでなぞる。この分担で作業効率は倍になったのだけど、それでも二人で漫画一冊を描き切るのにはそれなりに時間はかかる。
が、ポーションの注文はそれ以上に容赦なく入ってくるようで、今夜ついに聖女さまからの催促がやってきた。
廊下へと呼び出された俺は、聖女さまの辛い胸中を聞かされ頭を悩ませる。
目の前の女の子はポーションの注文が多くて困っているのか、それともエロ漫画が読めなくて困っているのか……。
まあ、とにもかくにも事態は一刻を争っているようだ。彼女は苦しそうに「はぁ……はぁ……」と息を荒げて、俺に体を預けている。
すぐに楽にしてあげたいけど、まだ作業は半分ほどしか進んでいないのだ。もちろん半分地点で読ませてあげることもできるけど、中途半端に読ませてしまうと完成したときの新鮮みがなくなって、効果が薄れてしまいそうだ。
「リュータさま……私、もう限界です」
と、今にも倒れそうな聖女さまの体を支えながら俺は考える。せめて、エロ漫画が書き上がるまでの場つなぎのようなものがあれば……。
が、残念ながらここはミナリア王国だ。エロ本と言ってもそう易々と手に入るものではないのだ。
「リュータさま、私もう我慢できません。ザクテンへ行きましょうっ」
「ざ、ザクテンっ⁉︎」
ザクテンというのはミナリア王国ガルナと国境を挟んで接する隣国のことである。
「いや、でもなんでザクテンなんかに……」
「あそこなら合法的に接種できますので……」
「あぁ〜なるほど……」
俺はそこでようやく聖女さまの意図を理解した。あくまで不健全図書を法で禁じているのはミナリア王国だけなのだ。つまり隣のザクテンへと行けば堂々とエロ漫画だろうとなんだろうと読み放題だ。
「いや、でも……リーナさまはこの国の最高権力者なんでしょ? そんな人がそう易々と国境を抜けることなんて……」
「ロマニエに偽造通行者を手配させます」
おうおうこの聖女、エロ本読むために国家権力使って密入国するつもりかよ……。
「リュータさま……私、もうダメなんです……。春画がなければ……」
と、砂漠で水でも求めるようにエロが欲しいと訴える聖女。彼女はぐったりとしている。
確かにこのままじゃまずそうだ……。
※ ※ ※
ということで翌朝、俺と聖女さまは馬車に乗り込んで国境を抜けた。
聖女さま曰くパート2からは大反対を食らったようだったが、そんなパート2に聖女が「質のいいポーションを作ることがより多くの兵士を救うのです」と力説して強引に許可を取ったらしい。
言い訳だけは一丁前だな。おい……。
とはいえ公式に聖女が国を出るわけにはいかないので、聖女さまは長い金色の髪を茶色にしてもらい、三つ編みにして、さらには瓶底めがねをかけて変装してもらった。
その結果、昭和の文学少女のような出立ちになった聖女さまだったが、悔しいけどこれはこれで可愛い。
あ、ちなみにエロ漫画作成はティアラちゃんにぶん投げておいた。ティアラちゃんは「リュータさんだけズルいです……」とへそを曲げていた。
それでも俺が画材をお土産で買って帰ると言うと目をキラキラさせながら俺を送り出してくれた。
「いよいよですねっ!!」
瓶底メガネ越しにキラキラした瞳を俺に向けた聖女さまは、興奮を抑えきれていない。
結局俺たちはそれから数時間、馬車に揺られて国境近くのリーファという砂漠の街へとやってきた。
都会……というほどではないがそれなりには大きな街だ。馬車を止めて街へと繰り出すと市場が広がっており、買い物にやってきた多くの市民でごった返していた。
「本を探す前に腹ごしらえでもしますか?」
馬車に乗っている間ろくに飯を食えなかったせいで、お腹はぺこぺこだ。そして、周りからは魚や肉を焼いたような匂い、さらにはなにやら香ばしいタレのような匂いが漂っており、腹ごしらえをしないことには何もできそうにない。
が、そんな俺の提案に聖女さまは「で、ですが、早くお目当ての物を見つけ出さないと」と、1秒でも早くエロ本を摂取したいご様子で、空腹どころじゃ無さそうだ。
「別に本は逃げたりしませんよ。腹ごしらえをしながらこの後どこを回るか作戦会議をしましょう」
「ですがですがっ!!」
「リーネさまっ」
「わ、わかりましたよ……。じゃあ昼食を取ったらすぐに向かいましょうね」
と、やや拗ねたように唇を尖らせて聖女さまは一応は納得してくれた。というわけで近くの大衆食堂のようなところに二人で入った。
「は~い、いらっしゃいっ!! 二名様ね。奥のテーブルに座ってちょうだいっ!!」
と、いかにも食堂のおばちゃんというような恰幅の良い中年女性に案内され、俺たちは奥のテーブル席に腰を下ろす。
あたりを見渡すと、いかにも居酒屋という感じの店で、壁には『ゲッシュのひらき』や『ネルバ竜の尻尾』などなど酒のつまみになりそうなメニューの書かれた板が貼られていた。
そして、客の多くはガタイの良い野郎ばかりだ。どうやらこの町は運送関係の人間の宿場町となっているようだ。
なんとなくだが、ひょろい俺と文学少女と化した聖女さまが店内で浮いてしまっているような気もする。
「わぁ~リュータさま、これ美味しそうですよ……」
と、そこで聖女さまは机に置かれたメニューの書かれた板を眺めながら目を輝かせていた。
どうやら聖女さまは『ゲッシュのひらき』という湖に生息する食人魚に興味を持ったようだ。
なんだかんだ言ってお腹は空いていたようで少し安心した。
「それにこっちのゴマクエビのムニエルも食べてみたいです……」
よかった……聖女さまにもまだ人間の心が残ってるんだな……。
ファミレスに来た幼子のように心躍らせる聖女さまを見て謎に安心しつつも、俺は首を傾げた。
「たくさん食べるのは結構なことですが、そんなにいくつも食べられるんですか?」
「食べれないです……ですが、どれも美味しそうで選べません……」
「じゃあリーネさまの好きなものをいくつか頼んで、二人で食べましょう。リーネさまが残した分は俺が食べるんで」
「で、ですが……」
と、そこで聖女さまは俺を見やって少し頬を赤くした。
何気なくそんな提案をした俺だったが、よくよく考えてみればこの世界には大皿という文化があまりないのだ。
「いや、不快であれば無理にとはいいませんが」
「よ、よいのです……。リュータさまがそれでよければ私はそれでよいです……」
「じゃ、じゃあそういうことで……」
ということで俺は近くでビールを運んでいたおばちゃんに声を掛けた。
※ ※ ※
「はぁ~美味しかったです……。私しあわせです……」
数十分後、テーブルの上にいくつも並べられた空の皿を眺めながら聖女さまは満足げに笑みを浮かべた。
そして、俺は……。
「う、うっぷ……」
お腹の急激な膨張にゲロを吐きそうになっていた。
なんでも好きなものを頼んでくださいと言ったのは俺だったが、聖女さまは食べたいものをあれやこれやと注文したせいで、俺は凄まじい量の残飯処理を仰せつかることとなってしまった。
いや……美味いよ。めちゃくちゃ美味かったよ……だけど、さすがに食いすぎた。
聖女さまはすぐにでもエロ本収集に向かわれたいようだが、しばらくは動けそうにない。そして聖女さまはそんな俺の異変にようやく気付いたようで苦笑いを浮かべた。
「も、申し訳ございません……。品書きを眺めているとどれも食べたくなってしまって……」
「い、いえ、ご満足いただけたようで幸いです……うぷっ……」
「も、もう少しだけお休みになられて結構ですので……」
「そ、そうっすね……うぷっ……」
さすがの聖女さまも俺に気を遣ってくれたようだ。
俺が膨らんだお腹を摩っていると、聖女さまは不意に眉を潜めた。そして、何やら隣のテーブルへと目線を向けた。
隣のテーブルを見やる。そこは今更気がついたが空席だった。
空席? こんなに人でごった返しているのにか? そもそもどうして今までここが空席だということに俺は気がつかなかったのだろう。
なんて考えていると、聖女さまは目の前の俺でも聞こえないほどの小さな声でぼそぼそと何かを呟き始めた。
そして、しばらくするとさっきまで空席だったテーブルに男が二人、向かい合って座っていることに気がついた。
いつの間にっ!?
と、俺は目を見開いて聖女さまを見つめたが、彼女は人差し指を口に当てて俺の追及を制した。
そこで気がつく。彼らがさっきまで人払いをしていたことに。いや、もしかしたら今もしているのかもしれない。とにかく、聖女さまの呪文によって俺にも彼らの姿が可視化されたのだと思う。
「おいおい、そんな情報で1000ルーメルだと? ぼったくりもいいところだな」
テーブルに腰を下ろしていたのは、いたって普通の麻でできた大衆服を着た中年男二人だ。が、ガッチリ体系の野郎の多いこの街の人間にしては細身な気もする。
それにしても人払いをして何の話をしているんだ?
俺は極力視線を気取られないように腹を摩るふりをして二人の会話に耳を傾ける。
「もっと詳しい情報が欲しければ、もう1000ルーメルだな。これはかなり信頼のできる情報だ。1ルーメルたりとも負けるつもりはないぜ」
「本当にしたたかな男だ……」
どうやら片方は情報屋か何かのようだ。確かに情報屋だとすれば人払いをしているのにも頷ける。だけど、いったい何の情報を売買してるんだ?
情報を買いにきたであろう男はしばらく渋い表情を浮かべていたが、懐から札束を取り出すとテーブルにポンと置いた。そんな男に情報屋はニヤリと不敵に笑みを浮かべると懐から何かを取り出した。
男はそれをテーブルの上に置く。
それを見た俺と聖女さまは同時に顔を見合わせる。
それはポーションだった。そして瓶にはミナリア王国の紋章が彫られていた。
間違いない……このポーションは聖女さまが作ったものだ。
「おそらくだが、このポーションのせいでミナリアは近いうちに内戦に陥る」
情報屋の男はそう呟くとまたニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
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