第38話 神様現る

 なんだろう……今更後悔しても無駄だけどやりすぎた感は否めない……。


 そうだな。最初は火遊びのつもりで紙切れを燃やしていただけなのに、気が付いたら近くの落ち葉に引火して山火事になっちゃったような感じ……。


 聖女さまは雄たけびのような声を上げたと思うと漆黒の瞳を見開いて、光に包まれた。


 初めはまばゆい光に包まれて直視すらできなかったが、気がつくと光は落ち着いていた。聖女さまは相変わらず漆黒の瞳を見開いて表情を失っていた。


 あと、よく見ると10センチぐらい浮いてるし……。


 と、そこで覚醒状態の聖女さまはぎょろりと俺に瞳を向けた。


「り、リーネさま?」


「汝は何者だ? なぜ我をここに呼んだ?」


 あーやばいやばい……。なんか口調まで変わっちゃってるし……。


「あの……リーネさま? 大丈夫っすか……」


 と、尋ねてみると何故か浮いてる聖女さまは首を傾げる。


「リーネ? ああ、この肉の檻のことか。汝は我を巫女だと思っているようだな?」


「いや、思っているも何も巫女なんじゃないんですか?」


「神だ」


「神っ!?」


 あーこれは本格的にやばい気がする。聖女さまが急に中二病みたいになってしまったぞ。そ、そういえばティアラを虐めてた神父にもこんな口調で話していたよな。


 この変なモードはなんなんだ……。


 とにかくわけがわからなかった。が、とにもかくにも聖女さまはなんらかの形で覚醒をしたことはわかった。なんとなくだけど、聖女さまの体から凄まじい魔力を感じさせるようなオーラを感じた。


 よくわからんけど。


 が、まあ覚醒したのであればそれでいい。ザクテンの国王軍を蹴散らさないことには聖堂は破滅だ。神だか聖女だかは知らないが、今すぐ何とかしてもらわなければ。


「あの~リーネさま?」


「神だ」


「あ、ああそうでしたね。神さま、ちょっと聖堂が大変なことになっているので助けていただけませんか?」


 と、神様を自称する女性に尋ねてみると、何故か彼女はしばらく俺を見つめてから不意にゲラゲラと笑った。


 いや、全然笑う場面じゃないですけど……。


 こういう笑いのタイミングわかりづらい奴苦手だわ……。


「汝は神である私に指図をするのか?」


「いえ、指図ではありません。お願いです。このままでは聖堂はザクテンの王国軍に攻められてしまうんです。ですから、どうかこの聖堂を、ガルナの街を救ってください」


「がはははっ!! 神に向かって指図とは面白いっ!!」


 面白くねえよっ!!


 が、なんとなくだけど、この聖女のような何かの機嫌を損ねることは得策ではないような気がした。だから、俺は愛想笑いを浮かべておく。


「何が面白いっ!! 人の子よっ!!」


 ぶち殺してやろうかっ!!


 あーやりづれえ……。マジでこういうタイプの人間嫌いだわ……。


「だが、面白い」


 どっちなんだよっ!!


「この私を神だと知って図々しくも指図するような人の子は初めてだ。汝はつくづく俗物のようだな。気に入った」


 どうやら俺は気に入られたようだ。こっちはちっとも気に入らねえけど、気に入られたのならば話は早い。


「か、神様……どうかわれわれをお救いください」


「うむ、私は気まぐれだ。そなたのように神を信じぬ俗物のために手を差し伸べてやろうではないか」


「あ、ありがとうございます……」


 と、俺は神に対する礼儀作法はわからないが、とにかく頭を下げておく。


「だが、この巫女の命の保証はないぞ?」


「は? いや、それは困るんですけど……」


 いや、さすがにそれは困る。確かにザクテン軍は蹴散らしたいけれど、それと聖女さまの命を天秤にかけるわけにはいかない。


 だが神の漆黒の瞳は相変わらず何を考えているのかわからない。


「どうした人の子よ。汝は何を怯えているのだ? 汝の脅威を取り除いてやると言っているのだ。喜ぶがよい。聖女とは神に仕える巫女。巫女が神のためにその身を捧げることは名誉なことではないか? 誰も困らぬ」


「いや、俺は困るんですっ!!」


「なぜ困る? それとも汝はこの巫女に聖女としてではない感情を抱いているのか? まあこの聖女は可愛いからな」


 そう言って神はわずかに口角を上げた。


 あと神様が可愛いとか言わない方がいいぞ。なんか威厳がなくなるし。


 まるで俺の心を見透かすようにニヤつく神に怒りとともに、何とも言えない後ろめたさを覚えた。


「…………」


 俺がそんな神の質問に答えあぐねていると、神はまたゲラゲラと笑った。


「冗談だ」


 冗談なのかよ……。


 いやー冗談キツイっす……。


「汝たちで好きにすればいい。我はこの巫女にこれほどの魔力を与えた俗物の顔が見てみたかっただけだ」


 なるほど。ただただ意味なく現れただけのようだ。


 じゃあさっさと帰れよ。


 神の口ぶりからさっするに俺のエロ漫画はしっかりと聖女さまに魔力を与えているようだ。そうなれば、この面倒くさい髪に用はない。


 が、さすがにはっきりと帰れとも言えないので、


「な、なるほど……。では、私と聖女さまの二人でなんとかこの苦難を乗り越えてみせます。ですので、どうか聖女さまにその体をお返しください」


 と、角が立たないようにお願いしてみることにした。そんな俺のことを神はしばらくじっと見つめていたが、


「ほう、ならば巫女の体は返してやろう。ならばそのやり方を授けよう」


 と言った。


「やり方……ですか?」


 なんだよ。その面倒くさい手続き。


「汝がこの肉の檻の奥深くで眠る巫女の魂を呼び起こすのだ」


「はぁ……」


「なに、容易いことだ。この巫女の魂への想いを念じて、この唇を通して巫女の魂を吸い出せ。汝だって『眠れる森の美女』の話ぐらいは聞いたことがあるだろ?」


「いや、なんであんた……じゃねえや、神さまがその話を知っているんですか?」


「神だからだ」


 なんだかよくわからんが神様にはなんでもわかるようだ。


 とにもかくにも聖女さまにキスをしろってことらしい。なんだか神様にうまい具合に乗せられている感が半端ないけど、やらないことにはきっとこの神様は聖女さまの体を返してくれなさそうだ。


「やれば帰ってくるんですね?」


「神の言葉を疑うのか?」


 疑ってるから聞いてるんだよ。


「だが、偽りの心をもって儀式に臨めば巫女の魂は永遠に閉ざされてしまうぞ?」


「つまりどういうことですか?」


「巫女への真の思いを念じれば問題ない」


 そう言って神様はゆっくりと瞳を閉じた。どうやら神様はキス待ちのようだ。


 完全に神にからかわれているようにしか思えないが、やるしかない。


 俺は神へと歩み寄ると瞳を閉じた神をじっと見つめた。そして、ふと思う。


 神は男なのか? 女なのか? それによって俺のモチベーションはかなり変わってくる。もしも男だとしたら俺はこれからおっさんにキスをしなくてはならないのだ。


「我は女神だ」


 少しだけ安心した。


 ってか、この神様……俺の心が読めるのか?


 いや、ちょっと待てっ!! ってことは俺がさっきから考えていたこの神様への気持ちも……。


 恐れ多いことに、神に仕えるこの私、リュータ・ローは神様に口づけをすることとなりました。


 いや、ホント私のような人間の分際がそのようなことをするなんて恐れ多いことです。


 だけど、聖女への想いってなんだ?


 俺は考える。きっと神様はこの人間の分際である私に聖女のことをどう思ってるのかと、お尋ねになられているようだ。


 ふと自分の心に問うてみる。


 俺は聖女さまのことどう思っている。好きなのか? それともただの金づるなのだろうか?


 いや、さすがにそこまで酷くは思っていないけど、愛しているという陳腐な思いを抱くと嘘になるような気がした。


 聖女さま……。俺は彼女のことをどう思っている……。


「はよせいっ!!」


「は、はいっ!!」


 神様がそうおっしゃったので俺は慌てて少し浮いている聖女さまの肩を掴んだ。


 正直なところ俺にはまだわからない。だけど、俺は彼女の魂に戻ってきて欲しいと思っている。


 俺は彼女にそばにいて欲しい。


 その感情だけでは不十分だろうか?


 とにかく戻ってきてくれ聖女さま。ザクテンがどうだとかガルナがどうだとかは二の次でいい。とにかく聖女さまよ。俺のそばに戻ってきてくれ。


 そして、これからも俺の描いたエロ漫画の一番の読者でいてくれっ!!


 これが今の俺の精いっぱいの気持ちだった。俺は彼女の肩を掴む手に力を入れると、神様の……いや、リーネさまの可愛い顔に唇を近づけた。


 そして、俺は聖女さまにキスをした。


 柔らかくて生温かい感触が唇を覆う。


 なんだかわからないけど幸せな感触だった。聖女さまの胸も悪くない感触だったけど、それ以上に暖かくて幸せな感触。ずっとこのままでいたくなるようなそんな感触。


 ザクテンの王国軍は目の前に迫っている。だけど、そんなことがどうでもよくなるほどに、今はこの感触に浸っていたいと思った。


 それからどれぐらいの時間が経っただろうか。俺の止まっていた時間は彼女のわずかに動いた唇によって動き始めた。そこで俺はようやく唇を放した。そして、わずかに顔を放して彼女の表情を見やる。


 彼女の瞼はわずかにぴくぴくと動いて、ゆっくりと開いた。そして、俺の前に現れたのは漆黒……ではなく瑠璃色の鮮やかな瞳だった。


「リーネさまっ!!」


「りゅ、リュータ……さま?」


 よかった。どうやら聖女さまは帰ってきたようだ。彼女はしばらくぼーっと俺の顔を眺めていたが、不意に俺との距離が近いことに気がついたようでポッと頬を赤らめる。


 あら可愛い。


「りゅ、リュータさまっ!? こ、これはどのような状況でしょうかっ!?」


 なるほど、彼女は自分の身に起きたことを何も理解していないようだ。だが、今はそのことはどうでもいい。とにかく彼女は元に戻ったのだ。


「リーネさま、ザクテンの軍勢を蹴散らしましょう。あなたはにはそれだけの力が備わっているはずです」


「で、ですが私はまだ……って、あれ?」


 と、彼女は不思議そうに自分の手のひらを見やった。


「ま、魔力が回復しているみたいです……。それも今まで感じたことのないような凄まじい魔力です。ど、どうしてっ!?」


 どうやら聖女さまには俺の描いたエロ漫画を読んだ記憶が飛んでいるようだ。それが神さまの仕業なのか、あまりのトラウマのせいなのかはわからない。


 けど、どうでもいい。


「さあリーネさま、聖女見習いたちが待っています」


 そう言って聖女さまを促すと彼女は「わ、わかりました」と彼女たちのもとへと歩き始めた。


 そして俺たちは再びバルコニーへと戻ってきた。バルコニーでは聖女見習いたちが歌を歌いながら、必死にザクテン軍の攻撃を防いでいた。だが、砲撃は激しさを増しており、シールドに向かって容赦なく石の雨が降り注いでいた。


 そんな見習いたちを横目に聖女さまはバルコニーの先へと歩いていく。そんな彼女の後ろ姿を俺は眺めていることしかできない。


 バルコニーの先に立った聖女さまはそこでなにやら呪文のようなものをぶつぶつと唱え始めた。


 そして、呪文を唱え終えたところでバッと両手を左右に広げる。


 事態が一変したのはその直後だった。


 それまで激しく聖堂へと向かって降り注いでいた石がぴたりと止まった。


 それだけではない。聖堂の周りから聞こえていたザクテンの兵士たちの叫び声もぴたりと止まる。俺の耳に入ってくるのは依然として歌い続ける聖女見習いたちの歌声だけだ。


 だが、それさえも異変に気がついた見習いたちによって中断された。そして、あたり一帯はしんと静まり返った。


 何が起きた?


 俺がぽかんと口を開けていると、そこで聖女さまはこちらを振り向いた。


 そして、


「ザクテン兵たちの時間を止めました」


「はあっ!?」


 ちょっと待て。この女は何を言っているんだ?


「ザクテンの大衆食堂でも見せたはずです。リュータさまのお与え下さった魔力を全て使って彼らの時間を全て止めました。おそらく3日間ほどは動かないかと」


 そう言ってわずかに笑みを浮かべる聖女さまを見て俺は思った。


 いやえっぐ……ホントチートじゃねえかよ……。


 かくして、あまりにもあっさりとザクテン軍の侵略は幕を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る