第39話 責任の取り方

 なんかよくわからんが勝った。


 聖女さまは大覚醒して一瞬神になって、何事もなく聖女さまに戻って、それからザクテンの軍勢は物理的に止まった。


 いや、チートじゃん……。こんなあっさり解決しちゃって大丈夫なのか? なんて考えているうちに、ボルボン城からロンメル氏率いるミナリア軍が応援にやって来た。


 当たり前だけど、ミナリア軍は決死の覚悟でやってきたと思うのだけど、全く抵抗しないどころか石のように固まったザクテン軍に、彼らはかなり面食らっていたようだった。


 ワロタ。


 が、まあ結果的に聖女さまの例の魔法で、聖堂の攻防はザクテンとミナリア双方に血を流すことなく幕を閉じることとなった。


 それからのことを少しだけ話しておこうと思う。


 まず、ザクテン軍についてだが、聖女様曰く三日間はこのままのようなので、ミナリア軍と僧兵たち、さらには俺と聖女さまも参加して徴用された馬車へと積み込むこととなった。


 それだけで二日間近く時間が掛かったのだが、なんとか時間内に全員馬車に詰め込むことに成功し、賊軍を率いた将校たちをおまけとして添えてザクテンに送り返すこととなった。


 あ、ちなみにエロマニエは諸事情によってミナリアには戻ってこれないそうで、大司教の空席には新たな知らないおっさんが補充されることになったらしい。


 不思議なことにエロマニエがいなくなって一週間ほどで、闇のエロマンガ市場があっさり消滅したらしいが、そのこととエロマニエの失踪について聖女さまは深くは詮索しないそうである。


 というわけでミナリアに平和が戻った。


 その後、俺は国王に直々に呼ばれてガルナ市民全員の前でエロマンガ男爵とかいう不名誉な名前を授けられたのだけど、それはまた別の話だ。


 が、男爵という位を授かったことと、国王直々に大魔術師であると紹介されたことも

あり、俺が聖女さまの愛人であるという疑惑は払しょくされることとなった。


 それはよかった。そのおかげで俺と聖女さまはこうやって堂々とガルナの街を歩けるのだから。


 例の騒動から一ヶ月ほどの月日が流れた。騒動もとりあえずは落ち着き、平和な日常が戻ったこともあり、俺と聖女さまに誘われてガルナの小さな教会へとやって来た。どうやら今日は聖女さま直々にスラム街の子どもたちを慰問するそうで、スラム街には聖女さまの顔を一目見ようと多くの子どもたちが教会へとやって来たのだ。


 教会に入るなり、聖女さまはアイドルのように多くの子どもたちに囲まれる。言い方は悪いがろくに風呂にも入っていないような、やや不潔な子たちばかりなのだけど、そんな子どもたちに祭服に触れられても、聖女さまは嫌な顔一つせずに、彼らに笑みを振りまいた。


 と、そこで俺はスラム街の子どもたちに混じって見覚えのある少女の顔を見つめた。


「あ、リュータさん、こんにちはですわ」


 と、子どもたちをかけ分けてこちらへと歩み寄ってきたのは大魔術師エロマンガ男爵の弟子扱いである魔女見習いティアラである。俺たちのそばにやってきたティアラは一度、聖女さまに頭を下げてから俺の顔を見上げた。


「リュータさん、いや、エロマンガ男爵、この度は叙爵おめでとうございますですわ。これからはリュータさんではなくてエロマンガ男爵とお呼びしたほうがよいですわね」


 と、悪気の一切ない顔で彼女は俺にケンカを売ってくる。


「いや、これからもリュータでいいから……」


 と、答えるとティアラは少し不思議そうな顔をしていたが「ま、まあ、リュータさんがそれでいいのであればそうしますわ」と納得してくれた。


 が、隣の聖女もまた俺の顔を不思議そうに見やる。


「リュータさま、せっかく国王から直々に賜ったお名前ですよ。やはりエロマンガとお呼びしたほうが」


「いや、聖女さまに関してはエロマンガの意味を知ってるでしょ……」


 こやつに関してはほんのわずかな悪意を感じるぞ。


 と、俺の反応を見て聖女さまは可笑しかったようでクスクスと笑った。と、そこでティアラは再び聖女さまへと一度目線を向けると、その場に跪いた。


「聖女さま、この度はありがとうございますですわ。聖女さまのご厚意に子どもたちはみな感謝していますわ」


 と、なにやら改まったご様子のティアラ氏。


 そんなティアラ氏を俺が不思議そうに首を傾げていると、聖女さまは何やら嬉しそうに笑みを浮かべて「どうか、頭をお上げください」と優しい口調でティアラに声を掛けた。


「頭を下げるべきなのは私の方です。ティアラさんや子どもたちの努力に比べれば、私の恩返しなど、たいしたことはありません。それにお金を出してくださったのは王女殿下です」


「お金? 何の話ですか?」


「実はこのレディエの街に子どもたちが絵を学ぶための教室を建てることになったんです。教室が完成したあかつきにはティアラさんに学長を務めていただくことになっています」


「なるほど……。知らないうちにそんなことになっていたんですね」


「子どもたちの描く絵はミナリアの財産です。この資源の乏しいミナリアに彼らの絵は富をもたらせてくれることでしょう」


 なるほど、確かにミナリアはお世辞にも資源が豊富な国とは言えない。もしも彼らが画力を身に付ければ、ミナリアにとって協力が文化資源になるかもしれない。


 聖女さまは未来の画伯である子どもたちをキラキラした瞳で見つめる。


 聖女さまよ……顔から本音が滲み出ていますぞ……。


 なんて呆れながら聖女さまを眺めていると、ふと、子どもの一人が聖女さまのスカートの裾を引っ張った。


「ねえねえ聖女さま……聖女さまが優しいオークをとうばつしようとしたってほんとう?」


 と、裾を引っ張った子どもは無垢な瞳で聖女さまを見上げながらそう尋ねた。


 おうおう突然辛辣な質問を浴びせるなあ……。と、純真無垢であるがゆえにそんなことを尋ねる子どもにティアラが慌てて割って入る。


「こ、こら、聖女さまにそんな失礼なことを言ってはいけませんわっ!!」


 当然ながらそんな子どもを嗜めようとするティアラ。が、そんな彼女に聖女さまは「よいのです」と微笑みかけた。


「そのような流言飛語がまことしやかにささやかれるということは、それだけ私が聖女としてまだまだ未熟だということの証左です」


「で、ですが……」


 と、そこで聖女さまは子どもの前にしゃがみこむと、子どもの頭を撫でながら笑みを浮かべる。


「そのような噂がただの噂であると皆様に信じてもらえるよう、精進いたしますね」


 正直なところ聖女さまへの疑念は完全には払しょくされていなかった。まあ、一つは紛れもない事実なのだけど、それにしたってガルナ市民の命を救ったというのに、彼らはなかなか薄情だ。


 彼女が聖女としてガルナ市民から心から敬われるためには、まだもう少し時間がかかりそうである。


 なんて考えながら少し憂鬱になっていると、なにやら教会の外が騒がしいことに気がついた。


 そして、聖女さまもそのことに気がついたようで「なにごとですか?」と教会の入り口を見やる。


 すると外から「オークだっ!! オークが来たぞーっ!!」という叫び声が聞こえて俺と聖女さまは顔を見合わせる。


 と、その直後、教会のドアがバンと開いた。


 そして開かれた扉の前には無数のオークの姿があった。


「聖女さまっ!!」


 と、そこで少女の声が教会内に響き渡る。声のしたほうを見やるとそこには一人の少女が立っていた。そして、俺はその少女に見覚えがあった。


 俺の記憶が正しければ彼女はオークと会話ができる少女、アリナだ。アリナはオークを引き連れて、子どもたちをかき分けるように聖女の前まで歩み寄ってくる。そんな光景に子どもたちは驚いた様子でオークたちに道を開けた。


 そして、


「聖女さま、先日は彼らオークをお救いいただきありがとうございました」


 そう言ってアリナは聖女の前に跪く。そして、それに呼応するようにオークたちも跪く。


「あ、あなたは……」


 と、そんな光景にさすがの聖女さまも驚いたように目を丸くしていた。


「ガルナの街で聖女さまの根も葉もないうわさがささやかれていると聞きまして、やってまいりました」


「そ、それは……」


「その噂があくまで噂だとガルナ市民が理解させるために、今日、聖女さまがここを訪れると聞いてやってきました」


 なるほど、とそこで俺はようやくアリナの意図を理解した。なるほど、アリナはリスクを承知でガルナ市民の疑念をかき消すためにオークたちを引き連れてここまでやって来たようだ。


「アリナさん、なにもここまでしていただかなくても……」


「いえ、これはオークたちのたっての願いです。今日は聖女さまに貢物がございます」


 そう言って彼女は後ろで跪くオークの一人にオーク語で話しかける。すると、オークは懐から何かを取り出して聖女さまの前に出た。


 オークの掴んでいたのは野球ボールほどの大きさの石だった。


「こ、これは……叡智の石……ですか?」


「はい、山で採掘したものの中でもひと際大きな物です。これをオークたちの聖女さまへの友好の印として差し上げたいそうです」


「…………」


 俺には宝石の価値はよくわからないが、その大きな石はきっとかなりのお値打ちモノに違いない。少なくともあのドスケベ村長が喉から手が出るほどに欲しい代物のはず。


 オークたちはそれを聖女さまに献上することで、例の新聞の噂が嘘であることを証明しようとしているようだ。


 聖女さまは叡智の石をしばらく呆然と眺めていたが、不意にわずかに笑みを浮かべるとオークの前にしゃがみ込んで彼から石を受け取った。


「わかりました。これは彼らオークたちの信じる神の聖遺物として聖堂でも丁重に扱いましょう。この石はきっと聖堂……いや、人間とオークたちの友好の懸け橋となるはずです。皆様に神のご加護を」


 そう言って聖女さまは両手を組んで祈りをささげた。



※ ※ ※


 かくしてオークたちが聖女さまに敬意を表したという噂は瞬く間にガルナの街に広まった。これで聖女さまへの疑念はたった一つの真実を除いて払しょくされたことになる。


 残り一つの疑念……というか真実もきっと近いうちに忘れられる……はず。


 ということで本当の意味で平穏がガルナの街に訪れた。そんなある日、俺は聖女さまに自室へと呼ばれた。


 いったい何事だ? と、疑問を抱きながらも聖女さまの部屋へとやってきた俺だったが、さっきから聖女さまはそわそわしたご様子で俺の向かいのソファに腰掛けている。


「あの……今日はどういったご用件で?」


 と、そんな彼女に尋ねると彼女は「はわわっ……」と、俺から顔を背けた。


 そんな彼女に首を傾げていると、彼女は俺から顔を背けたまま口を開く。


「な、なんというかその……記憶が戻りました……」


 と、わけのわからんことを口にする聖女さま。


 記憶? 何の話だ……。


「その……リュータさまが描いてくださったエロマンガの記憶と、あのエロマンガを読んだときの記憶がもどりました……」


 と、彼女が説明する。そして、その言葉に俺の心臓は凍りついた。


 ま、マジか……。


 実は聖女さまは例のザクテン軍が攻めて来たときに読ませたエロ漫画と、その時の記憶を失っていたのだ。俺はあのあと何度もその時のエロ漫画のことを聖女から尋ねられて誤魔化していたのだ。


 そりゃそうだ。俺が聖女さまを凌辱するエロ漫画を描いたなんて口が裂けても言えない。あの後、俺は慌ててエロ漫画を焼却して何事もなかったかのように振る舞っていたのだが、ここに来て彼女は記憶を取り戻してしまったようだ。


「はわわっ……」


 と、聖女さまはそう言うと頬を真っ赤にして太ももをもぞもぞさせる。


 これはマズい……。


「リーネさま……」


「は、はい、なんでしょう……」


「申し訳ありませんでしたっ!!」


 そう叫んで俺は彼女の足元で土下座をした。いや、さすがにやりすぎたよ。エロ漫画を描いただけならまだしも、俺は聖女さまの胸を鷲づかみして、さらには口づけまで交わしたのだ。


 さすがに度が過ぎている。土下座なんかで許して貰えるとは思えなかったが、とにかく土下座をして謝罪する以外にやれることはない。


 俺は必死に床に頭を擦り付けていると、聖女は「リュータさま、頭をお上げください」と優しく言ったので恐る恐る頭を上げる。


 彼女は相変わらず恥ずかしそうに俺から顔を背けていたが、その表情は決して怒っているようには見えなかった。


「よ、良いのです……」


「よ、良いのですかっ!?」


「良いのです……。リュータさまは王国を救うためにやったわけですし……。ですが、その……責任だけは取っていただきたいのです」


 と、優しい口調で何やらぶっそうなことをのたまう聖女さま。


 せ、責任ってなんすか……。首を詰めればいい感じですか?


 俺がガクブルしながら聖女さまを眺めていると、彼女はただでさえ真っ赤な頬をさらに真っ赤にしてちらっと俺に視線を向けてきた。


「そ、その……私はあと3年ほどで聖女から身を引こうかと考えております……」


「身を引くっ!? ちょっと待ってください。聖女って終生続けるものじゃないんですか?」


「も、もちろん、私は死ぬまで神に祈りを続けます。ですが、官職としての聖女は平均でも10年弱ほどです。それに聖女見習いたちは私が辞めた後の席を狙っているのです。ずっと居座っていたら彼女たちがかわいそうです」


 どうやらそういうものらしい。確かに、聖女さまおばあさんになるまで聖女を続けてしまっては見習いたちもまたおばあさんになるまで、聖女になれないことになってしまうもんな。


 にしても10年弱が平均だったとしても、聖女さまが引退するにはあと3年というのは早すぎる気もする。


「それに私は不可抗力とはいえ禁忌を犯してしまいました。聖女を務めるものにとって異性とあのようなことをするのはご法度なんです」


「いや、でもエロマンガは読んでいるじゃないですか……」


「あ、あれはその……空想上の話なので問題ないと私は思っています」


「本当に問題ないですか?」


「も、問題ないと信じたいです……。ですが、私はリュータさまと口づけを交わし、完全な形ではないとはいえ体まで許してしまいました。これは聖女としてはあるまじき行為です」


 なるほど、お触りは禁止ということらしい。こんな変態聖女さまだが、一応は偉大な大聖女なのだ。責任感は抱いているようだ。


 だけど、


「だ、だけど、あれは俺が一方的にやったことですし、リーネさまの意志では――」


 と、俺がそこまで言ったところで、言葉を続けることができなくなった。


 その理由?


 それは聖女さまが、俺の唇を自分の唇で塞いだからだ。


 目の前に広がる瞳を閉じた可愛い聖女さまのお顔を眺めながら、頭が真っ白になっていくのを感じた。


 柔らかい……そして、この上なく幸せな感触……。


必死に唇を押し当てながら「んんっ……」と吐息を漏らす聖女さまに目を丸くしていると、ゆっくりと彼女は顔を放した。そして、真剣な目で俺を見つめると首を傾げる。


「これで名実ともに私は禁忌に触れましたね?」


「そ、そうみたいですね……」


 恥ずかしながら言葉が何も出てこない。そして、唇には聖女さまの唇の余韻が残ってなんだかしっとりしている。


「リュータさま、責任さえとっていただければ、私はリュータさまを責めません」


 と、彼女は冗談なのか本気なのかわからないことを尋ねてくる。


 いや、これは冗談に見せかけた本気だな。そして、そんな彼女の顔を見ているうちに、俺は彼女の口にする責任の意味が理解できて来た。


 それはつまり……。


「リーネさまをお嫁に迎えれば、リーネさまは俺を許してくれますか?」


 そう尋ねると、彼女はわずかに口角を上げるとコクリと頷いた。


 なるほど……聖女さまにそう言われたら、断る理由は見つからねえよな……。



――――


 本作を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 一応ここで本作は一区切りとさせていただきます。物語を作ることの難しさを痛感するとともに、可愛いキャラクターたちに助けていただき拙いながらも完結まで到達することができました。


 ホント小説難しい……。


 というわけで、今後もあきらあかつきらしい、ある意味純粋なヒロインたちと笑いをお届けできればと考えております。


 もしもあきらあかつきの小説を気に入っていただければ作者フォローをしていただけると幸いです。


 ではではまた次回作でお会いいたしましょう。

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異世界で聖女モノのエロマンガを描いてるんだけど、なぜか聖女さまの住む大聖堂から頻繁に注文が入る件 あきらあかつき@5/1『悪役貴族の最強中 @moonlightakatsuki

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