第14話 劇団聖女さまと森のオークたち

 さてさてクソじじいと別れた俺と聖女さまは、早速森に入ることにした。


 聖女さまは村人たちに『何があっても家から出てはなりません』と言いつけていたが、村人を心配してのことか、何か村人に見られてはいけない理由があるからなのかはわからなかった。


 そして村人たちにあらかじめ教えてもらっていた森の入り口から獣道へと入っていく。


 森の中では謎の虫や鳥の鳴き声が鳴り響いており、正直なところ今すぐにでも帰りたい。


 が、聖女さまはやる気満々のようでどんどんと奥へと入っていく。が、不意に足を止めると「あ、そうでした」と俺の下へと駆け寄ってくる。


 あー近い近い。あいかわらず距離感のわかっていない聖女さまは俺に急接近してくると苦笑いを浮かべる。


「大切な魔法を忘れていました」


「魔法? ……ですか?」


「はい、リュータさまの魔力ではオークの群れを対峙するのは危険です。ですから、リュータさまの気配を消しておきます」


 どうやら俺に人払いの魔法をかけてくれるらしい。これで俺がオークから襲われる心配はないようだ。


「でもこれだと俺が森ではぐれたときにリーネさまから見つけてもらえないんじゃ……」


 確かにありがたい魔法である。が、人払いをするということは仮に俺がこの森ではぐれてしまった場合、誰からも見つけてもらえないんじゃ……。


 が、聖女さまはそんな俺に微笑みかける。


「大丈夫ですよ。その魔法で騙されるのは精々オークや一般の方々ぐらいです。魔術に長けている者には通用しません。それにほら、こうやって今、リュータさまと私はお話をしているではありませんか?」


 確かにそうだ。どうやらこのレベルの魔法は子供騙しにしかならないようだ。が、一般人やオーク相手ならば十分に効果はあるらしい。


 いや、待てよ……。


 と、そこで俺はふと疑問を抱く。


「リーネさま、この人払いの魔法はオーク相手には有効なんですよね?」


「はい、まず問題ないと思います」


「であれば、聖女さまも同じように人払いの魔法を使ったほうがいいんじゃないですか? その方が安全なんじゃ」


 相手からは見えなくてこっちからは見える。最強のステルス兵器じゃねえか。


「そ、そうですね……」


「絶対そうですよ。念のために聖女さまも人払いの魔法を――」


「村人たちの話では、このけもの道を一時間ほど歩いたところにオークの巣はあるそうです」


 そう言って奥へと歩いていく聖女さま。


 あ、完全に無視されたわ……。


 どうやら聖女さまは痛いところを突かれたようだ。


 が、まあ相手はオークだ。俺はともかく聖女さまなら相手にすらならないだろう。ということで俺も彼女の後を追って森の奥深くへと歩いていく。



※ ※ ※



 そして、俺たちは一時間以上森の中を彷徨った。村人曰く徒歩一時間らしいが俺や聖女さまみたく山に慣れていない人間にはもっと時間がかかるようだ。


 正直もう体力的にキツイ……。


 俺は聖女さまに一度休憩をしないかと提案しようと口を開こうとした。


 が、その時、聖女さまは不意に歩みを止めて近くの木に身を隠す。


「聖女さま、どうかしましたか?」


 と、そんな聖女さまに尋ねると、彼女は人差し指を口に当てるともう一方の手で俺を手招きした。


 どうやら何かを見つけたようだ。彼女のもとへそっと歩み寄ると彼女は森の奥を指さす。


「あそこを見てください」


「え? ……あっ!?」


「リュータさま声が大きいです……」


 いや、人払いの魔法……とは思ったがここは大人しく言うことを聞いておこう。


 俺は彼女に謝って森の奥を見やる。前方30メートルほど先に、木々を薙ぎ倒して作った広場のようなものが見えた。そして、広場中央では焚火の火がありそれを取り囲むように緑色の肌を持つ大男が座っているのが見えた。


 間違いないオークだ……。


 正直なところあんなエロ漫画を描いておきながらオークを見るのは初めてである。正直なところオークなんてファンタジーの世界では雑魚キャラだなんて思っていたが、いざ生で見てみるとめちゃくちゃデカい。


 体の大きさだけではなく筋肉の発達も凄まじく、あんなのと喧嘩をしたら数秒で撲殺される自信がある。


「リュータさま、これから私は彼らのもとへ歩いていきます。リュータさまは少し間を開けてついてきてください。危険ですので私に近づいてはいけません。そしてたとえ私がどのようなことになっても私を助けようとはしないでください」


 そう念押しをして彼女は勇敢にも木から体を出すと、オークたちの方へと歩いていく。


 俺は10秒ほど心の中で数えてから彼女の後をついてく。すると、草を踏む音が聞こえたのかオークたちは体をビクつかせて一斉に聖女さまを見やった。


 口からは大きな牙のようなものがつき出しており、まるでおとぎ話に出てきた鬼のような顔をしている。


 よく、あんなのに立ち向かっていけるわ……。


 俺はオークの恐ろしさにサイレント失禁をしながら勇敢な聖女さまに感心する。そして聖女さまが広場へと出た。


 その頃にはオークたちは完全に警戒態勢に入っていたようで巨大な斧のような武器や、誰かから奪ったのか剣のような物を構えて聖女さまに向けていた。


 が、それでも聖女さまは怯まない。


さすがは聖女さまだな……。俺だったらその場で失神する自信があるわ。なんて眺めているとオークの一人が周りのオークたちにもごもごと人間には発せないほどの野太い声で何かを話しかけた。


 するとオークたちは一斉に聖女さまから後ずさりしていく。


 どうやらオークたちは彼女を見ただけで、彼女には決して敵わないことを悟ったようだ。オークたちはまるでクマに遭遇した人のように一歩また一歩と聖女さまから距離を取っていく。


 そして、


「「「「「ぐぅおおおおおおおおおっ!!」」」」」


 という雄たけびとともにオークたちは一斉に四方へと逃げて行った。


 いやちょっと待て、逃げられたらマズいんじゃ。


 と、思うや否や聖女さまは何かの呪文を唱えた。すると、彼女の持つ大きな杖についた玉の方な物から光が四方へ放たれる。光の線はそのまま逃げ惑うオークたちの体を包み込んで聖女の方へと戻ってくる。


 そして、気がつくと逃げたはずのオークたちは聖女さまのすぐそばまで引き戻されていた。


 そして、


「うわぁ~やられた~」


 というと聖女さまは杖から手を放してその場にヘタレこんだ。


 いや、あの変態女なにやってんの……。困惑するオークの前で何故か突然ヘタレこんで隙を見せる聖女さま。


「こ、このままではオークに捕まってしまいますっ!!」


 と到底オークには通じそうにない人間の言葉でそんなことを叫ぶ聖女さま。


 あ、なるほど……。


 どうやら聖女さまは自分が弱いことをアピールしているようだ。でないとオークたちは尻尾を巻いて逃げてしまう。


 そんな猿芝居にオークたちは動揺しているようだった。そもそも彼らは聖女さまの光の力によって強引にここまで引き戻されているのだ。その時点で聖女さまの方が圧倒的強いのは明らかだ。


 オークは再び野太い声で仲間に呼びかける。するとまたオークたちは一斉に四方に散っていく。


 が、その直後また杖から光がオークたちに伸びていきオークが聖女の前まで引き戻される。


 いや、聖女さま……強いのバレバレですけど……。


 が、杖から伸びた光はぐるぐるとロープのようにオークたちの体を縛って逃げられないようにする。それどころから、オークの一匹はずるずると聖女の方へと引きずられていく。


 自分のもとへと引きずられているオークに聖女は言い放った。


「な、何をするつもりですかっ!!」


 いやオークのセリフだよ……。聖女さま、オークに何をさせるつもりですか……。


 と、そこで聖女さまが俺をじっと見つめた。


 あ、描いてくれってことね……。


 俺はそこでようやく自分の仕事を思い出す。ローブを脱ぐと鞄からペンと紙を取り出した。


「ぶ、無礼者っ!! わ、わたくしを慰み者にしようだなんて、なんという罰当たり者っ!!」


 と、すっかり聖女さまは傾国の聖女になりきっている。


 罰当たり者はどっちだよ。と内心で思いつつも俺は聖女さまの言いつけ通り筆を走らせる。


 オークはうめき声を上げながら必死に聖女さまから逃げようとしているが、手足を光のロープで縛られた彼らは彼女のマリオネットになり果ていている。


 まるでB級映画の怪獣のようにぎこちなく聖女さまのもとへと歩み寄っていく。というよりは歩み寄らされている。


「きゃあっ!! な、何をするつもりですか……。や、やめてください……」


 そして役に入りきった聖女さまは恐怖と憎悪の表情でオークを見上げている。と、そこで遠くから光のロープに縛られた別のオークが聖女のもとへと引きずられてきた。


オークの手には何やらロープのようなものが握られており、彼は強制的にもう一人のオークにロープを手渡した。


 どうやら聖女さまは縛って欲しいみたいです。


 突然、ロープを掴まされたオークは動揺したようにロープと聖女を交互に見やっていたが、やがて自分に課せられた任務を理解したようで、嫌々聖女さまの手足をロープで縛り始めた。


 ロープで縛られる聖女さまは……なんかすげえ幸せそうな顔をしていた。


 念願の夢が叶ったようなキラキラした瞳で、オークを見つめている。そんな聖女さまにオークは顔を背けた。


 そして、そんな光景をデッサンする俺。


 いや、なんだこの光景……。


 なんだか出来の悪いお遊戯を見せられたような気持ちでそんな光景を眺めていると、オークは手足を縛った聖女さまを肩に背負った。いや、背負わされた。


 そして、森の奥へと歩いていくオークたち。


 どうやら『劇団聖女さまと森のオークたち』の演目はまだまだ始まったばかりのようである。

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