第32話 心を鬼にするティアラ

 さて、とんでもない事実を聖女さまから聞かされてしまった俺は、どうしたものかと考えながら大広間へと戻った。ちょうど大広間に入るタイミングで王女が廊下へと出てくるところですれ違いざまに「魔導書頑張るのよっ」と肩を叩かれた。


 どうやら俺が聖女さまから話を聞いたことを知ってるようだ。


 いや、どうするのよこれ……。その戦争とやらがいつ起こるかはわからないが、聖女の口ぶりから考えると少しでも早く描け上げないとまずい。何せ聖女さまの魔力はすっからかんなのだ……。


 とはいえこれまでのペースで描いているとどう考えても一週間以上はかかる。


 描くにしても少なくとも一冊まるまる書くのは厳しいので、ここは量よりも質で攻めるしかない。いつもの半分ぐらいの量で、上手く聖女さまを興奮させてあげなければならないのだ。


 この国難に聖女さまを興奮させることが俺の使命……。


 いや、なんだその使命……。が、ここで我に返っているわけにもいかないので、深くは考えないことにする。


 それにしても子どもたちに手伝ってもらわなければ間に合いそうにない。


 というわけでティアラのもとへと戻ってきた俺は、戦争云々のことは黙ったうえで事情を伝えてみることにした。


 すると、ティアラちゃんの顔がみるみるうちに真っ赤になっていくのがわかった。


「そ、そんなの無理ですわっ!! だ、だ、だってまだ子どもですわっ!! い、いくら何でもそれは人としてダメですわっ!!」


 と、エロマンガ執筆を子どもたちに手伝わせると言う俺にティアラ氏は鬼の形相で俺を睨んできた。


「おい、声がでかいっ!!」


 と、ティアラの声で一斉にこちらへと顔を向ける子どもたち。ティアラは恥ずかしそうに子どもたちを見回すと、俺へと顔を近づけて声のトーンを落とす。


「こ、子どもたちにはすくすくと健全に育ってほしいのですわ……。こ、こんな汚らわしいものに携わらせたくないですわ……」


「ですよね~。俺もそう思います……」


 そりゃそうだ。さすがに俺だってそれが色々と発育上よくないことはわかっている。さすがにそれをやらせるのは人として最低だという自覚はあります……。


「せめて健全なシーンだけでも描いてもらうことはできないか?」


 せめて健全な部分だけでもサポートしてもらえないかな、なんて淡い期待を抱いて尋ねてみるがティアラ氏は渋い表情を浮かべる。


「そもそも健全な絵なんてごく一部ですわ……」


 そうなんです。それが一番の問題なんです。俺はここのところ聖女さまにより興奮してもらおうと思い、隙あらばえっちなシーンを差し込むようにしている。


 その結果、出会って数秒で〇〇な状況になってしまっているのだ。仮に20ページあったとしたら、子どもたちに手伝ってもらえるのは1ページか2ページほどだ。


 さすがにそれでは戦力にはならない。


 国難なのはわかっている。けど、さすがに子どもたちにそんなものを描かせるわけにもいかない。いったいどうしたものやらと頭を悩ませていると、ティアラが突然「ちょ、ちょっとなにやってますのっ!?」と子どもたちを見やった。


「ん?」


 子どもたちを見やると、そのうちの一人がお絵描きに退屈してしまったのか、紙を適当に折って飛行機みたいにして飛ばしていた。


「てんてー。すごいっ!! これとぶよっ!!」


 と、飛ぶというよりはわずかに滑空している紙に子どもは興奮気味だ。


 なるほど、この世界の子どもには折り紙とかいう概念はこれまでなかったようだ。子どもが折り紙で紙飛行機を作るのなんて当たり前だと思っていたが、他の子どもたちも驚いたようにわずかに滑空する紙を見ている。


「「「わぁ~」」」


 どうやら紙飛行機のせいで子どもたちの意識が絵を描くことから、紙を折ることにいってしまっている。


 他の子どもたちも次々と紙を折り始め、そんな姿を見たティアラが「ムキーっ!!」と怒りを露わにする。


「ちょ、ちょっとあなたたちダメですわっ!! それは聖女さまが用意してくださった大切な紙ですわっ!! そんな風におもちゃにしてはだめですわっ!!」


 そんな光景をぼーっと眺めていた俺だったが、その直後、俺はふとピンときた。


 目の前の紙を手に取ると、それを二つ折り、さらには四つ折りにしてみる。と、そこでティアラ氏が俺の行動に気がついたようで、また「ムキーっ!!」と俺を睨んできた。


「リュータさんまで何をやってますのっ!! そんなくだらないことをおやめくださいですわっ!!」


「なあティアラ、ちょっと子どもたちの目隠しになってくれないか?」


「は、はあ? 何を言ってますの?」


「いいから頼む」


 と、言うと彼女は「ったく……ですわ……」と言いつつ立ち上がって俺の前に立ってくれる。なんだかんだで言うことを聞いてくれるティアラちゃんに感謝しつつも、俺は絵を描き始めた。


 とりあえずはラフのさらにラフで良い。適当に鉛ペンを走らせて、適当に『傾国の聖女と罪深き森のオーク』のワンシーンを描いてみる。その結果、かなり雑ではあるが5分ほどでなんとか書き上げた。


 そして、そのラフ絵を二つ折りにしてティアラの肩をトントンと叩く。


「な、なんですの?」


「これを見てくれ」


「見てますわ。それがどうかいたしましたの?」


 俺が見せたのは二つ折りにしたラフ絵の上半分の部分だ。ティアラは首を傾げてイラストを眺める。


「何が描いてあるかわかるか?」


「そんなの見ればわかりますわ。聖女さまの上半身ですわ……」


 と、そこで俺は二つ折りにした紙をひっくり返して今度は下半分を見せた。


「じゃあこれは何かわかるか?」


 するとティアラは慌てて両手を広げると子どもたちからの視線を遮った。


「はわわっ……。そ、そんなこと私に口にさせないでくださいまし……」


 下半分には決して子どもたちには見せられないものを描いておいたのだ。つまり、上半分を見ている分には子どもたちは、これがエロいイラストだとわからない。


 俺はさらにその二つ折りした紙をさらに半分に折る。そして再びティアラに見せる。


「この絵だってほら、こうやって折れば、ほら」


「足しか見えませんわ……」



「そうなんだよ。足しか見えないんだよ。これだったら何やってるかわからないだろ?」


「な、なるほど……ですわ……」


 と、そこでティアラは俺の言いたいことを理解してくれたようで、紙を手に取ると不思議そうに何度も折ったり開いたりしている。


「下書きはかなり雑に描いても、こいつらの画力なら十分に補えるはずだ。見せられない部分とか言葉は最後に俺とティアラで描けばいい」


 というわけで早速やってみることにした。



※ ※ ※



 とりあえず、俺はティアラと二人で20ページほどの適当なラフを描くことにした。本当ならばもう少しわかりやすくしたいところだが、俺たちには時間はないのだ。ここは子どもたちの画力を信じるほかない。


 ということで、一枚、また一枚とコマ割りとラフのさらにラフみたいな絵を描き上げると、それを丁寧に折って子どもたちに渡していく。


 そしてティアラが丁寧に子どもたちに指示を出していく。


 初めは折り紙にすっかり夢中になっていた子どもたちだったが、もしも手伝ってくれたらもっとよく飛ぶ紙の折り方を教えると条件を出すと、子どもたちは目をキラキラさせて手伝うと言ってくれた。


 というわけで、ティアラによってより画力が高いとみなされた子どもたちによって、分担社業が行われている……のだが、子どもたちはどうしてこんな変な絵の描き方をさせられているのか不思議なようだ。


 少女は足を描きながら不思議そうに首を傾げる。


「てんてー、これ何のお絵描き?」


 と、純粋な瞳で尋ねられるティアラ。そんなティアラはしばらく少女を見つめると、何やら後ろめたそうに顔を背けた。


「…………」


「てんてーなんでおしえてくれないの?」


「…………」


「てんてー?」


「はわわっ……。こ、これは足を上手く描くための練習ですわ。わわっ!! そこは捲ってはいけませんわっ!!」


 と、紙を広げようとする少女を慌てて抑えた。


 ティアラちゃんはどうやら自分の何かを押し殺しているようです……。彼女はなんとか少女に「絵が上手くなるために頑張ってですわ」と言い残すと泣きそうな顔で俺のもとへとやってくる。


「リュータさん……私、心が痛みますわ……」


「しょうがないだろ。不適切な書物を駆逐するための撒き餌なんだ。これでミナリアはより平和になるんだ。我慢だ我慢」


「ですが……。私の心の中の何かがよくないことだって言ってますわ……」


 と、そこで今度は別の女の子がティアラを呼ぶ。


「てんてー、どうしてこの人の足はこんなふうにまがってるの?」


 と、一切濁りのない瞳で、不自然に開かれた聖女さまの足を指さしてティアラに尋ねる少女。


「はわわっ……それはその……カエルさんの真似をしているからですわ……」


「どうしててんてーは泣いてるの?」


「な、泣いてませんわ……」


 ティアラよ。国難なんだ。心を鬼にして頑張れ……。


 とにかく俺たちには時間がない。やるしかないのだ。

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