第18話 ティアラ怒る

 結局、オークではなく変態村長を討伐して聖堂へと戻ってきた俺たちだったが、その日から俺は地獄を見ることとなった。


 あぁ~寝たい……5分でいいから寝たい……。今5分寝かせてくれるなら全財産よろこんで差し出すわ……。


 この一週間、俺はろくに睡眠時間も取れずにエロ漫画の執筆を続けていた。


 前世では寝てない自慢をしてくる人間が大嫌いだった俺だが、今だけは寝てない自慢をしても許されると思う。


 俺、この一週間で9時間しか寝てないんだぜっ!! どうだっ!! 凄いだろっ!! ……はぁ……寝たい。


 さて、どうして俺がここまで根を詰めて作業を進めているかというと、当たり前だが変態聖女さまが俺のエロ漫画を待ち望んでいるからだ。


 どうやら聖女さまがエロ漫画ドーピングをして作ったポーションの評判がすこぶるよろしいらしく、追加注文が入ったのだ。


 兵士曰く、瀕死の状態でもポーションを飲めば一日で完全復活できるだとか、下っ端兵士がポーションを飲んだら将校並みの力を発揮しただとか、最近、女房の機嫌がすこぶるいいだとか、最近の聖女さまのポーションは各方面で力を発揮しているようだ。


 おかげさまでポーションの消費量は激増。さらにはそんな噂を聞きつけた上官が在庫のポーションを全て新しいものに置き換えるとか言い出したものだから、俺と聖女さまは大パニックだ。


『リュータさま……早くエロマンガをください。でないと納期まで間に合わないです……』


『いや、エロ漫画ならティアラからねこばばした分を含めても、まだ結構あるでしょ』


『そんなのもうとっくに読み終わりました。エロマンガの効果は最長でも3日ほどしか続かないんです。このままじゃポーションが作れません……』


 どうやら聖女さまは、常に新たなるエロスに触れていなければ覚醒状態を維持できない貪欲変態女らしく、このままだと需要に対して供給が間に合わないようだ。


 納期までに間に合わせようと、俺は必死で執筆を続けているのだが、正直なところ一人で描ける量には限界がある。


 というわけで、俺は不眠不休で執筆を続けているわけだ。


 が、さすがにそろそろ体力の限界は近づいていた……。


 あぁ~だめだ。せめて30分だけでも仮眠をしないと何も描ける気がしない。30分後に起きられる自信は全くないけど、このままだと過労死する。ということで、俺は机から立ち上がるとベッドへと歩いていくのだが……。


 コンコンっ!! と、そこで自室のドアを誰かがノックをした。


 誰だ? 聖女さまがまた見学に来たのか? なんて考えながらも「はいっ!! なんでしょうか?」とドアに向かって声を掛けると「わ、私、ティアラですわっ!!」と間抜けな声が聞こえてきた。


 ティアラ? ……ティアラっ!?


 なんだろう。そのティアラとかいう名前が今の俺には救世主の名前に聞こえて来たぞ。


 俺は慌ててドアへと駆けていくとドアを開いた。


「リュータさん、お久しぶりですわっ!!」


 と、そこには俺を見上げてにっこりと微笑む赤髪の少女の姿があった。彼女は聖堂で支給されたのかピカピカの白い祭服のようなものを身に纏い、なんだか前会ったときよりも格段に髪に艶が出ていた。どうやら聖堂内でシャンプーもしてもらったようで、なんだかいい匂いがする。


 そして、背中には泥棒よろしく唐草模様の大きな風呂敷が背負われていた。


 が、今の俺にはそんなことはどうでもいい。


「おおっ!! ティアラじゃねえかっ!! 待ってたぞっ!! 俺は心からお前を待っていたぞっ!!」


 これで寝れるっ!! ここで後の仕事をこのバカな女の子にぶん投げれば俺は眠れるのだっ!!


 嬉しさのあまり彼女をハグするとティアラは「ぐ、ぐるじいですわ……」と露骨に不快そうな顔をした。が、俺は止めない。サラサラになった赤い髪をわしわしと撫でてやる。


「や、やめてくださいまし……」


 と、言われ彼女から体を離すと、ティアラは髪の毛同様に頬も真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。


 が、すぐにこちらを振り向くと目をキラキラさせて俺を見上げた。


「わ、私、必ずリュータさまのお力になりますわっ!! これから二人で力を合わせて素敵な絵画をいっぱい完成させましょうっ!!」


 そんなキラキラした瞳を眺めながら俺は思いだす。


 そういやこいつ、まだ自分に課せられた仕事の内容を知らないんだったわ……。


 俺がどう彼女に説明したものかと頭を掻いていると、彼女は風呂敷を床に下ろして中を広げた。


 そこには新品の筆や無数の絵の具セットが包まれていた。どうやら彼女は油絵を描く気満々のようだ。


「ってか、これ……どうしたんだ? これだけ集めようと思ったらそれなりにお金がかかるだろ……」


 そう尋ねるとティアラは何やら感動したように目を潤ませる。


 おいおい急にどうした……。


「スラム街で教え子たちがお金を集めて私にプレゼントをしてくれたのですわ」


「教え子? なんだよそれ」


「私、スラム街で子どもたちに絵の描き方を教えてますの。絵が描ければ少しはお金が稼げますし、スラム街の子どもたちが少しでも手に職をつけてくれればと思って教えてましたの……」


 なるほど、どうやらティアラという女の子は俺が思っていた以上に立派な女の子らしい。


「私が聖堂に行くって聞いた子どもたちが、パンを我慢して少しずつカンパし合ってこの絵の具セットを買ってくれたのですわっ!! わ、私それに感動しまして、絶対にあの子たちの心の救いになるような素敵な絵を描くと心に誓いましたのっ!!」


 熱い熱意。いや……熱すぎるよ……。そんなにキラキラした目で見つめられたら本当のこと言いづらいじゃん……。


「ま、まあ、とりあえず中に入れよ……」


 と、俺は彼女に入室を促した。


「ところで作業場はどこですの?」


 と、ティアラは不思議そうに首を傾げながら俺に尋ねる。


 ここだよ……。ティアラさんよ……残念ながらお前さんのお仕事にはみんながお金を出し合って買った絵の具は全く使わないんだよ……。


 そんな彼女の背中を押しながら俺は彼女を作業台である机へと誘導していく。


「ティアラ、とりあえず荷物を置いてここに座ろうか?」


「わ、わかりましたわ……」


 と不思議そうに作業机に腰を下ろしたティアラ。が、机に広げられた俺の生原稿に目を落とした瞬間、彼女は頬を真っ赤にして目を見開いた。


「はわわっ……ど、どうしてこんなものがここにありますのっ!?」


「深く考えるな。とりあえず鉛筆……いや、黒鉛でできた特殊ペンで下書きはしてあるから、ここをそこのペンでなぞってくれれば問題ない」


「ちょ、ちょっと待ってくださいましっ!?」


 が、当然ながらティアラ氏は動揺したように俺の顔を見上げる。


「これはどういうことですのっ!?」


「見たままの通りだよ。これがお前に与えられた仕事だ」


 そう端的に業務内容を伝えると、ティアラはしばらく動揺してから、何やら怒ったように俺を睨んだ。


「こ、こんなの描けませんわっ!!」


「いや、この間、上手く描いてただろ。あんな感じで描いてくれればまったく問題ない」


「そ、そういう問題じゃありませんわっ!! わ、私、こんな聖女さまを侮辱するような絵は描きたくありませんわっ!!」


 まあ、予想はしていたがティアラは激高する。


 そりゃそうだ。彼女はみんなを感動させられるような崇高な絵を描くつもりで来たはずだ。が、蓋を開けてみたらそれは対極に位置するエロ漫画だ。


 簡単に受け入れられるわけがないよな……けど、納得してもらわないと俺は過労死してしまう。


 はぁ……あの言い訳を使いまわすか……。


「お前は何もわかっていない」


「な、何がわかっていないというのですのっ!!」


「これは聖女さまを守るための秘密任務なんだ。お前だってこの最低な絵が闇市場に出回っていることは知っているよな?」


「知ってますわ」


「俺たちの役割はこんな最低な絵を描いたり売ったりしている奴をあぶりだすためのおとりだ。こいつを闇市場に流して、犯人をあぶり出すんだよ。俺だって描きたくてこんな物を描いているわけじゃない。聖女さまへの信仰心を守るために描いているんだっ!!」


 と、アセリアのときと同じ手口で彼女を騙すことにした。


 するとティアラは、


「わかりましたわっ!! 私、聖女さまのために我慢して描きますわっ!!」


 と、あっさり納得した。


 あ~こいつがバカで本当に良かった。


「そういうことだ。お前の努力によって聖女さまへの信仰心が守られるんだ。二人で一緒に頑張ってこんな絵を売りさばいている極悪人を捕えようっ!!」


「は、はいっ!! ちょっと思っていた仕事とは違いましたが、私、頑張りますわっ!!」


 そう言って彼女はペンを手に取るとペン入れを始めた。


 頼むティアラちゃん、そのまま大人しく騙されていてくれよな……。


 そんな彼女の背中を尻目に俺はベッドへと倒れ込んだ。

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