第17話 サテナの未来

 俺と聖女さま、それからアリナの三人で村へと帰ることになった。アリナから村への最短ルートを案内してもらいながら、獣道を歩いていた。


 木の枝になんども引っかかりながら険しい道を進んでいく。


「リーネさま、そろそろどういうことか話してくれませんか?」


 正直なところ、俺には話の流れがわかっていなかった。あの神殿を目にして聖女さまは何かを理解したようだった。だが、俺には何も理解できなかった。


 そんな俺の問いに彼女はアリナを見やる。


「アリナさん、そのブレスレットを村の誰かに見せたことはありますか?」


 そんな聖女さまの質問にアリナは不思議そうに首を傾げた。


「両親に見せましたけど……それがどうかしましたか?」


「そのブレスレットを見てご両親は何かおかしな様子はありませんでしたか?」


 そんな質問にアリナはしばらく頭を悩ませていたが、何かを思い出したようにハッと目を見開く。


「そう言えば、私のブレスレットを村長も見に来たと思います。なんだかとっても貴重な石だと言っていました」


 と、答えるアリナに俺はようやくピンとくる。


「もしかしてあのエロ村長の本当の狙いはこの石ってことですか?」


「エロ村長?」


 と聖女さまが首を傾げる。


 あ、つい口がすべった。


「いや、なんでもないです。ですが、あの石はそんなにも貴重な物なんですか?」


「はい、あの石はさっきも申し上げた通り叡智の石です。あの石には触れたものに深い知恵や理性を与える効果があります。おそらくアリナさんの持っているブレスレッドでも売れば、一年遊んで暮らせます」


「一年遊んで暮らせるっ!?」


 なんだろう彼女のブレスレットが突然光り輝いて見えて来たぞ……。


 いかんいかん、あれはオークたちとアリナの友好の証なのだ。


 なるほど、つまりあのオークたちが村人と妙に友好的な関係を築いていることや、森の中にあれほどの神殿を作り上げたのにも頷ける。


 少なくとも俺の記憶ではこの世界のオークが、人間とここまで親密な関係を築いているなんて話は聞いたことがない。


「きっと村の人たちはアリナさんのブレスレットを見て、この森で叡智の石が採掘できることに気がついたのでしょう」


 つまりオークは邪魔なのだ。オークにとって神に等しい石は、村人にとっては金になる石にしか見えないようだ。


 と、そこでアリナが心配げに聖女を見やった。


「聖女さま……どうかオークたちを守ってください。オークは嫌われモノですが、私にとっては大切なお友達なんですっ」


「そうですね。村の人々には申し訳ないですが、少しお仕置きが必要なようです」



※ ※ ※



 道こそ険しかったがさすがは森に精通しているだけある。アリナに先導されながら歩いていた俺たちは30分ほどで村へと戻ってくることができた。


 月明かりを頼りに変態村長の待つ集会場へと向かう。すると村長は待ちわびていたのか集会場の前に立っているのが見えた。


 あー石の件を無視しても、姿見るだけで蹴とばしたくなるわ……。


 俺たち三人が歩み寄ると村長はにっこりと微笑んだ。


「これはこれはお疲れ様でした……。聖女さま、せっかくのお召し物が破けてございます。すぐに新しいお着替えをご用意いたしますので、中へお入りください……」


 村長は聖女のおっぱいにそう言うと、俺たちを中へ案内する。


 まさかこのクソじじいも聖女が自ら服を破ったなんて思うまい。相変わらず聖女さまのお胸をガン見するクソじじいを尻目に集会場に入ろうとする俺とアリナ。が、聖女さまはその場に立ったまま動かない。


「リーネさま?」


 と聖女に声を掛けると、聖女さまは無表情のままおっぱいガン見じじいをガン見したまま口を開いた。


「お気遣いは無用です。ここで報告差し上げます」


「ですが、」


「確かに村長がおっしゃる通り、森の奥深くにオークたちの姿がありました」


「ではオークの討伐を――」


「いえ、その必要はありません。彼らは私が思っている以上に知性に富んだ存在でした。彼らに事情を説明して、もう村を襲わないという約束をいたしましたので問題ないでしょう。彼らの心もすでに私の魔法によって浄化済みです」


 表情を変えずに淡々と報告をする聖女。そんな聖女の言葉に村長の表情が一瞬歪む。そして村長は背筋を伸ばして聖女の顔を見上げた。


 おいおい、てめえ腰がピンと伸びてるぞ。もしかして聖女さまの胸をガン見するためだけに杖をついてたんじゃねえだろうな……。


 今ので俺の殺気1.5倍増し。


 どうやら村長は納得がいかない様子だ。その表情だけでも村長の目的がオークの討伐そのものだったことがわかる。


「で、ですが聖女さま、オークどもは野蛮な存在。口約束をしたところでそれが守られる保証は」


「お、オークはそんなんじゃないっ!!」


 と、そこで声を上げたのはアリナだった。アリナは村長を睨むように見つめるが、その体がわずかに恐怖で震えているのがわかる。


「小僧が口を挟むなっ!!」


 そんなアリナに村長がさらに表情を歪める。と、そこで聖女はアリナの手を引くと自分の背中へと隠した。


「村長、ご安心ください。先ほども申し上げた通り、彼らの心はすでに私が浄化しています。それとも私の魔術だけでは信用に足りませんか?」


 そこで聖女の表情がわずかに険しくなった。そして、そのことに村長も気づいたのか「め、めっそうもございませんっ!!」と頭を下げる。


「オークとてこの世界に神より命を授かった尊い存在です。私はそのような者たちを無用に殺生することを望みません。それでもあなたは私に殺生を求めるのですか?」


「い、いえ……そのようなことは……」


 と、そこで聖女さまは背中に隠れるアリナを優しく見下ろすと「アリナさん、あれを私に貸していただけませんか?」と尋ねる。すると、アリナは「は、はい……」とブレスレットを聖女に手渡した。


「村長、このブレスレットはご覧になったことはございますか?」


 そう言って村長にブレスレットを見せる。すると村長は露骨に慌てた様子で「そ、それはその……」と口籠る。


 やっぱりか……。


「ここに束ねられている石は叡智の石と呼ばれるものです。そして、オークたちはこの石を命よりも大切な存在だと考えています。それを彼らは彼女へ送ったのです」


「そ、それはありがたいことです……」


「そうですね。ありがたいことですね。もちろん、警戒はしているでしょうが、それでも彼女に命よりも大切なこのブレスレットを送ったのです。これが何を意味するかわかりますか?」


「それはその……」


「彼らは人間を信用しようとしているのです。彼女はオークと村人たちを繋ぐ架け橋となるでしょう。このサテナという村はオークたちと人間の共存する、素晴らしい村だと私は思います。オークがあなた方を信用するように村人たちもオークを信用すれば、きっと更なる恵みがこの村に訪れるでしょう」


 聖女さまはそう言ってにっこりと村長に微笑んだ。


 そうだ。この森のオークは人間であるアリナを信用したのだ。すくなくともオークたちは人間に手を差し伸べようとしている。村人とオークたちが手を取り合って協力すれば、お互いに豊かに暮らすことができるのだ。


 俺は今までオークを野蛮な種族だと考えていた。


 だけど、このざまはなんだ?


 村人たちは目先の金に目がくらんでオーク以上に野蛮な獣に成り下がってるじゃねえか……。


「アリナ、このブレスレットをお返しします」


 聖女はアリナにブレスレットを差し出す。


「あなたはこれからこの村の未来を担っていく世代です。そんなあなたがオークと信頼し合えることを私は聖女としてとても嬉しく思います。あなたたち村人とオークたちが本当の意味で信用し互いに協力し合い豊かな村を作り上げたとき、そのときは是非私をもう一度村にご招待してください。その日が一日でも早く訪れることを私は心から願っています」


 ブレスレットを受け取ったアリナは「あ、ありがとうございます……」と何度もぺこぺこと頭を下げた。そんな彼女に聖女は両手を組むと「あなたたちサテナの村人、そしてオークたちに神のご加護を」と祈りをささげた。


 そんな光景に村長は放心状態でつったっていた。


「ところで村長」


 と、そんな村長に聖女さまが声を掛ける。


「は、はいっ!!」


「村長には別件でお話ししたいことがございます」


「私にですか?」


「はい、お時間は取らせません。ここではなんですからあちらへ」


 そう言って聖女さまは村長を集会場の裏手へと連れて行った。そして、二人の姿が見えなくなった直後、誰かの罵声が村に響き渡った。


「おいてめえっ!! 私が貴様の目線に気がつかなかったとでも思ってんのかっ!!」


「ひ、ひぃぃぃっ!!」


「てめえ、こっちがいい顔してりゃ図に乗りやがってっ!! ぶち殺すぞ、変態じじいっ!!」


「ひいいいいっ!!」


 なんだろう……この口汚い罵声……なんか聖女さまの声にそっくりなんだけど……。


「ほら、見たいんだろ? なら好きなだけ見ろよっ!! お前が見たい聖女さまの大きな胸だぞっ!! おらあっ!!」


「ひいいいっ!!」


「ホントに見てんじゃねえっ!!」


 いや、ホントに見たのかよ……。


「せ、聖女……さま?」


 と、そこでアリナが首を傾げる。


「おい、アリナ。耳を塞どけ……」


 そう言って俺は静かにアリナの耳を塞いでやる。そして、塞ぐと同時に何か棒のようなものでどかどかと何かをぶん殴る音が聞こえてきた。


「ひいいっ!! あ、ありがとうございますっ!! せ、聖女さまこの愚かな村長をもっと強くお殴りくださいっ!!」


 どうやら聖女の堪忍袋の緒はとっくに切れてしまっていたようだ。


 あ、あと聖女さま……なんかご褒美になっちゃってるみたいですよ……。


「もっとっ!! もっと私の顔を強く踏んずけてっ!!」


「てめえアリナの身に何か起きたら、ただじゃおかねえからなっ‼︎」


 と、しばらくSMプレイのような音声が村に響いていたが、不意にその音が止むと集会場の裏手から聖女さまが姿を現した。


「リュータさま、お待たせしました。ガルナに戻りましょう……」


「は、はい……そうですね……」


 と、彼女は何事もなかったかのように聖女らしく気品を漂わせながら俺のもとへと歩み寄ってきて微笑んだ。


「あ、あの……リーネさま?」


「はい、なんでしょうか?」


「さっきの物騒な音はなんでしょうか」


「物騒な音? きっと空耳でしょう。たまにはこういうのも悪くないですね。それではアリナさん、どうかお元気で」


 そう言うと彼女は馬車の方へと歩いていった。


 そう言えば聖女さまって庶民出身だとか言ってたな……。もしかして彼女は前の世界でいうところの元ヤン的な何かなのだろうか。


 俺はそんなことをふと思ったが、それを本人に尋ねる勇気はなかったので、黙って彼女についていくことにした。

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