第28話 一部事実を含んだフェイクニュース

 さてさて今度こそエロ漫画を納品した。俺とティアラの二人でポーションをちびちびち分け合って眠気を誤魔化しつつ、なんとか書き上げた。


 よくよく考えてみるとポーションを飲みながらエロ漫画を描くのは初めてで、ティアラは『なぜだか、いやらしいシーンがいっぱい思い浮かびますわっ!!』と効果を実感していた。


 どうやら聖女のポーションは万能なようです。


 とはいえ、執筆にあたり持つべき能力を全て使い果たした俺は倒れるようにベッドに入って眠った。


 のだが、


「リュータさん大変ですわっ!! 大変ですわっ!!」


 眠りに落ちてしばらくしたところで、ティアラが俺をたたき起こした。


「ん、んんっ……うるさいなぁ……。もう少し眠らせてくれっ!!」


 何の用かしらんが、俺の安眠を脅かすものは何人たりとも許さねえ……。


 俺は布団を頭まで被ってティアラからの攻撃を回避する。が、それをティアラは許さない。


「ダメですわっ!! そんな悠長なことを言っている場合ではないですわっ!!」


 彼女は俺の布団を強引に捲るとさらに強く俺の体を叩いてくる。


 痛い……痛いよティアラちゃん……。


「げ、原稿ならもう完成しただろ? お前も少しは疲れを――」


 と、言いかけたところで俺の頬が引っ叩かれた。


「ぬおっ!?」


 そのあまりの衝撃にようやく瞼を開くと、彼女は俺に顔を近づけて叫ぶ。


「そのことではありませんわ。聖女さまが大変なのですわっ!!」


「んだよそんなことで俺を……って、はあっ!?」


 と、そこで俺はようやく事態を理解して急激に頭が冴えるのを理解した。


 ばっと状態を起こすと、俺の頭がティアラの鼻に直撃してティアラは「はわわっ!! い、痛いですわっ!!」と鼻を押さえて蹲った。


「ご、ごめん……」


「だ、大丈夫ですわ……。それよりも……」


 と、ティアラは目を真っ赤にしながら再び立ち上がると、鼻声でそう言った。


「大変ってなんなんだよ。もしかして過労で倒れたのかっ!?」


 なにせ、聖女さまは俺たち同様にここのところ、ろくに休みも取らずにポーションを作り続けていたのだ。前回の納品でも倒れかけていたのに、今回はさらに体への負担は凄まじいだろう。


 が、そんな俺の問いにティアラは鼻を押さえたまま首を横に振った。


「違いますわ。聖女さまのことでガルナの街が大変なことになってますわっ!!」


「はあ?」


 ガルナの街が大変? その全くもって意味不明なティアラの言葉に首を傾げていると、彼女は窓辺へと歩み寄って窓の外を指さす。


「窓の外を見てくださいませっ!!」


 というので俺もベッドから降りて窓からガルナの街を見下ろした。すると、凄まじい人が大聖堂に押しかけようとしているのが見えて目を丸くする。


「な、なんだよこれ……」


「みんな今朝の新聞の記事を目にして、真意を確かめに聖堂に押しかけてきたのですわ」


「し、新聞っ!? なんだよそれ……」


 ちょっと待て。新聞ってなんだよ。なんだかひどく久々に聞いた単語だぞ……。


「リュータさまは新聞も知りませんの? ガルナの街の教会や各地区の町長や村長の自宅には週に一度、新聞と呼ばれる巻物が届くのですわ」


「なんだよその巻物って……」


「巻物にはその一週間に起きた出来事やこれから行われる催し物などの情報が書かれているのですわ」


「いや、それ新聞じゃねえかよっ!?」


「だから私もそうだと初めから言ってますわっ!!」


 なんかよくわからんが、思っていた以上に新聞だった。どうやら俺が知らないだけでこの世界にも新聞というものがあるらしい。けど、きっと俺のいた世界のように気軽に購入できるような代物ではないようだ。


「町民たちが今朝、その新聞の記事を神父や町長たちから聞かされて、パニックを起こしていますわ」


「パニックっ!? いったいなんで……」


 と、俺がポカンとしていると彼女は懐から巻物を取り出した。


「リュータさん、これを……」


「なんだよこれ……」


「書き写しですわ。お絵描き教室の子たちに頼んで作ってきてもらいましたの」


 どうやら新聞の海賊版らしい。よくわからないが、多分スラム街のキッズたちの貴重なお金稼ぎの方法の一つのようだ。


「なんだか穏やかなやり方じゃねえな」


「で、ですが、こうするしかなかったのですわ」


 まあそれが道徳的にどうかはさておいて、俺はその海賊版の新聞を実際に広げてみることにした。どうやら安物のパピルスのようで、ちょっとでも荒く使えばすぐに破けてしまいそうだし、文字も滲んでいる。


 がまあ、今、そんなことを気にしている場合ではない。とにかく俺は実際に記事を読んでみることにした。


 のだが……。


「なっ……」


 見出しらしき文字を見た瞬間に、俺は思わず絶句する。


『聖女さまの疑惑の数々』


 と煽りまくった記事の本文を読んでみると、そこにはとんでもないことが書かれていた。


 まず一つは、聖女が人間と友好的な関係をたもっていたオークを虐殺しかけたこと。


 次に聖女が魔術師を自称する愛人を持っていること。


 さらには聖女がこの国では禁忌とされている不健全な書物を密かにコレクションしていること。


 いや……この記事はマズいでしょ……。


「も、もちろん私はこれが事実ではないことは理解していますわ」


 と、純粋な目で俺を見つめるティアラ。


 いやティアラよ……三つ目の情報だけはもうどうしようもないくらいに事実なんだよ……。


 けど、バカで無垢なティアラちゃんは今でも、このエロマンガは捜査に必要なおとり用の絵巻物だと信じ込んでいる。


「そ、そうだな……全部、真っ赤な作り話だ……」


 と、少し後ろめたい気持ちになりながらそう言うと、ティアラはわずかに表情を曇らせた。


「ですが、市民の中には夜に聖女さまとリュータさんを乗せた馬車を見たと言い張る者や、討伐をするために山に入る聖女さまを見たと言いだす者が現れて大パニックですわ……」


 何がマズいって中途半端に真実をかすってしまっているのがマズいのだ……。


 俺は愛人ではないし、聖女さまもオークの討伐なんてしていない。だけど、そう疑われるような行動は確かにしていたのかもしれない。


 とにもかくにもこのままでは聖女さまのイメージダウンは免れないのだ。早く、このことを聖女さまに伝えなくてはっ!!


 とにかく聖女さまの部屋へと行かなければ。俺は「ちょ、ちょっとリュータさんっ!! どこに行くつもりですのっ!?」と叫ぶティアラ氏を置いて部屋を飛び出した。



※ ※ ※



「おい、聖女さまっ!! リーネさまっ!! ここを開けてくださいっ!!」


 というわけで聖女さまの部屋へとやってきた俺は、彼女の部屋のドアをどんどんと叩いた。が、なかなか応答がない。


 が、それでも何度もドアを叩いていると、ようやく扉が開いた。


「り、リーネ……さま?」


 が、扉が開かれ姿を現したのはリーネさまではなく……修道士の男だった。背の高いその男はなにやら仏頂面で俺のことを見下ろす。


「誰だ。お前はっ!!」


「俺は聖女さまの専属の魔術師だっ!!」


「魔術師? あ、あぁ~お前が例の魔術師か」


 どうやらこの男にも俺の存在は知られているようだった。ならば話は早い。


「頼む、聖女さまは中にいるんだろ。入れてくれ」


 と、頼んでみるが修道士は俺の前を通せんぼして動こうとはしない。


「何の用だ」


「聖女さまと話がしたい」


「生憎だが今は大司教さまと話をされている。出直せ」


 だけど、そんな悠長なことを言っている場合ではないのだ。なんとしてでも聖女さまの一部真実のまぎれた誤解をどう解くべきなのか話し合わなきゃならない。


「そんなこと言ってる場合じゃない」


 俺が食い下がっていると、修道士はぎろりと俺を睨みつけた。


「身分をわきまえろっ!! 高々魔術師風情が首をつっこんでいい問題ではないっ!!」


 まあ、冷静に考えれば聖女さまと大司教の会話に俺なんかが入れるわけないよな。


 さすがにここは出直した方がいいのか……なんて考えていると、部屋の奥から聞き覚えのある声がした。


「リュータさまっ!?」


 そう言って渦中の変態聖女さまが俺のもとへと駆けてきた。


「ど、どういたしましたか?」


 と、そこで聖女さまは突然の俺の来訪に首を傾げる。


「リーネさまも例のことはご存じなんですよねっ!! そのことでお話が」


 と、事情を説明しようとする俺。が、そんな俺が修道士には無礼に見えたようで、彼は「身分をわきまえろっ!!」と俺にそう叫んで睨みつけてきた。


 だが、そんな修道士に聖女さまは笑みを向けると「いいのです。リュータさまを中へ通してください」と優しく諭す。


 これには修道士も動揺しているようで「ですが……」と返したが、聖女さまが「私が良いと言えばいいのです」と再度諭すと彼は俺に道を開けた。


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